プロローグ3:天月の剣と火輪の剣
蒼穹は色々な人から追われながらも何とか家に帰る事が出来た。
家に入ると、いい匂いが香ってくる。台所を覗くとそこには妹の姿があった。
月夜はすでに制服から着替えており、その上カレーまで作っていた。
「兄さん。もう出来ているので早く食べましょう。」
「済まねえな。作ってもらって。じゃあ食べるか。」
蒼穹は盛られたカレーをこぼさない様に手早く運び、机の上に並べる。
二人はそのまま手を合わせた後、ゆっくりとそのカレーを食べた。
☆
電車を二、三乗り換え、そのまま歩くこと10分。都市から離れ家がまばらに立っている所で立派な歴史を感じさせる大きな日本家屋の屋敷が見えてきた。
その家の敷地は山を含めると東京ドーム10個分以上と言う広大な敷地面積を誇っており圧倒される。
蒼穹はこの家を見上げ呟く。
「この家はいつ見ても圧倒されるよなー。」
「そうですか?私は慣れましたけど。」
蒼穹と月夜は他愛のない会話をしつつ、その大きな門をくぐり屋敷の中に入っていく。
庭は池と獅子脅しを横目に、知ったように先を行く月夜の後に続いて廊下を進んでいく。すると大きな部屋の前に着くと手慣れた様にすっと襖を開けると、部屋の中に入ると立派なひげを生やした偉丈夫の大男が正座で座っていた。
その2メートル近い大男は二人の顔を見るとその厳めしい顔の口角を上げる。
「おう、お前たち。やっと来たか。」
「久しぶりじいちゃん。」
「昨日ぶりですおじい様。」
二人ともしっかりお辞儀をして挨拶すると、嬉しそうに相好を崩す。
「それにしても久々じゃのう、蒼穹。大きくなって…父さんを抜かすんじゃないかのう。」
ぽんぽんと頭をなでると、蒼穹は少しいらっとする。
「爺さんあんまり子ども扱いするのやめてくれ…てか月も笑うんじゃねえ!」
月が口元を隠しながら笑っていたので少し怒る。大地はそのやり取りで二人の幼い頃を思い出したのか満足した表情で手を退ける。そして二人に背を向け神棚から長細い袋を二つ取り出し、何も言わずにその袋を蒼穹と月夜に手渡す。
二人は頭に疑問符を浮かべ袋から中身を取り出すとそこにあったのは鞘の中に入った一本の日本刀であった。
「え?」
「…なにこれ?」
大地は二人が刀を見るのを確認すると切り出した。
「今日お前達を呼んだのは他でもない、この刀をやろうと思ってな。」
「何で刀をくれたんですか?」
月夜が当然の疑問を尋ねた。
「この刀はな、蒼穹が持っているのが『天月』、月夜が持っているのが『火輪』と言う名の刀での。この刀は代々暁家の当主が認めた次期当主に渡すものなんじゃ。本当はこの二本を一人が持つのが伝統なんじゃが…まぁいいじゃろう」
蒼穹はそんなことは今まで聞いたことなかったのでへーと頷き刀を抜く。
そこにあったのは美しい波紋と濡れるような霞仕上げ、それに日本刀としてありえない吸い込まれそうな淡い青い色をしていた。
「すごい…」
蒼穹の隣から、ため息とともに口から無意識にそんな言葉が出ていた。しかし一番その刀に吸い込まれていたのはその刀を持っている蒼穹だった。
あまりの刀身の美しさ、完成度の高さ、自然ではありえないその淡い青色に心が奪われていた。
まじまじと見つめていると、誰かの大きな咳をする声が聞こえハッと意識を戻す。
「どうじゃ、いいもんだろ。」
蒼穹の顔を覗き込んでにやっとする祖父を見て頷く。
「…ああ、悔しいがこれはすごい。」
感動したことを隠す様に少しぶっきらぼうな口調で告げると、大地は満足げな顔でうんうんと頷く。
「これは今日からお前たちの刀だ。まぁ使う時はないかもしれんが、使うことがあれば丁寧に扱ってくれよ。一応先祖代々の品だからな。まぁこれはすごく丈夫なものだから早々壊れたりはせんが-」
「なぁ爺さん?」
蒼穹は話を切って尋ねる。
「どうした蒼穹?」
「これ少し振ってみていいか。暁流の型をしてみたい。」
蒼穹のいつもやる気ない瞳は珍しく輝いて、それを見た月夜と大地は苦笑する。
「構わん、構わん。存分に振ってこい。そのかわり道場を切ったりしないでくれよ。」
蒼穹は分かったと頷くと、稽古に付き合わされると思って持ってきたお古の黒い道着を持って稽古場に足早にかけて行った。
☆
道場に着くと手早く服を着替え慣れ親しんだ道着で少し体をほぐす。少し体を動かして体が温まったところで、置いてある袋の中から刀を引っ張り出す。
蒼穹は刀を抜きその美しさをもう一度堪能して、暁流の技を次々とこなしていく。
一刀、一刀力の入れ方から、体の動き、足運びなどを確認しつつ振りぬいていく。
無我の境地にまで達したところで刀をおろし、汗を裾でふき取った。
ふと道場の外の窓を見ると暗くなっていた。
「ふぅ。いい汗かいた。って暗!?今何時…あれ今4時だと?
何でこんなに暗いんだ?時計がまた壊れたのか?」
朝目覚まし時計に電池を入れ替え忘れたことを思い出し、どうせこれも同じことだろうとたかをくくって特に気にしなかった。
そして道場の扉を開けようとして…どう言う訳かびくりとも動かなかった。
首をひねり、もう一度戸に手を掛けるがそれでも全く動かなかった。
「?何だこれ…どうなってんだ?」
「フフフ、モウアカナイヨ、ソコ。」
後ろから突如知らない声が聞こえ、とっさに後ろを向いて距離を取る。
しかし後ろには人の気配はなく、ただ道場の空間しかなかった。
「誰だ!」
「ダレダトイワレテモネェ」
その不気味な、まるで老人のような訳の分からない奇矯な声が返ってくる。
すると目の前に小さな影が浮き上がり、その影が真っ黒い小さな子供を形作る。
蒼穹はその子供に何とも言い難い圧迫感と恐怖を感じてつい持っていた刀を構えようとする。
しかし…
「なんだ腕が動かない!?」
腕が痺れた様に全く動かなくなり困惑していると、その影の人間で言うところの口にあたる部分が開く。
「アア、キミノウゴキハフウジサセテモラッタヨ。」
その黒い影は事なげに言うと、手を伸ばしじりじりと近づいてくる。
「くっ!」
蒼穹は気力を振り絞り、痺れて動かなくなった足に活を入れ、何とか後ろに下がる。
「オオ、スゴイジャナイカ!ワタシノチカラヲクラッテ、ソレダケウゴケルナンテキセキダヨ。」
その黒い少年は愉悦をにじませ話すと、すっと手を前に出す。そしてでこピンするように指を溜める。
その行為に何とも言えない危なさを感じ頭の中で警鐘がなる。蒼穹はその直感に従い射線上から飛び退くと―
ドン
でこピンした一帯の床の板が剥がれ跡形も無いような無残なことになっていた。
「っ!なんだこれ!?」
「アア、ヨケテシマッタカ…ホントウニアイツノワザハツカイガッテガワルイ。マァオレノイエタコトデハナイガ」
蒼穹はその異様な光景に目を剥いた。
立ったでこピンの一発でここまでの威力を発揮するのはどう考えてもあり得ない。
「…お前、いったい何もんだ!」
「オレノコトナド、ドウデモイイデハナイカ。」
影はそう言うと蒼穹を指さす。すると先程まで動けていた足までも何かに縛られたように身動き取れなくなってしまった。
どうにか動くように暴れようとしても一向に動く気配がなくまるで石になってしまったかのようだった。
「ムダダ、コレハサキホドトハチガイ、カンゼンニウゴクコトハデキナイヨウニナッテイル。」
指で指しつつ、じわじわと近寄ってきて蒼穹の胸元に向かって手を伸ばす。そして鳩尾ぐらいの場所にその手が触れるとぬるりと体の中に侵入してきた。
(なんだこれ!?生暖かくて気持ちわりぃ!くそ、何がどうなってんだ!?)
ゆっくりとゆっくりと動けない蒼穹をしり目に肘まで侵入していた。
「て、てめえ―」
「フフフ、コレハイイカラダデハナイカ?コレホドノナイブマリョクニ、ワタシノマリョクガクワワレバ―」
「-何しやがる!?」
「-ハ?」
蒼穹は動かなかった手が突如動かせるようになり、手に持っていた『天月』でかち上げた。
「うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
影の腕を切り裂き半ばまで失った手を見て呆然とする。
「バカナ!バカナ、バカナ、バカナ!?アリエ―」
「おらぁぁぁぁ」
返す刀でそのまま影の本体を真っ二つに切り裂いた。
「バカナアリエナイ。コノワタシガ…」
影が消えていく姿を見届けると、そのまま倒れこみ気を失ってしまった。
☆
そして気が付くと蒼穹が居たのは先ほどまでいた道場ではなく深い谷底であった。
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