第二話:蒼穹と雲
オオカミは前傾姿勢になるや否やそのまま蒼穹の方へ襲いかかって行った。
脚力に物を言わせ思いっきり突っ込んでくる。
その速さたるや地球に住む他の動物を遥かに凌ぐほどの速さを誇っており、何よりその初速の速さに目を見張るものがあった。
「な!?早い」
蒼穹はその速さに一瞬意識を取られていたが、すぐさま持ち直しオオカミの咬みつきをその場で飛んで躱す。
しかし、咬みつきと同時に爪による切り裂き攻撃がかすってしまい、左腕の肌が切れそこから血が垂れてくる。
「くっ!?」
しかし、それでも怯まずに相手の目を睨みつける。
その姿に何かを感じたのかオオカミは足を止め、改めて蒼穹を見た。
『ほう…いい反応だ。私の咬みつきを避けた者は覚えていないな。せめてもの情けだ、貴様の名前を聞いてろう。』
オオカミは攻撃の手を止め蒼穹に尋ねた。
切り裂かれ血が流れる腕を抑える中答えた。
「………俺は蒼穹だ。」
『…いい名前だ。お前に敬意を表して言おう。私の名前はウォルカ。』
「そうかウォルカか、アンタもいい名前だ。」
『…敵に言うのもなんだが、ありがとう。そして残念だ。こんなところで出会わなければ違う結果が待っていただろうに。』
白狼のウォルカは残念そうに一瞬だけ目を伏せるが、すぐに顔を上げ先程と同じよう蒼穹に向かって襲いかかった。
「…その動きはさっき見たんだよ!」
蒼穹はそう叫ぶと、さっきより大きく距離を取って後ろに飛んだ。
今度は先ほど切り裂かれた爪をも避けることに成功したと思った瞬間―
ザシュ
突如体の前方が大きく切り裂かれていた。
「なんだと!うぐぅう。」
『残念だったな、私は咬みつきや切り裂きだけではない―』
蒼穹は血が出ている部分を手で押さえ、ウォルカを見る。目を凝らしてみるとウォルカの体の周りには風が吹き荒れていた。
その姿はまるで小さな竜巻。
『-風を纏えるのだからな』
血が大量に流れ、脂汗が頬を伝い力が抜け膝が折れる。
しかし、そんな姿になっても必死に耐え地面に手をつき懸命に立ち上がった。
「まだだ!」
『ほう、まだ耐えるか。本当に惜しい存在だ。
…だがこれで終わりだ!』
ホムラはそういうと容赦なく攻撃を再開する。
風を纏い暴力の塊が蒼穹に向かって飛び込んできた。
蒼穹はそれを見て意を決したような表情をして、蒼穹は背を向け崖に受けて飛び込んだ。
(頼む…うまくいってくれ)
『崖に向けて逃げるだと!?今更臆病風に吹かれたか!見損なったぞソラ。』
轟轟と音を立て飛び込んでくるウォルカにいつの間にか握っていた赤い砂をぶつけた。
その砂はちょうどウォルカの目に入り視界を塞いだ。
『何砂だと?くっ。だが』
蒼穹から砂を食らっても、そのままスピードを落とす事無く匂いをたどりそのまま崖に突っ込んだ。
その風は土を削り、ウォルカの突っ込んだ部分の崖は崩れ、岩がぱらぱらと落ちていた。
一人と一匹はその落ちてくる岩に巻き込まれた。
☆
岩が落ちてきてから少し時間が経った後、崩れて山になっている岩の中から無傷のウォルカが自分の上にあった岩を押しのけ飛び出す。
そして崩れたがけをまじまじと見てぽつりと、
『やり過ぎた』
と呟いた。
ウォルカは自分のした行為に焦る。確かに人がここまで来た事に対して迎撃することは認められているが、しかし崖を崩し聖地までの道を閉ざしてしまうのはやり過ぎ以外の何物でもなかった。
『これは陛下に怒られる。』
砂で汚れた顔に毛繕いをして綺麗にしつつ、必死に今後の事を考える。
『岩を風で飛ばしても崩れた部分が直るわけでもない。かといってこのままの状態で置いたりしたら村の者たちに何をされるか分からないし、何を言われるかもわからない…。もうどうしたらいいんだ?』
尻尾をゆらゆらと振りながら、取り敢えず岩をのけようとして崩れている岩の場所へ向かう。
一番崩れている個所に着くと、あまりの量にため息を吐いた。
『本当にこれは酷い。自分で言うのもなんだが本当にやり過ぎた。と言うかあの人間はいったい最期は何がしたかったんだろう。』
片づけをする傍ら、蒼穹の事を思い出しぶつぶつと呟いていた。
『強かった?のかなぁ。まぁ咬みつきを躱される事は初めてだったし。』
ウォルカは群れの中で特別な存在として地位についているが、力でも速さでもほかの群れの仲間から負けた事は殆どない。さらにスピードとレスポンスでは群れの長以外には遅れをとることはないと自負している。
実際にこの聖域に近づく悪党どもやほかのモンスターが多く来るので、それを追っ払ったり交戦したりしたときでも誰一人として自分のかみつきを躱せたものはいなかった。
それなのに今日来た人間―蒼穹は反応が明らかに遅れていたのに躱された上に二回目に至っては風がなければ攻撃すら完全に避けられていた。
『いくら自分の攻撃が分かりやすかったとは言え、あんなに簡単に躱すなんて。それにあの最後の目完全に死んでいなかった。』
ウォルカは最期見た蒼穹の目を思い出す。
蒼穹が最後崖に飛び込んだ時の目はどう見ても諦めた目とは全く違っていて、何かを決心した男の目つきだった。
ウォルカは経験上その目をした者は何かを期待していることが多いのを思い出した。
ここにくる悪党の人間ではなく、冒険者を語り虚栄心や欲によって濁った眼ではなく、純粋に何かを成そうとする者特有の目であった。
本当はウォルカは蒼穹が本当に何が起こったか分からない困惑の目をしていたことも理解していたし、謝罪にはしっかり心を込めていたこともどこかで理解していた。
しかし自分は怒ると目先の事しか理解しようとしない自分の視野の狭さにため息を吐く。
『本当に偶然ここに来ただけかもしれない。』
しかし、いくら言おうが後の祭りであると考え諦めた。
『でもまぁ私の攻撃を受けた上に岩雪崩に巻き込まれて生きている人間なんて…』
「…そうだな、確かに痛かったぞ。」
ウォルカはその声にぎくりとして後ろを振り向く。
そこにいたのは、青く美しい刀で岩を切り裂いた血まみれの少年だった。
蒼穹の体は岩雪崩のせいかすでにぼろぼろで、なぜか上着も来ておらず足取りも覚束ないものだった。
しかしウォルカは蒼穹を見てわなわなと何かにおびえるように震える。
『嘘!?何で生きているんだ!完全にとどめを刺したはず。」
「ああ、腕は痛いし、着ていた服の上は犠牲になったし肩は外れそうになるしよ、最悪だ。」
蒼穹の『天月』を持っていない方の腕は、血まみれな上にだらーんとしており、酷い有様だった。
誰が見ても余りの傷の酷さに息をのむような姿だったが、ウォルカは違う意味で息をのんだ。
ウォルカの常識では自分の技が決まって且つ岩雪崩に巻き込まれて死んでいない人間などいなかった。
思わず尋ねてしまう。
『あなた、本当に人間?亜獣種じゃなの?』
「俺は人間だよ、ちくしょう。」
そう怒鳴ると、刀を鞘に入れ―構える。
俗にいう居合の構えを取って、言う事を聞かない左腕は鞘に無理やり添えた。
蒼穹がその構えを取った瞬間ウォルカには空気が変わったことをある種予感しまった。
今までは絶対的に強かったのは自分だったが、蒼穹が構えを取った、いや剣を持った瞬間からどちらが強いか分からなくなった。
(なんだあれ、どうして動けない?)
ウォルカはその空気に困惑する。自慢の足も心なしか動かしにくくなった気分になり戸惑う。
そのまま動かずにじっとしていると、蒼穹は焦れたのかウォルラに向かって手招きをする。
「どうしたウォルカ、来ないのか。さっき纏った風で来いよビビったのか!?」
『っ!抜かせ、やってやる。後悔するなよ!』
何故か震える足を叱咤し本気で力と魔力を溜める。
そして先程よりもさらに魔力を使い、自分の持ちうる最大の力を発揮して風を纏った。
『これは先ほどの遊びの一撃とはまるで威力が違うぞ。私の誇りをかけた一撃だ。それでもいいんだな?」
ウォルカの纏っている風はまるで竜巻のようにうねりを上げていた。どう見てもそれは人に使う一撃とはかけ離れたものでとんでもない威力なのが分かった。
そのため一応最後通牒として蒼穹に忠告するも、蒼穹は構えを解かずに頷いた。
「ああ、構わねえ。来い!!」
その言葉を発した瞬間、ウォルカは蒼穹に向けて駆けて行った。
蒼穹はそのウォルカを見て―刀を抜いた。
『トルネードファング!』「暁流-風神剣」
二人の影はお互いに交差し、片方の影は崩れた。