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レギオン⑦

 



 少し前に、傭兵業を生業とする者たちの間において盛んに交わされた議論があった。

 それは自分の腕を飯の種にする者たちにとっては、決して無関心ではいられない重要な議題。

 即ち、最強は誰か。


 最も強い者――そう問われて、挙げられる名前の数は多くは無い。

 精々が10人を超える程度。どんなに多くとも、100を超える事は無い。

 そんな中で、大多数の者たちが口を揃えて真っ先に挙げる名前は僅か2人分しかない。


 【死神】エルンスト・シュキガルと。

 【絶体強者】リグネスト=クル・ギァーツの2名。


 ある者がエルンストこそが最強だと言えば、別の者がリグネストこそが最強だと反論する。

 そんなお約束のような流れによって議論は始まり、白熱しつつも結論は出ずに終わる。

 そんな事が何年も続く中で、不思議と両者はすれ違う事こそあれど同じ地に立つ事はなかった。


 しかし、互いにそれが狙い澄ましての事でない以上、いつかは遭遇する時が来る。

 その日が訪れた時、両者は不思議と意気投合して酒を酌み交わし合い、そして自然な流れでどちらからともなく殺し合いへと発展していった。


 戦いは2日2晩続き、両者共に一睡どころか僅かたりとも休む事なく打ち合い続け、最終的にはエルンストがギリギリで押し切り勝利するという結果に落ち着いた。

 同時に、それまで数え切れない程に傭兵たちとの間で議論されて来た議題も、一応の決着を付ける事となった。


 その後、両者が戦った事はない。

 時が経ち、両者共に戦った当時よりもさらに実力を付けて、一部の者はリグネストが下剋上を果たすのではという期待を抱きながらも、それが実現する事は無かった。

 エルンストが、勝ち逃げという形で幕を降ろした為に。


 エルンストの死後、当時程ではないにしろ現在の最強は誰かという議論は交わされる。

 だが、その議論に置いて挙げられる名前の中に当時挙げられていた者の名前もなければ、当時程の人数も挙げられておらず、ましてやその中に【死神】の名前などどこにも見掛ける事はない。

 時たま僅かな票を集める名前こそあるものの、大抵の場合はただ1人、圧倒的票数を集める【絶体強者】の名前があるのみだった。











「がぁ、ああああッ!!」


 ゼインが苦痛に塗れた、しかし強靭な生命力を感じさせる咆哮を上げる。

 ナイフから離した手を振り上げ、それに触れる事を嫌うカインを無理やり引き剥がして距離をとり、胸に刺さったナイフを掴む。


「まだ頑張るかよ。いや、自分の心臓の位置も改変してあるのか。ぶっつけ本番という訳でもなさそうだし、そういう形振り構わなさも嫌いじゃない。

 ただ、いくら急所の位置が変わっていてもよ、さすがに頚椎を断ち切れば死ぬよな?」


 ちょうど肝臓のある筈の位置に刺さっているナイフを回収し、切っ先をゼインに向ける。


「お前、たちは……鳥だ。俺たちを蜂とした時に、お前たちに当て嵌まる配役が、鳥だ。秩序を乱す、害鳥だ……」


 【改変】の能力によって心臓を傷つけられる事こそ避けたものの、動脈を切断されたのか出血は激しく、言葉を発する傍から血を吐き出していた。

 それら全てを飲み干し堪えるように歯を食い縛り、ナイフを引き抜く。


「秩序を乱す者には、死を……それが我ら、ウフクスス家の役割だ……その対象に、同属も、異属も関係ない。こんなところで、やられるか……!」

「カッコいいなぁ、オイ。だけど的外れだぜ。急がば回れ、いや、急いては事を仕損じるか。ここは大人しく引くべき場面だと思うぜ? 目的があるなら尚更な」

「…………」

「聞く耳持たない、か。まあそういうのも、俺は嫌いじゃない。だけど気合や根性だけでどうにかなるほど、世の中甘くねえんだよ!」


 同時に弾かれたように突貫。

 だがスタートこそ同時だったものの、怪我の度合いではゼインの方が重い為か、僅かにスタートを切った直後にもたつく。

 それをカインが絶好の好機と捉えた瞬間に。

 上空から人が降って来る。


 降りて来るでもなく、ましては落ちてくるでもなく、墜落としか形容のできない速度と角度で、成人男性が背中からカインの頭上に落ちて来る。


 それは当然の事ながら、想定外の事態だった。

 カインにとっても、そしてゼインにとっても。

 その余りにも唐突の事態に両者が硬直している最中、唯一その落下物に両者よりも早く気付き、利用できると即座に判断を下したミズキアだけが動いていた。


 ミズキアにとって、ゼインは徒手空拳で近接戦闘を挑みたい相手ではない。

 しかし自分がカインから借りていたナイフは手元に無く、また敵であるゼインはその瞬間だけに限れば、まったくの無防備だった。

 それがミズキアの背中を後押しし、背後から襲い掛からせた。

 狙いはただ1つ、首を素手でへし折る事のみ。


 だが、繰り返すがそれは想定外の事態だ。

 頭上から落下物がある事も、そしてミズキアがその隙を突いて襲い掛かる事も。

 故に、普段ならばミズキアと阿吽の呼吸に近い連携をやってのけられるカインも今回に限りそれを行う事はできず、ただ頭上から自分目掛けて落ちてきたその人間が自分を押し潰しきる前に最小の被害に留める為に、落下物が自分の体と衝突するのではなく自分の体を転がるように勢いを受け流しつつ投げ飛ばすだけに留める。

 結果、投げ飛ばされた人間を受け止めたゼインがその場から数歩後退してしまい、ミズキアの伸ばした手は空を切る。

 それでも、万全の状態ならばそんな事態の中でもゼインを捉える事はできた。

 しかし今のミズキアは、復活の手間も惜しんでいる為に片手片足が無い。

 それが故に軌道の修正も叶わず、背後からの奇襲は失敗に終わる。


 ただ、その結果にミズキアが驚く余裕は無かった。

 直後に時間をロスしながらも突貫して距離を詰めきったカインが、相手が受け止めた落下物の隙間を縫ってナイフを繰り出して相手のナイフを弾き、間髪入れずに蹴りを放ち相手を吹っ飛ばした結果、まるでその場に穴があったかの如くゼインの姿が掻き消えたからだ。


「……はぁッ!?」


 ミズキアの口から辛うじて出てきたのは、そんな言葉だった。

 カインも、声こそ出さぬもののその結果に眼を剥き驚きを露わにしていた。


「ちょっ、待ちやがれ! 逃がすかッ!」


 ゼインが弾かれ落としたナイフを回収し自殺して腕と足を取り戻したミズキアが、後を追うようにゼインの姿が掻き消えた通路に突進しようとする。

 その襟首を、カインに掴まれる。


「待て馬鹿、優先順位を考えろ。俺らが優先するべきなのはあいつを仕留める事じゃねえだろうが」

「切り替え早いな」

「冷静に分析しているだけだ。消えたのはおそらく、この迷路を作っている能力絡みだろうな。となれば、脱出したという訳ではなければ、このまま後を追ったとしてもあいつと同じところに飛び出るとも限らない」


 手にしたナイフを、ゼインの消えた通路へと放り投げる。

 するとナイフは、放物線を描きながらも地面に落ちる前に忽然と消え失せる。


「…………」


 その結果に何ら気にする素振りも見せず、淡々とミズキアからナイフを回収し、括り付けられている鈴を鳴らして耳を澄ませる。


「……やっぱりな。悪趣味な能力だ」

「何がだ?」

「音は通路の向こう側まで、ちゃんと響いていっている」


 再度鈴を揺らしながら言う。


「つまり、空間そのものが捩じれている訳じゃなくて、どちらかと言えば特定地点を通過する物体そのものを跳ばしているんだろう」

「ああ、なるほどね。道理で気配を追っかけている最中に、気配が跳び跳びになる訳だ」

「お前、よく合流できたな」


 衝撃的発言に、心の底からの驚きと感嘆の言葉を述べる。

 そしてすぐに切り替え、自分目掛けて振って来た落下物へと視線を移す。


「……これは、俺たち以外に捕らわれた奴らが居ると見るべきなんだろうが……どっち、あるいはどこ側だ?」


 落ちてきたのは、血塗れの成人男性の死体だった。

 両膝と胴体、そして喉元と頭部に複数の刺し傷のあるその死体は、どこでも見掛けるようなその一般的な服装には到底そぐわない、抜き身の長剣を片手に握っていた。


「こりゃ酷いな。最初に両足を破壊して逃げ足を封じたのか」

「多分な。だが、逃げ足を封じたのはあくまで念の為っぽいな。最初に両足を破壊したのは確かだが、直後に肝臓と両腎臓と心臓を突き刺している。その後が喉で、最後が頭部だな」

「一切の容赦が無いな。凶器はナイフか?」

「……多分そうだろう。何で降って来たのかは謎だが」


 死体を検分し、両者共に顔を顰める。

 だが顔を顰めている事こそ同じだったが、その性質は両者を比べた時に違うようにも見受けられた。


「……で、どうすんだよ。仕留め損ねた事に変わりはねえぞ」


 そうそうに死体から興味を無くしたミズキアが、未練がましくゼインが消え失せた方向を見ながら言う。

 対するカインは死体に対する興味を失わずに握っていた長剣を拝借し、鈴をナイフからその長剣に移し変えて自分の腰に提げている鞘に収めると、音を立てないように慎重に、しかし相当なペースでミズキアから距離を取り始める。


「確かにトドメは刺し損ねたが、問題ない。あの出血では長くは持たないし、ここから脱出できた訳ではないのなら尚更だ。放っておいても高確率で力尽きる」

「あいつに水の適性があったら意味ねえだろうが」

「確かにな。だが、その可能性は低いだろう。あったら戦闘中に使っている」


 声が遠ざかっていく事から違和感を抱かれないように、自分の移動に合わせて絶妙な声量の調整という人間離れした芸当を成し遂げながら、確実に距離を離していく。

 そしてある程度の距離が開いたところで迷わず反転し、全力で疾走し始める。


「いや、出血多量で死ねた方がある意味幸運かもな。団長の手に掛かるよりは」


 ある程度走ったところで景色が一変し、自分もまたどこかに跳んだという事実に手を握り締める。


「何で居るのかは知らないし、むしろ勘違いであって欲しいし、勘違いじゃなかったら呪ってやりたいぐらいだが、仮に勘違いじゃなかったとしても、用があるのは高確率でミズキアに対してだ。つまり一緒に居なければ問題ない」


 さり気なく味方を見捨てたという旨の発言をするが、カインの内心に後ろめたさは皆無だった。

 というよりも、同じ状況で同じ行動を取るかと他の仲間に聞いても、ほぼ全員がカインの行動を支持するだろうという確信すらあった。


「確かここに来てから、もう8000人分近く消費してたよな。今度こそ死んだか、あいつ?」











混沌始動⑥の最後の場面に続きます。

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