絶滅危惧種
NHKのニュース9がスタートした。
キャスターの男と女が、小林一郎とは無関係なさまざまな出来事を読み上げ始める。
「このメスブタがああああ」男キャスターが、いきなり女キャスターを怒鳴りつける。ビクッとなった女キャスターは、しかしながら自らの一瞬の怯みを跳ね返すように「何だとおおお、このインポやろおおおおおう」と挑みかかった。互いに胸倉を締め上げ合い、髪の毛を引っ張り合い、頬の肉を掴み合い、いつしか二人は愛の営みにもつれ込んだ。
ソファに座ってテレビ画面を見ていた小林一郎の頭はいきなりガクッと左に倒れた。「あう」と声が出てしまう。眼のピントがずれてしまったので、あらためて画面を見つめ直す。
男キャスターがひたすら出来事を読み上げている。さっきまでの破廉恥行為など全くなかったことのように。幻か、あれは。
「………というわけで、ニホンウナギが絶滅の危機に瀕しています」男キャスターが出来事の読み上げを締めくくった。女キャスターは、コメントを添えるでもなく、何かもの思わしいような、あるいはそうでもないような表情でうなずいている。
かば焼きが食えなくなるのか。
小林一郎は、ウナギが中国でウジャウジャ養殖されていることなど全く知らない。絶滅の危機に瀕しているのはあくまでも「ニホンウナギ」であって、ウナギ全般ではない。そういったリテラシーが欠如している小林一郎はおいしいうな重が食べられなくなると思い込みかなり不安になった。
うな重が食いたい。
貪り食いたい。
できれば、小股の切れ上がった美人と差向いで食いたい。
絶滅なんて許せない。