第四話:人化
二人は赤い砂を踏みしめ、細い谷底を進んでいく。
蒼穹はウォルカの後に続いて歩きつつ、先程から気になっていたことを尋ねた。
「なぁウォルカ。さっきからずっと気になっていたんだが…お前はどういう存在なんだ?その人間より大きな体に、会話できる。極めつけに自分の意志で風を纏うなんて…俺がいた場所じゃぁそんなオオカミいやそんな生物神話以外で聞いたこともない。」
蒼穹は先ほどから疑問に思っていたことをぶつけると、ウォルカは少し困ったような表情を浮かべる。
『うーん…何て言っていいか分からないなぁ。私たちは生まれた時からそうだったし、風を纏うのも魔力さえあれば誰だってできるし…。それと勘違いしているようだが、私たちは今の状態だと会話することは基本的におかしいんだ』
「え?」
ばっとウォルカの方を見るが、それに気が付いた様子はなくそのまま尋ねる。
『ところで…早くいかないか』
「あ、ああ。いや、すまない。傷のせいかこの速さが限界なんだ。」
『なんだか勝者の言葉ではないよな。分かった。背中に乗れ。』
そう言うと蒼穹の横に並んで乗りやすいようにしゃがむ。
「いいのか。」
『構わんと言っているだろう。』
蒼穹はじゃあと言って、その背中に乗る。
見た目より柔らかく肌触りの良い毛と意外に乗り心地の良い背中に心地の良さと楽しみを覚えた。
もふもふとその感覚の柔らかさと毛の心地よさを楽しんでいるとウォルカはくすぐったそうに身をよじる。
『ちょ、ちょっと。くすぐったいんだが』
「あ、すまん。」
またもふもふと触っていると、ハッと思い出す。
『こほん。ソラよ…、も、もういいだろう。出発するからしっかり捕まっているよ。』
蒼穹もその言葉に頷き股に力を入れる。するとばっと走りだした。
どんどんスピードが上がっていき景色を置き去っていく。
「早い、はやーい。」
蒼穹は乗り屋精神があったのかそれともスピード狂だったのか…
「ウォルカもっと、もっとだもっと速く走ってくれ!!」
どんどん興奮していった。
蒼穹は昔、爺さんの所に師事していた元暴走族の兄さんと一緒にバイクを乗った事を思い出した。そのお兄さんはスピード狂で何も言わずに後ろに乗せられ高速道路を規定法規を無視して飛ばし、その時の恐怖とそれに相反する興奮を知った。それから知らぬうちにそうなっていった。
「やっほーう。どんどん楽しくなってきたぜ!ウォルカもっと早く、速く!」
トントンと背中を叩く。それに表面上いやそうな顔をしながら、どこか嘘っぽく溜息を吐くとそのままスピードを上げて行った。
ウォルラも実はスピード狂であった。
☆
ウォルカの背に乗ること約3分。先程の赤い砂のある砂漠のような場所から、今度は樹海を思い出させる深い森に辿り着いた。
地面には雑草が生い茂っており、人が通ってないせいなのか道など全くなかった。
『もう着いたぞ。降りてくれ。』
「ああ、ありがとう。」
蒼穹は背中から飛び降り、緑の地面に着地する。そして辺りを見回すも不思議なことに自分とウォルラ以外の気配が全く感じなかった。
怪訝に思い後ろにいるウォルカに尋ねる。
「本当にここが聖地なのか。俺たち以外の気配がしないんだが?」
「結界が敷かれているから、感じないだけだ。中に入れば分かるだろう。」
ふーんと分かったようなわからないような曖昧に頷き…ふと後ろから聞こえてくる声に違和感を覚えた。
先程の荒々しい唸るような声ではなく、まるで同い年の少女のようなかわいらしい声だった。
「――――――――?」
不審に思いウォルカがいるはずの後ろを振り向く。
しかしそこに居たのは白い大きなオオカミではなかった。
後ろに立っていたのは…
絹を思わせる美しい白い髪をポニーテールに縛り、
ホットパンツにノースリーブと言う健康的な恰好をした、
蒼穹と同じぐらいの美少女だった。
触れば壊れてしまうかのような芸術的なバランスをぎりぎりに保ったややスレンダーだが、そのホットパンツから惜しげもなく露出している太もものまぶしさと言ったら、何といえばいいのか分からなかった。
(…。…。…。…………!?)
蒼穹はその美少女に目を奪われていたことに気が付いた。目と自分を疑い、何度目を擦ったが、しかしそこに居たのはクールビューティーと言う言葉がよく似合う少女だけだった。
「だ、誰だ!ウォルカをどこへやった。」
蒼穹は咄嗟に『天月』を抜き相手を警戒する。しかし少女はその行動に一瞬ポカーンとするも何かに気が付いたのか苦笑して蒼穹に近づく。
相手の一挙手一投足に注意し何があってもいいように神経をとがらせる。
しかし…
「私がウォルカだ。分からないか?」
そういうと何故かくるっとターンする。
「いや、いや、いや。ウォルカはオオカミだっただろ!」
「そうか…じゃあ証拠見せるよ。」
くすっと笑い何かを呟くと一瞬で先ほど見たオオカミに変わる。
『どうだ、これで信じたか』
そういうとまた一瞬で先程の人間の少女の姿に変わった。
その変化に目を瞬かせ、そして驚いた声を出した。
「す、すげえええええ!どうやって人になったりオオカミになったんだ!?」
「ああ、それは…」
「それは?」
ごくっと喉を鳴らす。しかし―
「…分からん。」
「分からんのかよ!!」
そう突っ込んで肩を落とす。
「どうやって成っているのか一切わからない。だけど私の一族は代々人になれたりオオカミになれたりするんだ。」
「へー。じゃあどうして人の姿になったんだ。別にオオカミでも構わないんじゃないか?」
「いや、私たちはオオカミ姿では力が強すぎてみんなが集まって住むのには不便なんだ。人間の姿は、オオカミの姿に比べ随分力と素早さが落ちるからな。あ!あとあの姿は基本野性的だからすぐに興奮しちゃって喧嘩しやすいんだ。それを抑えるためにこの姿になるんだ。…一応この姿も偽物では無いからな。」
「なるほど。」
いいこと聞いたと言う様にコクコク頷く。
「じゃあ入るか。」
「本当にいいのか?」
「ああ、我が王が許可しているのだからな。」
「さっきも言っていたけど我が王って誰だ。」
ふと疑問が頭をもたげ尋ねる。するとなんだか興奮したように憧憬を浮かべ話し出す。
「我が王は我ら一族の頂点にして偉大なお方だ。聡明で優しく凛々しい私の憧れのお方。聖地の中で最も気高く強くて私なんかじゃ足元にも及ばない。そんなお方だ。」
その瞳は純粋な憧れと崇拝のみだった。
「そうか。会うのが楽しみだ。」
「人間が会うことができるなんて一生の誉れだぞ。」
蒼穹はその狂信に近い崇拝に苦笑し、ウォルカの後に続いた。