混沌始動⑧
「クハハハハッ! 相変わらず最ッ高だな! いつもいつも、お前と一緒の戦場は悪化する!」
「笑ってる場合か!」
そしてその言葉は、そのまんまそっくり返してやる。
おれから言わせれば、こいつと一緒に立った戦場はいつも予想通りに事が運ばない。
接近して来たのはカインの言葉通り、およそ200の軍勢。
だがその数では圧倒的に劣っている状況であっても、その時点では対処は可能だと考えていた。
そいつらが魔法を使い、あまつさえおそろしく高度な連携をこなしてくるまでは。
「おい、炎来るぞ!」
「人に対して言う前に、お前が何とかしろ!」
「【流奔波】!」
アルトニアスの放った瀑布が、炎の奔流とぶつかり合って相殺。蒸発しきらなかった水が地面に張り、生温かな蒸気を上げる。
「【帯電網】!」
続けざまにアルトニアスが紡いだ術式を確認し、声を出す前にミネアを小脇に抱えて跳躍して水場から離れる。
直後に目も眩む放電が行われ、焦げた臭いが充満。
着地したすぐ隣に、惜しい事に事前に察知できたのかカインも降り立つ。
「おいおい、今ので1人も殺れてねえのかよ!」
「精神支配を受けている以上、頭部を徹底的に破壊する以外にあれらを止める方法はない。生身の人間だったら今ので感電死だろうが、あいつらには命令を下す脳さえ無事ならばいくらでも体を酷使できる」
「なるほどな、タフネスさにはそれで納得がいった!」
蒸気を裂き、皮膚が焼け爛れた状態で猛然と襲い掛かって来る傀儡人形の首を刎ねようと、カインの握る剣が振るわれ、相手の握る剣と衝突する。
両者が噛み合ったのは一瞬で、すぐに力比べは決着。カインの握る剣が弾かれ胴がガラ空きになる。
「なら、この不自然な剛力は何なんだ!?」
顎を持ち上げられた足が打ち抜き、後頭部が肩にくっついた状態で仰向けに倒れる。
「こっちが聞きたいな!」
ミネアを降ろし、左右の通路の壁の上を疾駆していた人形共の挟撃に対応。
左側から強襲して来た奴の両手に握られた槍を、剣を振るって半ばから両断。
右側から僅かにタイミングをずらしたテンポで襲って来た、ナックルアーマーに覆われた拳を下から蹴り上げることでいなし、剣を戻して横殴りの斬撃を浴びせる。
剣は間に入れられた右腕を篭手ごと切断し胴体に食い込むが、その痛みを感じていない相手はそらされた手を戻し、自分の胴体に食い込んだ刃をその剛力で鷲掴みにして固定し、それ以上の進行を阻む。
そこに両断された槍のうち、先端部分を逆手に握り締めて振り下ろして来た為に、やむなく剣から左手を離して相手の手首を掴んで受け止めるが、やはり信じがたい剛力でおれの膂力に――脳の抑制を外している為に常人の5倍は発揮できるおれの膂力に抗うばかりか、ジワジワと槍の切っ先を押し込んでくる。
「ジンさんに何しようとしてるんですか!」
ミネアがカインが殺した死体から剣を毟り取り、聞いているこっちが震えそうなほどドスの利いた声と共に突き出し頚椎を貫く。
左側からの負荷が無くなった瞬間、手を戻して踏ん張りを利かせて固定された剣を引き戻す。
相手もそれをさせまいと抵抗するようなことはせず、片方だけになった手で拳を握り、それまでの連中とは違う、腰を落とした状態での見事な重心移動の伴った拳を繰り出して来る。
その拳が、剣身と柄に手を置いて盾とした剣と衝突。両手に重い手応えとそれに伴う痺れが襲うが、相手にも相当な負荷が掛かった為か、肘の辺りから折れた尺骨が皮膚を突き破って飛び出る。
それにも関わらず、相手はやはり痛みを感じているような素振りなど欠片も見せず、振り子のように揺れる腕を振り被ってもう1度拳を繰り出して来る。
だが今度の拳に先ほどのような勢いは無く、簡単に見切ることができ、タイミングを合わせたカウンターパンチを顎に打ち込んで無理やり引っ張り倒し、地面に叩き付けたところにビョウ仕込みの靴を踏みおろして頭を踏み潰してトドメを刺す。
「礼を言っておく」
「それはまた今度でお願いします。当たり前の事をしただけですので」
血に塗れた剣を嫌うように後方集団に向けて放り投げ、早口でそう答えてくる。
「どれだ?」
喰らい付いて来ていた連中全てを振り払い終え、移動を再開してすぐに十字路に当たる。
「……右でお願いします」
一瞬迷う素振りを見せたが、すぐに右の道を指し示す。
僅かに止まった瞬間を捉えて追って来た奴を斬り捨て、右の道に折れて直進する。
「爆撃来るぞ!」
カインの言葉に舌打ちしてやりたい気分を堪え、集団の最後尾に回る。
直後に後方集団が撃ってきた【爆裂砲】の魔法を剣で捉えて無効化。合わせて接近してきた奴の剣戟を受け止める。
「ッ!?」
上段からの打ち降ろしを受け止めた瞬間、そいつの胴体が爆ぜて短槍が突き出てくる。
咄嗟に穂先を素手で掴んで受け止める。受け止めるのに使った右手の皮膚が抉れて出血するが、貫かれる事だけは避けられた――そう安堵の息を吐こうとした瞬間に全身に電流が走る。
「やぁっ!!」
全身が硬直した隙を突いて穂先を推し進めようとした敵を、アルトニアスが間に居る肉の壁ごと剣で貫いて倒す。
肉の盾越しの攻撃という、痛みも恐怖も感じない人形ならではの対人戦法を凌いだと思えば、それすらも布石で2人目の人形目掛けて一斉に雷撃を撃ち込んで諸共感電を狙うという3段構えの戦法。
要となる感電こそベルを握っているお陰で被害を最小限に抑えられたが、それでもアルトニアスのカバーが遅ければ、重傷を追う事は免れなかっただろう。
「次に空気砲弾が来るぞ、頼んだ!」
「お前が何とかしろ!」
風を集めて特大の砲弾として撃ち込む【空撃砲】の魔法は基本的に不可視であり、事前に察知するのはかなり難しい。
だがこの魔法に限って言えば、その性質故にカインの感覚には容易に引っ掛かり、お陰で難なく斬り裂く事に成功する。
「吐き出せ!」
余り貯まってはいないが、惜しんだりせずに後方集団に向けて喰らった魔力を放出する。
前に撃ち出した時ほどの威力は無いが、足止めをするのには十分な効果を発揮するだろう。
目論見通り追撃の手が一瞬だけ途絶えた隙に離脱するが、いくらかも行かないうちに、今度はT字路に突き当たる。
「次は?」
右か、左かの2択をミネアに託して聞くが、当のミネアは渋面を作っていた。
「……真にすいません。どうやらハズレだったようですね」
「どういう事だ?」
「どっちに行っても逆戻りだって事だ。それぐらいは言わなくても分かるだろうが」
意味を理解したカインも、同じように渋面を作る。おそらく、おれも似たような表情を浮かべているだろう。
「……俺が敵だったら、間違いなく待ち伏せしているな。向こうは構造を完全に理解しているんだから、利用しない手は無い」
「同感ですね。これは相当にやばい。対応できますか?」
「……さてな。誰か地の適性ある奴居るか?」
「生憎、水と雷の2属性持ちよ」
「私に至っては適性なしですよ」
「ジンは……聞くまでも無かったな。仮に進んだとして、後ろの連中もすぐに追いついてくる。前門の虎、後門の狼になる事は必死だな。そうなると、最低でも1人は脱落するな」
カインの分析は正しい。むしろ、まだ楽観的過ぎるくらいだ。
付け加えるなら、この4人の中で最初に脱落するであろうメンバーはアルトニアスだ。
「迎撃するしかないか」
それが1番確率の高い選択肢の筈だ。
仮に進むとしても、後方からの追撃があるのと無いのとではまるで違う筈だ。
「正気か? 200は居るんだぞ?」
「なら代案を出せ」
「手札は?」
「万全の訳が無いだろうが。あるのは剣ぐらいだ。そういうお前こそ、能力はどうした? 使えば一掃できるだろう」
「生憎連中相手に一掃する保証はしかねるな。結構あいつらはやるからな。それに、俺もいま能力を使えないんだよ。財布を掏られた」
「チッ、使えないな」
「今のお前だけには言われたくねえけどな。つか、文句はそこのガキに言えよ。盗ったのはそいつの身内なんだからよ」
「盗まれる方が悪い」
「詐欺の被害者にも同じ事言えんのか?」
「何寝言を言ってんだ。同じ事を言うに決まってんだろうが」
盗まれる方が悪い、騙される方が悪い。そんなのは聞くまでもなく当たり前の事だ。
弱者だから、そういう立場に回る。
弱い奴は、殺されても文句は言えない。
「……ったく、やっぱりここんところツキってもんに見放されてるな」
「腹を括ったか?」
「冗談言え、括れる訳ないだろうが。俺とうちの殺しの大好きな連中を一緒にすんな」
もしもの事を考えて、相手の攻めてくる方向を3方向からではなく2方向までに絞るために一端右に曲がり、ある程度進んだところで止まって反転する。
程なくして、相手の先頭集団が角を曲がって姿を現す。
全員が揃って青ざめた、能面のような表情を浮かべているくせに、口の端からは遠慮なく唾液を垂らしている。
そいつらの数が都合20人。だがすぐにでも、その何倍もの数が続いて来るだろう。
「すいません、ジンさんともう1人の方。申し訳ないが時間稼ぎを。アルトニアスさんは術式の構築をお願いします」
「何を紡げば良いの?」
「厳密に言えば、魔力の提供と水の適性を活かした基礎式だけで構いません。それ以上は私が補助して構築します。そうすれば――」
現れた集団のうち、速度に優れた前衛の人形が武器を掲げて突進して来る。
「戦略級までとは言いませんが、準戦略級に限りなく近い大規模魔法を完成させる事は可能な筈です」
「筈かよ」
「すいませんね、ぶっつけ本番ですので。貴方と同様に何しろ友達が居ないものでして」
「勝手に人の事をボッチ扱いすんなっての」
先頭の男の幅広の両手剣を、こっちも大剣で迎撃。
手に負荷が掛かったのは半瞬で、相手の剣身は半ばから両断され、遮る物の無くなった空間を剣が薙いで行く。
背後では相当量の魔力が複雑に形を変えていくのが感じられる。
これで現状を打開できるであろう手札が、少なくとも1枚増えた事になる。嬉しい誤算だ。
「本当に何なんだろうな、お前らはよ!」
突き出された短剣を逆手取りによって手首をへし折って奪い、眼窩に突っ込んで掻き回す。
その死体をおれを目掛けて放り投げ、伏せたおれの頭上を通過して接近してきた敵と激突。剣を振るって死体ごと敵を分割し、地面に落ちた上半身の頭部をおれが踏み潰す。
「保有する魔力は俺じゃ殆ど感じられないぐらい少ない上に、筋肉も戦闘を想定した訓練を受けた奴のでもなければ、中には貧弱な奴まで居る。
そのくせ膂力も速度も異常で、保有魔力からは考えられないような戦闘用の魔法を使いこなす。精神支配を受けているだけじゃ説明がつかない」
「大本の能力が精神感応系なのは間違いないだろうな。原理は不明……だが!」
近くに居た奴の髪を掴んで引き寄せ、突き出されて来た槍の盾とする。
盾と槍の持ち手の動きを封殺したところで一端意識から外し、その後ろの奴を両断。トドメはカインに任せ、剣を盾に後方の後衛連中に突っ込む。
術式を紡いでいた奴の1人の頭を割るのと、新手の集団が姿を現したのは同時。頭部を損傷して全身から力の抜けた死体をその集団に向けて蹴り込み、体勢を崩した奴らの1人から強引に大楯をもぎ取る。
奪ったそれを左手に、殺到する剣や槍を遮る。数と膂力に物を言わせてそのまま押し込んでこようとするのを、楯を地面に食い込ませる事で防ぎ、剣を一閃。押し寄せて来ていた連中を楯ごと纏めて斬り裂く。
その余韻に浸る猶予も与えられずに跳躍。一瞬までおれが居た空間を炎や雷撃、爆裂が蹂躙して行く。同士討ちなどお構いなしの凶行だった。
着地したのは、その魔法を放った奴の1人の肩の上。着地した衝撃を和らげる為に硬直する間も惜しんで、ちょうど良い位置にあった頭を蹴り飛ばして反動で再跳躍。頭部を失った死体を無数の刃が斬り刻み、無数の肉片へと変えていく。
そうしてできた、申し訳程度の空白地帯。そこに着地し、尚も止まらず動く。
止まれば即座に囲まれて殺される。その為に絶えず動く必要がある。
足を動かして攻撃を回避し、時に相手の首を刈り取り、腕を動かして相手を両断し、時に飛び交う魔法を喰らう。ただひたすらその作業に従事する。
背後から奇襲しようとしていた人形に、手元で旋回させた剣を差し向けて右肩から左脇腹へと抜けさせる。 その際に空いた左手を握り締め、裏拳で支えを無くして落下しようとしていた頭蓋を粉砕。
両手の無くなった束の間の隙を逃さずに殺到してきた連中の中で1番背の高い奴を選び、頭部を狙ったハイキック。間に入れられた腕に阻まれるが、力ずくで押し込んで足を肩に引っ掛けて体を持ち上げ、そこを軸足に全身を回転。遠心力を乗せた大剣が周回して首が飛ぶ。
回転が終わる直前で空いている肩にもう片方の足を乗せ、左手を地面に着いて足場代わりにした奴の首を両足で絞め上げ、着いた手を捻り固定した首を捻じ切り地面を転がる。
転がった頭部が途中で蹴り上げられ、ちょうど剣を持った人形の眼前に来る。
そこに足が撓った状態で振るわれ、その剣を持った人形とその足との間に挟まれた頭部が破裂し、周囲に汚汁を巻き散らす。
「良い剣だな、寄越せよ」
頭部越しの蹴りを喰らってたたらを踏んだそいつの剣に手が伸び、掬い取るようにして奪い取ったカインが、そのまま耳朶に突き入れて押し込み、隣の奴と一緒に串刺しにする。
その耳を塞ぎたくなるような音に混じって鈴の音が響き、反転したところに居た相手の腹腔に剣を埋めて横に引いて脊髄を切断。引き抜き間髪入れずに喉に突き入れる。
図らず瞬間的に背中合わせとなったその瞬間を狙いすましたように、周囲から魔法が殺到。
その中でも爆裂や炎、風刃といった質量の伴わないもののみを視て選別し、無効化。質量を伴ったものや、斬って感電する雷撃の類は傍に居る楯を持ち上げて代わりに受けさせる。
使用済みとなった楯は放り捨て、集団の足止めに。その中から最も密度の高い場所を見極め、そいつらの防具を、手に持つ武器を視て、逆に最も密度の薄い場所を選んで突撃し離脱。
そして爆ぜる。
大多数を巻き込む事に成功するが、確実に仕留められたのは数人程度。
心臓を潰されても即死せず、数分は動き回れる生命力を誇る人形相手には常人なら致命傷ものの手傷であっても安心はできない。
その予想を裏付けるように、四肢欠損をしながらも猛然と走り寄って来る。
同時に、その背後で地響きがして地面が持ち上がり、通路を塞ぐように土壁が出現。
「クソッ……!」
意図を察した瞬間にカインと共に前進し、片っ端から斬り伏せる。
だが動き出しが既に圧倒的に遅く、術式を紡ぎ終えた奴から順に自分目掛けて爆裂魔法を撃ち込む。
直撃させることではなく、爆発による熱波と衝撃の2次被害に巻き込むことを目的とした自爆攻撃。
爆発する前ならばともかく、爆発によって生じた衝撃と熱波は剣で喰らう事はできない。それを知っての事かは知らないが、至近距離で炸裂したその魔法の熱波と衝撃に当てられ吐き気がこみ上げて来る。
直前で剣を掲げて腰を落とし、眼を閉じて粘膜を守り口を開くことで空気の逃げ場を作ることでダメージを最小に抑えるが、それでも喉の奥からは鉄の味が滲み出て来ており、叩かれた全身が鈍痛を訴えて来る。
苦痛を堪え、周囲に充満する濛々と上がる土煙とそれに混じる火の手に向けて眼を凝らす。
土壁を楯に被害を抑えた人形たちがいつ動き出すのか、空気の流れの変化を見逃さないように観察していた視界に映る光景に、唐突に違和感を感じる。
「チッ……!」
舞い散る火の粉や火の手が、唐突に不自然に消える。
それに気付いた瞬間に息を止め、眼を閉じてとにかく背後に後退する。
毒ガスか、それとも真空空間か、どっちかは分からないが、あえて喰らって確かめるよりも遠ざかって避ける方が懸命だ。
土壁は爆発の被害を防ぐ為だけではなく、あるいは毒ガスの類が流れてこないように堰き止める為でもあったのか。
ともかく、偶然にも気付けたから良かったものの、あのままでは視界の不明瞭な時は無闇に動くべきではないというセオリーに従っていた為に確実に喰らっていた。
「カイン、ガスだ!」
聞こえているかどうか、それどころか無事かどうかも不明だが、警告は行っておく。
魔力が充満している場所では、おれの長所である魔力探知能力も、右眼の価値も半減する。
それらが十全に活かせる位置まで後退したところで、頭上に光を遮る影が現れる。
急角度で落下に等しい勢いで突貫してくるのは、風を纏った3体の槍を持った人形。
まるで御伽噺に登場してくる竜騎士のような落下攻撃に対して、左手側に壁を置いて対象を左の奴に絞り、剣での迎撃。
槍ごと両断された体が地面に落ち、残る2体を仕留めようと振り向いた視界に映ったのは、首が胴体から離れた死体と、そしてたったいま首を刎ねられた人形の姿。
「ここが最終防衛ラインだな」
肺を痛めたのか、口の端から血を垂らしたカインが苦痛を堪えるような表情で言う。
そこでようやく、自分が自分で思っている以上に後退している事に気付く。
「確かに、これ以上は下がれないな」
「かと言って、前にも進めそうにない」
土壁を乗り越えた数体の人形が、各々の武器の切っ先を揃え、さながらそれ自体が1つの壁の如くペースを隣の者に合わせて突撃。
同時に壁の上に登り立った人形が、その突進する者たちを巻き込むのを承知で術式を紡ぎ始める。
その無防備な一瞬を突いて、カインの投擲したナイフが右端の相手の喉元に突き刺さり、壁の向こう側へと落ちていく。
残る壁の上の者たちを後回しに、ひとまず眼前の連中からだと前進するカインを背後から蹴り飛ばす。
直後に、壁の向こう側から上空に向けて撃ち出された雷撃の束が頂点に達したところで鋭角を描いて方向転換。
束ねられ線から雷の帯となった雷砲が上空から落雷の如く降り注ぎ、その真下に居た突撃を行っていた人形たちを跡形もなく消失させる。
もしおれが右眼で見ていなければ、気付いて蹴り飛ばしていなければ、カインも同じ事になっていた。
「カイン! 右前方5歩先とその隣!」
一息つく間もなく、おれの意図を的確に察したカインが起き上がり剣を振る。
剣の軌道に沿って煙が分断され、一瞬だけ生じた何もない筈の虚空に赤い線が走り、そこから噴水のように血が溢れ出る。
通常風の魔法によって空気の屈折率を変えただけでは、周囲の光景との間に揺らぎが生じてしまい、警戒している相手には意外と気付かれてしまう。
それを避ける為に未だ爆煙が漂うタイミングを選んだのだろうが、その渦中にならばともかく、距離を取った場所からならば右眼には分かり易いほどに映っていた。
「自分たちの特性を活かした自爆突撃に、毒ガスによる多重攻撃。それを囮にして、上空からの奇襲を道作りにした上での真空放電で、土壁がある限り前方からの登場は無いという先入観を乗り越えさせる事で植え付けたところに迷彩奇襲か。ここまでの連携をこなせる国が、大陸にどれだけあるだろうな」
「感心している場合じゃねえだろうが」
カインの言葉は耳に痛い。
道理に合わない膂力こそあれど、それをただ振るっているだけのガキ大将だったら話は単純だった。
だがそれを、ここに来て個々人に一定以上の技術を持たせた上で、超高度連携に組み込んで来ている。
前者と後者とでは、戦力的数値は桁にして5つか6つは違う。
前者の敵だったならば、数が200居ようが、その倍の数が居ようが切り抜けられた。
だが後者の敵の場合だと、200どころかその半分以下でもキツイ。
この場所が左右のスペースの限られた通路でなければ、忌々しいがカインが隣に居なければ、とっくの昔に死体になっていた。
「魔界に居た頃とどっちがマシだ?」
条件が同じでないから安易に比べる事はできないが、勝らずとも劣らない。
本当に、この国に戻って来てからは毎日が厄日といっても過言ではない。