第四話半:聖域での出来事
深い森の一角。
森の中心部分の一角にぽっかりと開いた所があり、そのなかに町があった。
その町の端に一軒、大きく目立つ建物があり、それは荘厳な作りになっており、城や教会みたいな建築物だった。
その建物の屋上の一室で妙齢の女性が一人窓の外を見ていた。
その女性は扇子で顔の半分を覆い表情を隠していながらも目がにんまりと笑っており楽しそうな雰囲気が滲み出している。
いつものあまり感情を出さない彼女の態度を知る者ならば首を捻ってしまうほどおかしな態度であった。
その不気味ともいえる態度の変化に、近くにいたおそらく警備兵と思われるガタイの大きな黒髪刈り上げた中年の男性は恐る恐る尋ねる。
「ど、どうしたんですか?突然笑い出すなんて。何かいいことあったんですか。」
男が尋ねると、その女性はその男性の方を優雅に振り向いた。
「いや何。何十年ぶりかの侵入者が来たらしくての。何でも最終結界域の近くまで来ていたそうだ。それでウォルカにその不届き物の所に行かせたんじゃ。さぁて、どんな人物か楽しみじゃのう。」
妙齢の女性はその容姿に似合わないほど年寄くさい軽い口調で言ったが、目の前にいた男はそうはいかなかった。
「っ!? 侵入者ですと!?しかも最終結界域!?。これは一大事ではないですか!?」
焦った男はその女性に捲し立てる様に訴えたが、女性はその態度を見ても楽しそうな表情を崩さなかった。
男はその女性の態度に焦れたのか、目の前の女性に気が付かれない様に舌打ちをすると翻り足早に部屋から出て行こうとしたが、女性は「待て」と言ってその男性の動きを制止させる。
「まあまあ焦るでない。話は最後まで聞くもんじゃぞオルガ。ウォルカがそ奴の元に付いておる。心配せずとも好い。」
「しかし、いくらウォルカ様が付いていたとしても相手は人間。ここに来て何をするか分かりませんぞ!ならば私が行って」
女性は穏やかな口調で言うも、男性はそれを聞いても納得できず焦ったように早口で言った。
「落ち着け、落ち着け。我は大丈夫だと言っただろう。さらにお前が行っても無駄じゃ。」
その女性は面倒臭そうに手を振る。ただ黒髪の方は無駄と言う言葉と言い草にプライドに触れて一瞬ぴくっとなるが女性のその真剣そうな顔に反応して女性に訳を聞いた。
「む、何故そう言いきれるのです。人間一匹ごとき黒狼の私にかかれば一瞬で―」
唾を飛ばしながら力を込めて言い返した。
女性はその態度に辟易しながらも、持っていた扇子を閉じ渋々と言った表情でその男の反論に答えた。
「我はさっきお前に言っただろう。『ウォルカを行かせた』と。それがどういう事かお前さん考えなかったのか。」
男はその言葉にヒートアップさせていた興奮を抑え出来る限り冷静に今言われた言葉を吟味する。
そして何かを思いついたのか画然とした表情を向ける。
「まさかウォルカ様が人間ごときに負けたと!?」
「その通りじゃ。どうやら人間との真剣勝負を仕掛け結果負けたそうだ。」
その言葉に腰が抜けそうなほど驚く。
「そ、それでウォルカ様は、生きておられるのですか!」
男はその女性の顔をじっと見つめ、なんら気負ったことがない事と先程の楽しそうなことから大事に至っていないことを悟る。
「先程な念話がつながっての連絡したらこてんぱんにやられたそうだ。まぁ怪我もほとんどなく、特に何かされたと言う事も聞いていないし、だからウォルカを倒したという男に会ってみたいんじゃ。」
特に怪我はないと聞いて男はほっと息を吐く。どう理由であれ仲間が傷つけられるのは耐え難いし、とても辛いからだ。
男は女性の話を聞き、呼ばれた真意を理解し敬礼する。
「分かりました。村の者たちに来訪者が着ても手出ししないように告げてきます。」
「理解が早いわね。ありがとう。」
「では。」
すっとお辞儀をして男は足早に部屋から出て行った。
その姿を横目で見届けると、女性は再び窓の外を見た。
その表情は先ほどの楽しそうな表情から一転させ、何かを思い出したかのようにふっと息を吐き追憶に思いをはせる。
「ふふ、本当に楽しみね。今度はどんな人が来るのかな。
なぁ主様よ。」
その声は誰にも聞こえず、消えて行った。