プロローグ2:日常
蒼穹と月夜が通う汀西高校は二人の住んでいる地域の公立高校の中ではトップクラスの学校でさらに部活動も活発なことで知られた有名な高校である。
校風は自主自立を標榜している通りさまざまな部活動や地域活動、さらにほかの学校と比べ生徒会が大きな権力を持っている。それ以外は普通の学校であり、かなりゆるーい、のびのびとした雰囲気の学校である。
☆
蒼穹と月夜は学校の玄関で別れ一人は生徒会室、もう一人は普通に指定された教室に向かっていった。
教室に着くと一学年上がったとは言え、クラス替えは行っておらず基本的に持ち上がりであるために教室の中は見知った人だらけであった。
知人と挨拶しつつ蒼穹の席に向かっていると蒼穹が来たことに気が付いたのかボーイッシュな少女が他の女学生との話を一旦止め蒼穹に向かって手を挙げた。
「おはよう蒼穹君。」
「おはよう佐倉さん。」
挨拶してきたのは蒼穹の友人でありクラスの人気者である佐倉冴子であった。
しかし彼女は蒼穹の挨拶が気に入らなかったのか不満げな表所を浮かべる。
「蒼穹君いつも言っているけど固い。佐倉っていう苗字じゃなくて冴子でいいんだよ。」
「うーん、なんとなく初めて会った時の呼び方が気に入ってなかなか今から名前で呼ぶのは恥ずかしいな。」
その言葉を聞いてさらに不満げな表情は深まる。
「その気持ちは分かるけど、出会ってもう一年経つしもうそろそろいいんじゃない?」
「…分かった善処するよ。」
「何それ政治家みたい。」
蒼穹のボケにくすっと笑い冴子は突っ込むと用は済んだとばかりに元のの輪に戻って話を再開させていた。
「うーんやっぱり呼びにくいなぁ」
そう独り言を言いながら自分の席に着くとすでに男の人が座っていた。
その男は春なのに何故か肌を真っ黒に焼いており、髪型は昔の気合の入っているチンピラのようなリーゼントで見た目からして人から避けられるような強面の容姿をしていた。
しかし…
「どけよ、そこは俺の席だぞ!」
そういうとチンピラ男は蒼穹を一瞥しにっと笑い、席から立ち上がった。
「よう!久しぶり。」
「ああ、終業式以来だな」
チンピラ男-蒼穹の友人の一人である町田晴信は、その容姿からとても思えないほどフレンドリーな雰囲気で蒼穹に話しかける。
「何所に言ってたんだよー。俺何度も電話したんだぞー。」
「すまん、すまん晴信。俺春休み中一人で日雇いバイトしながら自転車旅行してて気が付かんかった。まぁ最終的には沖縄までたどり着けど。」
「沖縄か…いいなー俺も誘えよ!てかどうやって自転車で沖縄まで行けるんだよ!」
「それは秘密だ。」
「そうかそれは残念だ…で?」
そう言うと晴信は蒼穹の首に手を回し、ニヤニヤしながら聞いてくる。
「それはそうと、沖縄に可愛い子いたかできれば年上の」
「はぁ?」
年上スキーの晴信がさらに腕の力を強める。
「いやいや、シーズンじゃないとはいえあの時期の沖縄は大学生の卒業旅行やらなんやらで年上の女子大生とか多かったろ?ほら、お前のことだ少しくらい出会いぐらいあっただろ?」
「俺のことだからって…俺のことどんな見方してんだよ。てか、そんな目的で行ったわけじゃねーよ。と言うかお前…」
首に巻きついてきた腕を払い、思い出したことを尋ねる。
「この前付き合っていた娘どうしたんだよ。」
言った途端いつも元気なはずの晴信は沈んだ顔になって哀愁を漂う表情になった。
「明美さんの事か。あの人…美人局でさ…マジで危なかったんだ。おれマジで殺されるかと思った。」
その言葉に何て言っていいか分からなくなり、憐みを込めて肩に手を置いた。
「そうか…それは災難だったな。」
「ああ、理解してくれるかともよ。」
「まぁな。」
蒼穹は心情を理解してがっちりと握手する。
その何とも言えない雰囲気に包まれていたが晴信はもったいぶるように咳をすると、その瞬間先程の感傷に浸っていた空気から一変する。蒼穹は友人のその唐突な変化に何故か嫌な予感を覚える。
晴信は握手している手を放すと、あくどい商人に手をモミモミさせつつ顔を上げる。
その顔はとてもいやらしい顔をしていた。
「でだ、蒼穹君。今日は始業式だけで授業はないだろ。」
「まぁそうだな。」
「蒼穹は部活もやっていないし、それに今日は勧誘があるだけで時間も余っている。」
「ああ、偶に剣道部の知り合いや先輩から来いとは言われるが、基本参加しないし来いとも言われた覚えがない。」
「じゃあ昼から空いているよな。」
「…………」
蒼穹は何故かすごく嫌な予感がした。
「でな、今日隣町の梓高校も始業式で昼から休みなんだ。」
「……ほう。」
頷く。すると…
「お願いします、合コンするんで来てもらえませんか?できれば月夜さんを連れて。」
がばっと潔く土下座をしながら晴信は必死に懇願する。
その様子に周りの生徒たちは笑うのではなく、男女それぞれ何やら期待のこもった目で二人を見ていた。しかしそれはその様子に気が付かず、すぐに告げる。
「すまん晴信。今日は家の用事で参加できない。」
蒼穹はそう告げると晴信は顔を上げ愕然とした表情になっていた。
「ま、まじか…。じゃ、じゃあ月夜さんだけでも-」
「月の奴も俺と同じ用事が入っているから無理。」
「どうしても?」
「ああ、すまない。」
顔を上げていた晴信はその言葉でへなへなと崩れ落ちる。
「月夜さん来ないなら俺もパス。」
「そうだな、俺もパス。」
「えー蒼穹君来ないなら言ってもほとんど意味なーい。」
「私もパス。」
クラスのみんなは盗み聞きしていたのか口々にキャンセルしていく。
蒼穹はそれを横目にへたり切った晴信の前でしゃがみ込み肩を優しく叩いた。
「元気出せよ。」
「うるせー。お前たちが来ないんじゃあ今日の合コンは成り立たねえ。もう今日は中止だ。」
晴信は半泣きになりながら中止のメールを打っていた。
☆
チャイムが鳴り、つつがなく始業式を終えた。
教室に戻り担任のありがたいのか、ありがたくないのかよく分からない話をあった後、時間割、教科書など授業に必要なものを受け取り鞄に詰める。
そして、まだ諦めきっていなかった晴信の魔の手を振り切り教室から出ると、そこには道場着を着た顔見知りの二人が立っていた。
一人はポニーテールの活動的な雰囲気のする先輩の牧優香。もう一人はショートボブののほほんとした雰囲気のするゆったり系の同い年である金森雪だった。
二人は剣道部に参加しており、蒼穹も月夜も何度か足を運んだことがあるので、二人とも知り合いであった。
挨拶もそこそこに二人に用件を尋ねる。
「どうしたんです。牧さん、金森。今日は部活勧誘でこんなところに来ている暇なんてないでしょ?」
「あ、暁ちょうどよかった。今日から一週間だけでいいから私たちの部応援してもらえないかな。」
「そうそう、蒼穹君ちょこっとだけでいいから殺陣してくれないかなー」
「いやいや牧さんちょうど良かったって…待ち構えているのにどの口が言っているんですか。後金森、殺陣は剣道部でやるべきだろうそれこそ全国行った岩国さんとかもいるんだし。」
蒼穹は理由を並べて断ろうとするが、二人はそんなことお構いなして両腕をがっちりと掴む。
「だってあんな強面の岩国より蒼穹君の方が見てて良いし、たぶんだけど岩国より暁の方が強いだろう。本当は月夜ちゃんも連れて来たかったんだけど、あの子既に居なかったし。」
「蒼穹君、気にしない気にしない。お一人様ごあんなーい。」
二人は両側から蒼穹の手を持って引きずりながら道場の方へ運んでいく。
蒼穹の腕が柔らかい部分に腕が当たっていて少し顔が赤くなる。その光景を多くの生徒が見ていた。
引きずられている理由を知らない新入生がそのハーレム男を恨みがましい目で睨む。逆に連れて行かれる訳を知っている在校生は若干憐みのこもった目で、売られる牛を見るかのごとく見送った。
それはそのさまざまな視線に耐えかねたのと、今朝言われた用事の為に腕を振り払おうとする。しかし二人は女性の中でも力がある方なのと、女性に対して乱暴するのはどうかと思ったのであまり強くすることができなかった。
しかし蒼穹が何かしていることに気が付いたのか二人は歩みを止める。
「どうしたの蒼穹君?」
のほほんとした金森がこちらを向き可愛らしくちょこんと首をひねる。その動きにリスを連想してしまい少し笑みがこぼれ、それを見た金森はぷくっと頬を膨らます。
「蒼穹君…今私の事バカにしたでしょう。」
「い、いや。ソンナコトナイデスヨ。」
「本当?」
「おう、本当、ぷ」
「絶対バカにしてる。これはお仕置きが必要だね」
金森は不満げな表情を浮かべ、蒼穹の掴んでいる腕を抓る。
「い、痛いって。分かった謝るから。取り敢えず手を放してくれ。」
「うーん。どうします優香ちゃん。」
「優香ちゃんはやめて。…まぁ離すか。」
二人はそういうと掴んでいる手を一斉に放す。なので蒼穹は地面にお尻を打ち付ける。しかし、何事も無かったかのように立ち上がると、そのまま二人に背を向け全力で逃げて行った。
金森と牧の二人は一瞬呆気にとられていたが、逃げ出したという事実を理解すると二人は向き合い頷くと蒼穹の背中を追いかける。
「待て―暁!逃げんな!」
「蒼穹君、逃げないで。」
しかし結局二人は追いかけるも蒼穹を捕える事は出来なかった。
☆