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魔界①

 



「カインの野郎、ブッ殺してやる! あいつのせいで、オレは変質者という不名誉な呼ばれ方を……!」

「い、いきなり物騒、だね」

「む、無理もない」

「てめえら同じ顔と声でごちゃごちゃとうるせえんだよ! まずはてめえらから切り刻んでやろうか、ああッ!?」

「ご、ごめん。片方だけ喋るようにする」

「……いえ、こちらこそ申し訳ない。私としたことが、少々我を忘れていたようです」

「す、すごい変わり身よう」

「姿を隠せば、1人2役できるね」

「お褒めに預かり光栄……とは言えないね。それで、カインはティステアに居ると?」

「う、うん。他にミズキアさんとフランネルさんが居る」

「あそこには近付くまいとしていたのですが、仕方ありませんね。彼を刻んだら即刻退去するとしましょうか」

「こ、殺すことは確定なんだ」

「その事はさて置きまして、貴方たちがここに来たという事は?」

「う、うん。考えている通りだと、思うよ?」

「それは重畳。そろそろ獄中生活にも飽きて来たところですし、ちょうど良い」

「か、鍵はここにある」

「外はザグバさんとギレデアさんが掃除してくれてる」

「おや、そうでしたか。では、ついでに他の服役している囚人を刻むとしますか。発作が起きて仲間を刻んでからでは遅いですからね」

「フフ、そ、その時は僕を刻むと、良いと思う。ふ、不死だから心配無用」

「いけませんねえ、そんな事を言うのは。仲間を斬り刻んだりなんてしませんよ」

「か、カインさんの事はスルーなんだ」

「さっき、ブッ殺してやるって、い、言ってたのにね」

「おや、そうでしたか?」

「つ、突っ込んじゃ駄目っぽい」

「き、気を付けなきゃね」

「それで良いのです。それにしてもティステアですか……懐かしき故郷の筈ですが、気乗りしませんねぇ」










 そこは常闇に包まれた、光届かない世界であると言う。

 馬鹿馬鹿しい事極まりない。普通に考えれば全く光の差さない世界で生きていける生物など限られていると分かる筈だというのに。


 だが同時に、全くの間違いと言うわけでもない。

 光は皆無ではないものの、少ないのは確かだ。


 大気中には常に薄紫色の靄が掛かり、どんな時間帯であろうとも天から降りて来る筈の光の殆どを吸い込んでいる為に薄暗く、視界が悪い。

 その上天候はお世辞にも安定しているとは言えず、山の天気よりも移ろい易いそれはさらに暗さを増長させる。

 万が一晴れの天気に遭遇しようものならば、それは間違いなく吉兆か凶兆の前触れだ。

 それ程までに、生物が棲息するのには適さない地だ。

 加えて天候の殆どが災害クラスであり、それが一層棲息し難さに拍車を掛ける。

 そんな劣悪な環境下に棲息する生物は、どれをとっても凶悪極まりないものばかりである。


 まさしく人外魔境と呼ぶに相応しい、大陸の北部に存在する地、それが魔界。

 間違いなく、いまのおれは魔界に居た。


「…………」


 やや離れた場所に、その凶悪極まりない生物――俗に魔物と呼ばれる存在同士の熾烈な争いが行われていたのを見て、おれは大人しく洞穴の中に戻る。

 入り口は屈まなければ入れない程狭いが、中はそんな入り口からは考えられない程に広く、外の環境と比べても圧倒的に快適な空間。

 その中でおれは寝た状態にあった。


 全身には魔法的ではない原始的な、しかしおれの眼から見ても適切な治療が施されている。

 服は脱がされていたものの盗まれたという訳でもなく、寝ていたおれの脇に畳まれて置かれていた。勿論、数は少ないが身に付けていた他の物も同様だ。

 起きて服を着て外に出てみれば、視界に広がっていたのは先程の光景。

 まるで訳が分からない。


 ひとまず煙草に火をつけて吸い込み、冷静になって状況を整理してみる。

 鼻腔に煙草と、巻かれた包帯の下に塗られているらしい軟膏の臭いとが混ざり合って入り込み刺激してくる。

 それが夢でない事を教えてくれる。


 最後に覚えているのは、何者かに引き摺り込まれた時の事。その正体が何なのかは分からないが、そいつがおれを魔界に引き摺り込んだと見て間違いないだろう。

 だがそうすると、何故おれは手当てを受けてこんなところで寝ていたのかという話になる。


 そもそも、何が目的であの腕の持ち主はおれを魔界に引き摺り込んだのか。

 魔界に生身の人間が足を踏み入れる事は、極めて危険な行為だ。


 その理由が、魔界に棲息するのが人間とは比べ物にならないほどに強大な力を持った存在であるというのは、勿論ある。

 例えば先ほど見えた争っているものたちも、魔界の食物連鎖で見れば最底辺に位置するような雑魚だが、それでもいまのおれが挑みかかるのは分が悪すぎる。

 脳の抑制が外れ、常人の5倍の膂力を発揮できる――そんな事は魔界の生命体からすれば「だから何だ?」で済んでしまう事なのだ。


 そもそも、人間と魔界の生物とは根本的に違う。

 人の形をしていない低位の魔族である魔物は勿論、人の形をしている広義的に魔族と呼ばれる存在も、人間と比べてその構造は優越しているのだ。

 人間が行う魔力循環による身体能力の向上とは、突き止めれば全身の肉体の魔力濃度を限りなく100%に近づける行為であると言って差し支えない。

 だからこそ、循環させる魔力量が多いほど身体能力の上昇幅は大きくなる。多ければ多いほど、濃度は高くなるのだから。

 しかしいくら魔力の多いものでも、100はおろかその半分の50を超える事も、そのさらに半分である25を超える事も難しい。

 ティステアの5大公爵家の宗家の者であっても、1割を超える者は極めて稀少という程だ。

 対して魔族は、そんな事をする必要がない。

 何故ならば、魔族の全身を構成するものの殆どが魔力だからだ。

 だから魔族は人間とは比べ物にならないほど強いし、また死後も死体が残らない。魔力が死後に霧散してしまう為だ。


 話を戻せば、そんな魔族の中でも低位で魔力濃度の低い魔物であっても、力だけでおれを軽く凌駕する。

 当然、外で現在進行形で争っている個体もだ。

 食物連鎖の最下位に位置する、魔界における圧倒的弱者も、おれからすれば紛れもない強者なのだ。

 人間の範疇で言えば、おれは強者に含まれるだろう。それぐらいの自覚はある。

 ところが魔界においては、おれは圧倒的弱者に回るのだ。それが魔界という地だ。


 だが魔界が人間にとって危険だという理由は、それだけではない。

 魔界に足を踏み入れた者が、原因不明の奇病に冒され死ぬ。それは非常に良く聞く話だ。そして同時に、根も葉もない噂話では断じてない。


 その原因不明の奇病は、言ってしまえばアレルギー反応に近い。

 魔界の大気中に漂う、薄紫色の靄。これは眼に映るほどに高濃度な魔力だ。それを絶えず吸い込んでいれば、魔力抵抗力の高い者はその抵抗力の高さ故に取り込んだ魔力に対して激しく抵抗し、結果肉体に大きく影響が出て来る。

 魔界に足を踏み入れる者は大抵が強者であり、そして強者故に魔力抵抗力も高い。だからこそ蔓延した話だ。


「……おれを引き摺り込んだ奴は、おれが無能者だって知った上で引き摺り込んだのか?」


 無能者であるおれは、魔力抵抗力が皆無であるが故にその奇病に罹患する事もない。

 その事を知っての事でなければ、普通は生身の人間を魔界に引き摺り込もうとはしないだろう。

 もっとも、それも引きずり込んだ者の目的次第ではあるが。


「……要するに、状況はさらに悪化したという事だな」


 碌な武器も物資もない状態で、そんな人外魔境に放り出された。

 どう考えても最悪という言葉がピッタリな状況だ。


 奇病に罹らずとも、強大な魔族に遭遇せずとも、魔界に居るだけで危険は常に付き纏う。

 大気中に漂う高濃度の魔力は、それだけでひっきりなしに術式を組もうとする。

 無作為に放出された魔力が齎す物理的破壊力――それがそこら中で絶えず引き起こされているのだ。


 しかも、それが未完成な状態で構築された術式が崩壊した結果ならばまだ良い。

 例え確率が恐ろしく低くとも、魔界の魔力濃度ならば1日に組まれようとする術式の数は膨大なものとなる。そして中には、成功して予測も付かない現象を引き起こすものが多々ある。

 全体の割合で見れば小数だが、それでも数だけを見ればやはり膨大だ。そしてその組まれた術式が引き起こす現象は、人間の魔法技術では及びつかないものが多い。

 魔界の不安定かつ劣悪な気候は、その術式の崩壊や偶発的に組まれた術式が大きく関わっている。


「……とりあえず、このまま留まっているのは危険だな」


 おれをここに運び込んだのが誰であれ、意図が何であれ、1箇所に留まり続けるのが危険である事だけは確かだ。

 その為にも早急に移動した方が良いのだろうが……


「武器もない、体調も到底万全じゃない、ないない尽くしだな」


 加えて本来単独で魔界に足を踏み入れる場合は、例外を除き、高級菓子折りで釣った妖精を傍に侍らせる事が必須だ。

 でなければ、どれほど方向感覚のある者でも簡単に迷い、魔界から出る事は適わなくなる。

 当てもなく彷徨い続けていれば、いずれ環境に負けるか、そうでなくても原生生物に襲われて殺されて終わりだ。

 ましてや、いまのおれでは襲われた際に抵抗する事もできない。

 エルンストじゃあるまいし、素手で魔物に常勝無敗なんて芸当ができる訳がない。


「まさに八方塞だな」


 さすがに、こんな状況は想定外過ぎた。











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