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エルンスト⑥




「覚えとけ、能力者は絶大だが絶対じゃねえ」


 ある戦いでの戦勝祝いの酒を呑んでいた時、エルンストが言った。


「無能者とそうでない者の間で、唯一無能者が勝っている点がある。なんだか分かるか?」

「いや……」

「それはな、魔力探知能力だ」


 酔っているのか、まだ子供のおれに酒を勧めながら言った。

 断ったら「俺の酒が呑めねえってのか」と言われて殴られた。面倒な事にエルンストは絡み酒だった。


「人間にとって、魔力は生まれながらにして宿っている身近なものだ。だが俺たち無能者にとっては、魔力は異物以外の何物でもねえ。だからこそ、俺たち無能者は簡単に魔力を察知する事ができる。同色のボールの中に1つだけある異色のボールを探すのが簡単なようにな」

「その魔力探知能力ってのが、無能者とそうでない者たちとの間を埋める手段の1つなの?」

「そうだ。言っとくが、まだまだ手段はあるからな。脳のタガを外すよりもよっぽど負荷の掛かるやつがな。それらと比べれば、この魔力探知能力は生易しい」


 おれに無理矢理酒を呑ませながら語る。酒は苦かった。


「どんな魔法だろうが、どんな固有能力だろうが、魔力を使う点では同じだ。つまり、行使する際には必ず魔力の動きがある。それを捉えられれば、驚く程戦いは有利になる。他の魔法を使う連中が何十年も掛けて会得する感覚を、俺たち無能者は鼻歌交じりに悠々と上回れる」


 ゲラゲラと下品に笑いながら、乱闘にヤジを飛ばすエルンストを眺めながら、先ほど言っていた言葉を反芻していた。

 今まで見て来たエルンストの戦いを思い返してみれば、確かにその言葉には重みがあった。

 無能力者も能力者も、魔獣も竜も、魔族が相手でも、相手の魔法による攻撃はまるで来ることが分かっているかのように回避していた。

 今なら分かる。あれは事前に魔力の動きを察知していたのだと。


「エルンストはさ、凄いよね」

「……何だよいきなり、気持ち悪いな。酔ったか?」


 エルンストが言った通り、この時のおれは酔っていたのだろう。かなり度数の高い酒を、ショットグラスで3杯も呑まされたのだから当然だ。

 でなければ、内心を素直に吐露するなんて事をする筈が無い。


「無能者で、迫害される弱者として生まれたのに、圧倒的強者として君臨している。能力者も魔族も竜も、エルンストには敵わない。無能者である事が判明して、無様にどん底を這いずり回っていたおれとは大違いだ」

「……かもな」


 まだ半分以上中身の残っているビンを呷り、呑み干す。

 あれだけ高い度数の酒をこんな風に一気呑みすれば、酔っ払うのも仕方のない事だろう。


「俺は強い。腕っ節の問題じゃねえ、中身の話だ。どんな状況に陥ろうが、どれだけどん底に落ちようが、決して諦めなかった。コロコロと変わるが、常に目的を持ち続けた。目的を果たすために歩き続けた。その目的を達成できない事と比べれば、無能者として生まれた事なんざ屁でもなかった」


 初めて聞く、エルンストの自分語り。

 生まれも辿ってきた過去も違うおれが、その話に共感できると思ってしまう事は、果たして思い上がりなのだろうか?


「俺にはテメェがどこの誰で、どんな過去を持っているかなんざこれっぽっちも関係ねえ。興味もないしな。俺からすればテメェはただの無能者で、ただの生意気なクソガキで、そして思っていたほど出来の悪くない弟子だ。そのクソ生意気な弟子に、師として1つだけ教えてやる」


 指を1本立てる。

 今までにいくつもの事を教えてくれながら、1つだけと言うエルンストが面白く、おかしく思えた。


「無能者は弱者なんかじゃねえ」


 立てた指をおれに突きつけながら、おれに対して言っている筈なのに、まるで自分に言い聞かせるように言った。


「能力者に勝てるのは能力者だけ、そこら中に転がっている選民思想のクソ共が口を揃えて言う言葉だ。そして俺は無能者で、社会的には迫害され淘汰されるべき弱者だ。その俺が今までに能力者も、竜も魔獣も、魔族も神族も、何人も何体も斬ってきた! そしていずれはテメェも、同様の事ができるようになる! 俺ができるようにしてやる!」


 力強く拳を握って言う。

 戒めのように、教訓のように。


「無能者は弱者で、人間の範囲内では最弱だ。だが同時に強者でもある。そして最強にだってなれる!」

「……おれにとっては、エルンストが最強だよ」


 おれの言葉に、しかしエルンストは笑って首を振った。


「いいや、俺は最強じゃねえよ。今はな・・・。いずれは神だって斬ってやるつもりだが……」


 神を斬る。酒場の与太話にすらならないその言葉を、果たして大言壮語と取るかどうかは人次第だろう。

 少なくともおれは、エルンストらしいと思った。


「無能者だから弱いんじゃなくて、無能者だからこそ強いんだよ、俺たち・・・はな」


 俺たち、確かにそう言った。

 紛れもなく、おれとエルンストを同列に扱ってくれた言葉だった。


「……ありがとう」

「さっきから、気持ち悪いな……」

「知ってるよ」


 でも、酔っているんだから仕方がない。


「ねえ、エルンスト」

「あんだよ?」

「さっき言った、コロコロ変わる目標ってやつ。今はどんなの?」

「……最近は、複数持ってるな。でもって、そのうちの1つは随分前から同じもので、当面変わる予定もない」


 ずっと継続していて、当面変わる予定のない目的。

 それを正確に予想できていると思うのは、思い上がりなんかじゃない。


 嬉しいに決まってる。

 誰が何と言おうとも、エルンストはおれにとって最強で、おれにとっての憧れで、おれにとっての目標で、おれにとって追いつきたい影で、おれにとって追い越したい背中だからだ。


 だから、

 だから……































「何で……どうして、あんたが死ぬんだよ……エルンスト……」







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