召し上がれ
どうしても欲しいものがあって、でもお小遣いじゃ足りないから、人生初のアルバイトを始めた。
「い、いらっしゃいませー」
お店の自動ドアが開く音がして、どもりながらも声を出す。繁華街にある24時間営業の大手チェーン牛丼屋。地元や学校の近くでは知り合いに遭遇する確率が高くて、でも交通の便が良くないと、と考えて選んだんだけど…。
「おはよ。ゆまちゃん」
「おはよー。今日も可愛いね」
客層が派手だ。いや、この時間だけかもしれないが。眠らないと言われるこの街も、少しだけ賑わいを失い落ち着いた様子を見せる午前3時。深夜のほうが時給が良くて、短期集中でシフトを入れまくっていたら、常連のホストに絡まれた。いや、気に入られた?とにかく来る度に俺を構い倒し、いつの間にか仲間を引き連れて集団で訪れるようになった彼らは、とても派手でカッコいい。ホストなだけあって顔立ちは目を見張るほどだし、牛丼を豪快に掻き込む姿だって、それが牛丼だとは思えないほど絵になる。
「ゆまちゃん大盛りよろしく!」
「俺はサラダもちょーだい」
券売機で買った券を、わざわざ手渡しされるのもいつものことだ。さりげなく、手を撫でられたり握られたりするのも。握るときなんて、もはやさりげなさの欠片もないけれど。
若干引きつっていることを自覚しながらも、かろうじて笑顔と言えなくもない表情を張り付けながら、受け取った券のメニューを確認して手早くそれらを仕上げていく。
「ゆまー愛情だくだくでね!」
いや、意味わかんねーし。はは、と乾いた笑いを返してから、それぞれの前に丼やら小鉢やらを置く。周囲の客は、無関心を装いながらも、チラチラとこちらを窺っている。そりゃー、こんな派手な集団が、牛丼屋で、値段の付いてそうな笑顔を振り撒いて、平凡な男にセクハラして、意味不明な言葉を叫んでたら好奇心も刺激されるってもんだ。
でもな!あんまり見てると後悔するぞ!
俺が出来上がったものを目の前に置いても、彼らはまだ箸をつけない。俺を見て、待っているんだ。イケメンたちに見つめられ、俺はおずおずと口を開く。カウンターを占領して横一列に並んだ彼ら全員に聞こえるように声を振り絞って…
「めっ、召し上がれ」
どもった。ダブルの羞恥に打ちのめされている間に、いただきますと声を揃えてから、嬉々として箸をつける。まるで手料理を振る舞う彼女、あるいは新妻のようではないか。きっと周囲のオジサン連中も、平凡が吐いたセリフと顔を赤くした姿に気味悪がっていることだろう。見たかこのやろーとばかりに視線を向ければ、手の動きも口の動きも止めて、呆然とこちらを見ていた。見てしまったことを後悔しているに違いない。ふんっとばかりに顔を背けて仕事に戻る。だから俺は知らない。よくよくオジサン連中を見れば、その頬がうっすらピンクに染まっていることも、そんなオジサンたちをイケメンたちが眼光鋭く睨み付けていることも。
はぁ、早くお金貯めて辞めたい。
誤字等ご容赦ください。




