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混沌始動⑥




「……あれぇ?」


 カルネイラが、唐突にそんな声を漏らす。


「侵入者……って言っていいのかな? 2人……んん? 2人は確実で、あとは……何だろう、これ。凄く稀薄って言うべきなのか……何か訳分からないがもう1つ」


 テーブルの上にある、マスの上に色違いのピンの刺してある方眼紙に近寄り、新たに2本のピンを刺す。


「ここと、ここかな。どっちも随分と近いけど……ていうか、何で侵入したのかな?」


 侵入できた事自体に、カルネイラは驚かない。

 それは並大抵の事でこそないが、不可能という事でもないという事を知っているからだ。


「100歩譲って術者を叩くっていうのなら分かるけど、わざわざ足を踏み入れる意味はないんじゃないかな? 好き好んで魔界に足を踏み入れるのと同義……って程でもないけど、それに近いよ」


 ポケットから釘を取り出す。

 ゴツゴツとした凶悪なデザインの、親指よりも太い古びたようなそれを、椅子に座って涎を垂らしたままピクリとも動かないグスタグの頭部に迷いなく突き刺す。


「ん? んんん?」


 額の辺りに半分ほどまで埋まった釘の上の部分を指で摘み、目を閉じたカルネイラの眉が徐々に顰められる。


「この子は……記憶が正しければウフクスス家の、第6師団長の娘だったっけ。何で彼と一緒に居るんだろ? ていうか、何で侵入しているんだろ?

 それで、もう1人は……もう、1人は……あれっ?」


 眼を開く。

 口も半開きになり、想定外のものを見たと言わんばかりの表情だった。


「……いやいや、さすがに何かの間違いかもしれない」


 再び眼を――先ほどよりも力強く閉じ、これでもかと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。


「嘘……嘘ぉ! よりにもよって【絶体強者】! どうしてこんなところに!?」


 木造の室内に、カルネイラの声が響く。

 その声は誰が聞いてもそうと分かるぐらい驚きに満ち満ちていた。


 だが、そこにあるのは驚きだけだった。

 焦りといった他の要素は、欠片たりとも含まれていなかった。


「……まっ、いっか。ていうか、むしろ万歳?」


 直前までの百面相が嘘のように……いや、むしろ一層楽しそうであっけらかんとした表情で言い放つ。


「良いね、良いねぇ! 最近アルフォリアばっかりずるいって思ってたけど、思ってた矢先にこれだ! これだからこの国は最高だね!」


 椅子を新たに調達し、方眼紙の置いてある机の傍に置き、その上にしゃがんだ状態で乗っかる。


「数を増やそう! そうだね、最低でも今の倍で……うん、欠陥品は桁を増やそう。ついでに壊れた分は補充して……」


 目まぐるしく手が動き、方眼紙からピンを抜き、新たなピンを刺していく。


「楽しいなあ! 楽しいよ、3年前から今日までずっと、すっごくね! 【死神】の彼には心から感謝しなきゃね! もう死んでるけど!」











「ああ、足蹴にされて踏まれる気分というのも中々素敵ですね。いえ、貴方がやってくれているからこそですが。他の人にされても不愉快なだけです」


 うつ伏せになり、背中をおれが足で押さえつけていると、ミネアが怪しい言葉を漏らし始める。


「……どうしてここに居る?」

「ベスタさんに頼んで入れてもらいました。最初は自分の足で入ろうとしたのですが、これが中々……いえ、相当に強固でして。中に入ることができなかったのでベスタさんに運んでもらいましたよ」


 そう言えば、ベスタの固有能力である【移転門】も、一応ではあるが領域干渉系だったか。

 もっとも同じ領域干渉系でもかなり異質で、分類的には相当空間系寄りだった筈で、おれ自身も領域干渉系は自称ではないかと疑っていたが。


「干渉できているって事は、本当に領域干渉系だったという事か」

「びっくりですよね。誰だって見れば空間系だと思いますよ。まあ、その辺りが固有能力たる所以かもしれませんがね。理屈では説明できない。

 ああ、因みに【移転門】を使っての脱出は不可能です。もう試したのですが、扉は開いているのに、まるでそこに見えない壁があるかのように通れませんでした。どうやら一方通行だったみたいですね。

 無理やりにでも理屈で説明するなら、扉の内側はベスタさんの領域テリトリーで、扉の外側――つまりはこの迷路内は、この迷路を生み出している能力者の領域テリトリーであると言ったところでしょうか?」

「そうか」


 ミネアの言葉に舌打ちしたい気分になるが、元より当てにはしていなかった為、寸前で堪える。

 領域干渉系の能力とは、そういうものだ。外部からの手は当てにできない。


「さて、そろそろ足をどかしてくれませんか? この状況も悪くはありませんが、貴方の顔をできれば直視したいです」

「…………」


 正直に言えば少しばかり……いや、かなり嫌だったが、どかしてやる。

 重石がなくなり自由になったミネアが、服を軽く叩いて汚れを落とす。


「さてジンさん、どうしますか? 私ならばこの迷路を脱する事ができます。勿論、貴方たちを連れた上でです。この程度の法則を見破るくらい、私の【並列演算】を使えば訳ない。ぶっちゃけ、もう既に半分くらい看破しています」

「……何が言いたい?」

「いま1度お願いします。私をもう1度貴方の奴隷にして頂けませんか?」

「奴隷!?」


 それまで黙っていた――事態の推移について来れてなかったアルトニアスだが、さすがに奴隷は看過できないキーワードだったらしい。


「ちょっと、奴隷ってどういう事よ!」

「聞き間違いじゃないですかね? 私はドルェイと言ったんです。古代語で良妻という意味です」

「そんなあからさまな嘘に騙される訳ないでしょ!」

「チッ、所詮は当て馬のくせして、無駄な知能を持ってやがりますね」

「誰が当て馬よ! 馬鹿にしてるの!?」

「貴女の事に決まってるじゃないですか。そして馬鹿にはしてません。私の主観における事実を述べただけです」

「偏見塗れじゃない! あんた、前に会った時もそんな態度だったっけ!?」

「前回会ったからこそこの態度なんですよ。まったく、運の要素を絡めた私にも非はありますが、よりにもよって貴女を引き当ててしまった自分の籤運を呪ってやりたいですね」


 ミネアは表情に浮かぶ嫌悪感を隠そうともせず、アルトニアスも無視すれば良いものをイチイチ突っかかっていく為、姦しいことこの上ない。


「まあいいです。隠すだけ徒労に終わりそうですしね。その代わりジンさん、無事に脱出できたらこの人を気絶させてください。経緯を偽って記憶を弄くりますので」

「……できるのか?」

「問題ないです。父に頼めば手配できるので。あの人は親馬鹿ですので、この程度の頼みを聞き入れるぐらい訳ないですよ。伊達に良い子を演じてません」

「そういう意味じゃないんだがな……」


 おれとしては経緯を偽って云々のくだりが可能かどうかを尋ねたのだが、どうでも良い情報もセットでついて来た。


「で、ジンさん。返答はどうですか?」

「断る」

「困ります」


 困るな。

 もしくは勝手に困ってろ。


「前も言いましたが、前回のような真似はもうしませんよ。もう諦めましたので」

「前科者の言う事ほど信用の無い事はないな」

「未遂なので前科は付いてませんよ」


 ああ言えばこう言う。

 屁理屈の鏡のような奴だった。


「それとも、このまま彷徨い続けますか?」

「脅しのつもりか?」

「そのつもりはないですよ。ただ、貴方と命尽きるまでこれを彷徨うのも悪くない、そういうつもりで口にしただけです」

「…………」

「それとも、貴方が私を脅しますか? その魔剣を首に添えて、言う通りにしなければ殺すぞと」

「誰がやるか」


 その脅しは、前提からして成立しない。

 殺せば脱出できなくなる。つまり、殺す事ができない。

 殺すつもりが毛頭無いのに殺すなんて脅しても、無意味すぎるだけだ。


「あんたねえ、さっきから黙って聞いていれば、頭おかしいんじゃないの!?」


 さっきと言うほど時間は経っていないが、アルトニアスの堪忍袋の緒は相当に短い事だけは確かだった。

 そして後半の、頭がおかしいという意見には全面的に賛成させてもらう。


「奴隷云々の事を抜きにしても、こっちはあんたが焦れて自力で脱出する後をつければそれで済む話だわ。それを変な条件を突きつけて、恥ずかしくないの!? それに、こんな状況なら普通協力して然るべきでしょ!」

「普通ならそうですね。ですが生憎、私は普通ではないので。異常と言っても差し支えない」

「屁理屈を聞きたい訳じゃないのよ、こっちは。あんたが脱出できる術を知ってるなら、速やかにそれを教えるのが道理よ」

「それは貴女の理屈だ。私にとってはどうでもいい事なんです。さっき言いましたよ? このまま命尽きるまでジンさんと彷徨うのも悪くないと。もしくは、ジンさんの手に掛かって殺されるのも良い」


 恍惚とした笑顔が浮かぶ。

 見ていて怖気が走るのは、おれだけではないだろう。


「私はジンさんが全てです。条件こそ提示してますが、それを跳ね除けた上でジンさんが望むのならば、その時は喜んで脱出方法を教えます。あくまで、呑んでくれたら儲けもの程度の認識でしかありませんから。

 そしてその結果、貴女が私たちについて来て脱出しようとするのも、私は止めません。どうでも良い事だからです。

 逆に、貴女が窮地に陥ったとしても、私は微塵も助けようとはしません。貴女がどうなろうが、それはやはり私にとってはどうでも良い事だからです」

「……頭がおかしいわよ、あんた。さっきも言ったけど」

「知ってますよ。私は異常だと宣告したばかりですよ?」


 アルトニアスが押し黙る。

 それ以上並べる言葉を持っていなかったのだろうが、仮に持っていたとしても、やはり口にする事はできなかっただろう。


「口約束だけで良いんですよ」


 蛇のごとく這うように囁いてくる。


「この場限りの口先だけの約束で、後にすまし顔で反故にしてくださって結構です。その場合でも、私は反故にされるその瞬間まで甘美な味わいに期待して貴方の為に動き、反故にされたその後も落胆しながらも貴方に対して不満を抱く事無く、それまで通りに貴方の為に働きます。

 ただ、口先だけであっても約束していただければ、強制された場合よりも高いモチベーションで精力的に働く事は保証します」

「保証するところが間違ってる」

「かもしれませんね。それで、どうでしょうか?」


 こいつの提示してきた前提条件を頭の中で並べ、最良と思える解を算出する。


「……いいだろう」


 条件を呑む。

 ここで突っ撥ねて、こいつの望み通りにはさせないという選択肢も非常に魅力的で惜しくはあったが、合理的に考えて最良なのは条件を呑むことだった。


「そうおっしゃってくれると思ってました。貴方は合理的な判断のできる方ですからね」


 声だけを聞けば冷静で、視覚を合わせれば両手で自分の体を抱きしめた状態で浮かべる、隠しようもない恍惚とした喜悦の表情。

 とことん癪に障るが、変に突っつく事も無い。


「では、ざっくりとこの迷路の法則を説明していきましょうか。まず――」


 ひとしきり身悶えして落ち着いたのか、咳払いをして空気を改めて説明しようとした矢先に、澄んだ鈴の音が響く。

 直前まで何の気配も感じなかったその方向に振り向き、見て、思い出す。


「カイン……!」

「……このタイミングでは会いたくなかったぜ、さすがにな」


 それはこっちの台詞だ。

 いや、どのタイミングでも会いたくは無いが。









 



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