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エルンスト⑤




 エルンストは強かった。それも途方も無く。

 脳のリミッターをある程度自由に外せるようになってしばらく経ってから、おれはエルンストに連れられて2度目の戦場に立った。

 それも前回のような小国同士の小競り合いなんてものじゃなく、国力のある大国同士の戦いだった。


 多数の質の高い兵士が高度な連携を組み、絶大な固有能力を振るう能力者が跋扈する戦いだった。

 エルンストはその戦場で、獅子奮迅の活躍をした。

 傍らで魔法を使う兵士を相手に接戦を繰り広げていたおれとは違い、無能力者も能力者も関係なく手に握られた大剣が振るい蹂躙した。

 途中で誰かが、死神が出たと悲鳴を上げていたが、確かに圧倒的な実力を振るうその姿は死神の名前に相応しいものだった。

 多数の兵士に囲まれた時も、複数の能力者を同時に相手取った時も、エルンストは難なく敵を倒して切り抜けた。


 もっとも、ただ1人の傭兵が戦局を左右するほど、戦いは単純なものではない。

 戦い自体はおれたちが雇われた側の国が破れ、壊走する羽目になった。

 撤退の途中では、前後左右からこれでもかというぐらいに、敵兵が襲い掛かってきた。

 そしてそのことごとくを、エルンストは斬り捨てた。


「いつもより酷いな」


 そう嘯きながら、余裕の表情で敵を屠るその背中は味方からすればとても頼もしく、そして憧れた。


 その戦場だけでなく、その後で参加した戦いでもエルンストは圧倒的な力を振るい続けた。

 大抵の兵は、何もできないまま死ぬ。

 稀にエルンストの斬撃に対応できる者も居たが、エルンストに傷を与えることはできずにやはり斬り捨てられた。


 時には最強の生命体である竜が乱入してきた事もあった。

 時には雷雨に泥沼という最悪の環境下での戦いもあった。

 時には魔族が襲撃を仕掛けてきた事もあった。

 その全てが、エルンストの足を引っ張る枷とはなり得なかった。


 どんな戦場でも、どれほどの地獄でも、どれほど敵味方が死のうとも、エルンストだけは生還した。

 その強さに憧れた。

 いつしかエルンストは、おれの目標となっていた。

 いつか隣に立ちたい、いつか追い越したい、心からそう思った。










「おいジン、ちょっと話がある」


 あくる日、エルンストがおれを呼んだ。

 新たな訓練の話かと思っていたが、いつにない真剣な表情をエルンストが浮かべているのを見て、すぐにその考えは引っ込めた。


「テメェ、気付いているか?」

「何に?」

「自分の異常さにだ」

「…………」


 お前は異常だ――そう真っ向から言われて、おれは言葉を返せなかった。

 自分が異常だと、とっくに自覚していたからだ。


「今まで聞いてなかったが、テメェ、7回奴隷になったって言ってたよな。なら、どうやって6回も自由を掴んだ?」

「……おれの飼い主が死んで」

「テメェが殺したか?」

「……いや、おれとは関係ないところで死んだ」

「つまり、半年やそこらの間に、テメェの飼い主はことごとく死んでいった訳だ」

「そういう事になるね。いつもおれだけが、生き残った」


 人災天災を問わず、おれの意思に関係なく突然降り掛かってくる。

 まるで呪われているかのようだった。


「……俺も長い間戦場に立っている。もう20年近くな。だから何度も絶望的な状況に陥った事もあるし、地獄とも言える光景も何度も目にして来た。だけどな、テメェを拾ってから、その回数は飛躍的に跳ね上がってる」


 いつだったか、エルンストが言っていた「いつもより酷いな」という言葉が脳裏に浮かぶ。


「第一、あり得ないんだよ。本来棲息しない筈の魔獣が群れで現れたり、竜と遭遇したり、魔族が襲い掛かって来たり、歴史的豪雨に見舞われたり……他にもいつにまして遭遇戦が多かったりな。

 1つ1つを見れば、あり得ない事じゃない。だが短期間に立て続けに遭遇するのは、どう考えたってあり得ない。偶然なんかじゃ、到底片付けられない」

「おれが……災厄を呼び寄せてるって?」

「さあな。テメェが無能者なのは間違いねえよ。魔力が感じられないし、隠している訳でもねえ。だが、そんな事を引き起こせるのは、俺は固有能力しか知らねえ」


 そこで唐突に「クックックッ……」と笑い出す。


「聞くがよ、いつも生き残るのはテメェだけなんだよな?」

「そうだけど?」

「なら、俺は何なんだろうな?」

「…………」

「いつも、誰よりもテメェの側にいる筈の俺が、何で未だに生き残ってんだろうな?」


 答えられなかった。おれが意図的にやっている訳じゃないから、当たり前だ。


「確かにテメェは、災厄を呼び寄せてるよ。間違いねえ。んでもって、歴史を紐解けばそういった奴がいないわけじゃねえ」


 そこでまた、面白そうに、おかしそうに笑った。


「最高だな。いや、正しくは最悪か。どちらにせよ、あいつら・・・・が喜びそうだな」

「……あいつら?」


 聞き返すが、どうやら独り言だったらしく、答えてはくれなかった。

 代わりにおれの胸を人差し指で突きながら、言った。


「いいか、テメェのその力は、テメェにとって間違いなく役に立つ。俺が保証してやる。だから、つまんねえ事で気に病んでんじゃねえよ。俺はテメェが呼び寄せる程度の災厄なんかで、死んじまう程弱くねえ」


 気に病んだ事は、無かったとは言えなかった。

 自分が異常だと自覚してから、エルンストもまた死ぬのではないかと心配した事もあった。

 だが、それは杞憂だった。

 エルンストなら、災厄をもねじ伏せる。そんな安心感があった。


 そして、先程の言葉を聞いてエルンストに認められたような気がして、少しだけ嬉しかった。







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