表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

二日目

T館の椅子に深く座り、外を眺めながら昨日の出来事を頭の中で整理していた。



優美子たちと飲み会をして、初めて会った女性がいて、その女性はストーカーにあっていて、その女性を助けることになって……なんてドラマみたいな展開だ。いや、ドラマでもこんなベタな話があってたまるか。ていうか普通警察でしょ。どう考えても俺らじゃないでしょ。しかし、「警察は四六時中一緒にいてくれないですから…(涙)」って、俺たちだって四六時中一緒にいてあげないですから。完全に暇人というレッテルを貼られてるな。まぁ実際暇人なわけだが…

俺は頭の中で軽く文句をたれているつもりだったが、どうやら自然と口に出ていたらしい。


「まぁまぁ、宗介そんなに怒らんでもえぇやん。あんな可愛い子が助け求めてんねんで、助けてあげようや」

慎也はニヤニヤしながら助ける宣言をしてきた。


「お前はただあの子に気に入られたいか、お近づきになりたいかわからんけど、可愛いからだろ」

冷めた口調で慎也に言い放つと、

「いやいや、俺はどんな時でも女性の味方やからな。女性が困ってたらほっとけられへんねん!」


こんな軽い男は明らかに女性の天敵だろうと思ったが、そんなことをコイツに言っても「うそやん!」しか返ってこなさそうだったので、俺は開きかけた口を閉じた。



「なんでもいいけどよ、助けるって言ったって、具体的に何すればいいわけ?」

珍しく大学に来ていた清孝が、誰かに答えを求めるように聞いてきた。


確かに、具体的に何をするのか聞かれても全く浮かばず、誰もが腕を組んで考える素振りを見せた。

そんな中で一番に口を開いたのは、またしても意外な拓磨だった。



「…四六時中見張る」



おいおい拓磨、さっきのポロっと言葉にしてしまった俺の愚痴を聞いていなかったのかい?

それとも俺のツッコミ待ちかい?どうしてもツッこんでほしいのかい?

俺が頭のなかでブツブツと独り言を言っていると、慎也が普通に受け応えた。



「四六時中見張るってどうするん?家の前で犯人出てくるまで待つっていうことちゃうやろな」

「…俺らが交代制で、家の中で見張る」

「家の中ってことは、愛梨ちゃんをマンツーマンで見張るってことかいな!?」

「…そう」

「あちゃー!大丈夫やろか!あんな可愛い子と二人きりて!」


とりあえず慎也はこの上なくテンションが上がり、非常に嬉しそうな様子だった。

あと拓磨の喋り方は綾波レイに似てるなって思った。



「慎也、下心が顔から滲み出てるぞ」

清孝が舞い上がっている慎也を静めるように言った。

「うそやん!」

慎也は少し驚きながらもニコニコしている。

「でもな、俺らは一人暮らしだから大丈夫かもしれへんけど、愛梨ちゃんは実家暮らしとかじゃないん?」

「それはないだろ、それだったらわざわざ俺らに頼まなくても親がいるし。それに、部屋の中が荒らされてたり、ポストの中に手紙が入ってたりっていう話聞く限りでは、一人暮らしだろ」

俺は淡々と慎也に説明した。


「せやな!なるほどな、そら守ってあげなアカンわ」


慎也が納得したところで話を拓磨に振りなおす。


「それで、時間で交代制にするんか?」

「…三時間ごとに交代する」

「三時間!?ちょっと長くないか?」

「…四人だとちょうど十二時間。夜から朝まで見張れる」

「それって徹夜じゃん!?」

俺は拓磨の当たり前のような発言に思わず声を張り上げてしまった。


「…ジャンケンに勝てばいい」


しかも順番の決め方はジャンケンときた。

慎也と清孝はすでにジャンケンで何を出すか考えている様子だ。


「まじかよ…てか肝心の宮下さんの同意が必要だろ!助けるためとはいえ、さすがに男とずっと二人きりなのは彼女が嫌なんじゃないか?」

「…この間の飲み会の時、すでに許可はもらっている」




どうやら俺は、岩佐拓磨という人間をまだ完全には理解できていないらしい。



そして俺の必死な抵抗も虚しく、ついに運命のジャンケンの時間がやってきた。

「えぇな、どんな順番になろうが恨みっこなしやで!」

慎也はこの状況が楽しいらしく、T館に響き渡るくらいの勢いで声を上げた。



「ジャ~ン、ケ~ン……ポイ!」




俺の力を込めて突き出したグーの拳に対して…三人の手は指先までしっかりと伸ばしたパーだった。



「はい、宗介の一人負け~」

「まぁ、頑張れや」

「…悪いな」


三人の声は俺の耳には届いていなかった。

俺は拳を突き出した状態で、状況を把握するため五秒間ほど固まっていた。


「…こんなことってあるかよ」


この瞬間、徹夜明けでそのまま大学に行くという、地獄のフルコースが確定した。

大学生ならそのくらいよくあることだと思うだろうが、俺は徹夜ということが大嫌いで、この二十年間ずっと避けてきたのだ。


慎也はまだゲラゲラと笑いをあげ、清孝は「しょうがねぇよ」と俺の肩に優しく手を置き、拓磨は何事もなかったかのように次のジャンケンを待っていた。


「マジで夜中ずっと見張りするのか…?」

嘘であってほしいという願いを込めてみんなに問いかける。


「当たり前やろ!さっき決めたばっかりやん」

いつにもまして慎也の関西弁が鬱陶しく感じた。ほかの二人も慎也と同じことを言いたげな目でこちらを見つめている。

もうここは覚悟を決めるしかないようだ。


「ほな残りの順番も決めてしまおか」




その後は、俺みたいに文句を垂れるやつはおらず、順番はあっさりと決まった。

順番は、最初の夜七時からが慎也、それから三時間ごとに、拓磨、清孝、俺という順番に決定した。


「ほんじゃ、早速今夜から見張り開始やで。俺が愛梨ちゃんの家聞いてまた連絡するわ」

慎也はただ宮下さんの家が個人的に知りたかっただけなのではないかと思ったが、今はそんなことにツッこむほど心に余裕がない。

慎也の高ぶる気持ちとは裏腹に、俺の気持ちは暗い闇の底にどんどん沈んでいく気分だった。



「なら俺今日バイトだから先帰るわ。慎也連絡すんの忘れんなよ。じゃあな」

清孝が帰るのをきっかけに、残された三人もそこで解散することになった。




そして、家の中でゴロゴロしながら時間を潰し、不意に時計に目をやると、もう六時半を回っていた。

慎也からの連絡はまだない。しかし、慎也の順番は一番最初だからもう家をわかっているはずだ。


また連絡が遅いな、まぁいつものことだから今さら怒る気にもなれないが。

そのうち連絡がくるだろうと思いテレビのリモコンをいじっていたら、家の中にインターホンの音が鳴り響いた。

実家から米でも送ってきたかなと考えながら玄関に向かい、覗き穴からドアの向こうを覗く。


そこに立っていたのは、バッチリとオシャレを決め込んだ慎也だった。

俺はすぐに家のドアを開けた。

「お前こんなところで何やってんだよ!?もう彼女の家行かないと間に合わないぞ!」

俺は自分でも驚くほどに焦った口調で慎也に詰め寄った。


「せやねん。だからここにおんねん」


慎也はえらく冷静に返してきた。

こいつはいったい何を言っているのだろうか。俺はドアを前におし開けた状態で少し考えていた。すると慎也の口から信じられない言葉が飛び出てきた。


「せやからな、愛梨ちゃんの家このアパートやねん。宗介の隣の隣の部屋、202号室やねん。俺も聞いた時めっちゃ驚いたわぁ!」

「うそや…」

「今うそやんって思ったろ!そりゃそうやんなぁ、まさかこんなに近くにおったとは思えへんかったもんなぁ!」


なぜだろう、こいつに頭の中を読まれたと思うとこんなにイラつくのはなぜだろう。


いや、それより宮下さんがこのアパートだったという事実がとにかく信じられなかった。

しかもこんなに近くに住んでいるのに、一度も出合わせたことがないとは。まぁ彼女以外の住人も俺はほとんど見たことないので納得はいくが。


「せやからな!せっかく二人きりなのにお前が近くにおると思うとなんか気になんねん!」

慎也は少し訴えるような感じで話している。

「気になんねん!って言われても、気するなとしか言いようがないな」

俺は慎也の口調を軽く小馬鹿にしつつ冷静に受け応えた。



玄関口でそうこう話しているうちに約束の時間がやってきた。

慎也は腕時計を確認すると、「ほんじゃ行ってくるわ!絶対に邪魔しにきたらあかんで!」と俺に念を押し浮き足立った様子で、俺の隣の隣の部屋のインターフォンを押していた。

そして、彼女の部屋の扉が開くと同時に、俺はなんだか無性に恥ずかしくなり部屋の中へ戻った。

外ではまだ慎也の賑やかな声が聞こえてくる。あいつの頭の中には近所迷惑という言葉がないらしい。



俺は小腹が空いているのを感じ、家にあるカップラーメンを食べながら、またテレビで時間を過ごそうと考えていた。

テレビの中では最近人気のお笑い芸人が視聴者や観客を笑わそうと必死に体を張っている。俺はそれを見ながら時々「フフッ…」と声に出し笑っていた。


ハッと時計に目をやると、時計の針は八時五十分を指している。慎也が彼女の部屋に入ってからもうすぐ二時間経つ。

慎也はどんな感じで過ごしているのだろうか、変なことしてなきゃいいけどな。

俺は慎也がニヤニヤしながら彼女の部屋に入っていく姿を想像していた。


いやいや、確かにあいつは相当な女好きではあるが、やるときにはちゃんとやる男だ。

いや、待てよ、やるって何をやる気なんだ?まさか…



俺は慎也を使い勝手な妄想をして時間を潰していた。



さすがにいくらあいつでもそんな馬鹿な真似はしないだろう。

妄想に飽きたところで、冷蔵庫へ向かい飲みかけのペットボトルに口を運んだ。

その時、突然玄関のドアが激しく叩かれた。

誰だ?やはり慎也が何かまずいことでもして逃げ込んできたのか?これではどちらがストーカーかわからんぞ。


ドアを叩き続ける音をうるさく感じながら玄関に向かった。



「はいはい、そんなに叩かなくても今開けるよ」

ドアの向こうにいるのが慎也だと思い込んでいた俺は、そこに立っていた意外な人物を見て一瞬言葉を失った。


「愛梨が心配で様子見に来たんだけど、宗くんも愛梨と同じアパートって拓磨くんに聞いてね。まさか部屋も愛梨の近くだったなんてビックリしたよう!」

驚きながらも笑顔を見せる優美子に対して俺は何も言えず固まっていた。


それもそのはずだ、まず俺の部屋に女の子が訪ねてきたことなど一度もない。というより、あいつら以外うちのドアを叩くものは他にいない。来るとすれば宅配便かよくわからない宗教勧誘などだ。



「おーい、宗くん聞いてる?」

「あっ、いや、それよりどうしてインターフォン鳴らさなかったんだよ。普通あんなに人んちのドア叩かんだろ。取立てじゃあるまいし」

俺はなんとか思考を働かせて優美子との会話を成り立たせようとした。


「それが拓磨くんに、インターフォン押すより効果的だから、叩き続けろって言われたの」

なるほど、確かに拓磨はうちに来るときインターフォンを使ったことがない。てっきりインターフォンの使い方が分からないのではないかと思っていた。



「それで、宮下さんに会いに来たんだろ?彼女の部屋は隣の隣だ」

「うん、そうなんだけど…なんか慎也くんから、[俺の順番のときは気が散るから来んといてな!その間は宗介の部屋におればえぇやろ!]ってメールがきて…」




いやいや、勝手にも程があるでしょ慎也くん。戻ってきたら俺の持てるすべての力を使って一発殴ろうと考えた。


「やっ、やっぱり、急に来たら迷惑だよね?」

優美子は突然慌てだしたように手足をばたつかせていた。


「あぁ、いや、そんなことはないぞ。ただちょっとここで待っててくれ。軽く片付けるから」

「なんかごめんね。変に気遣わせちゃって、でもあたし少々汚れてたって気にしないよ」

そう言って冗談っぽく笑う優美子を見て、何故か俺は少しドキッとしてしまった。

大学では特に意識したことなかったが、こうやって話すと本当は結構可愛いんだな…



八ッ、どうしたんだ俺!?とりあえず落ち着け!


俺は完全に動揺を隠しきれないでいた。

「まっ、まぁそう言うな!せっかくだし、すぐ片付けるから」

「わかった。そこまで言うなら待ってる」

「おう」



一旦玄関のドアを閉め、俺は急ぎ足で部屋の中に戻った。そして絶句した。


こ、こんな部屋に女の子を入れるわけにはいかない。

テーブルの上には本やらゲームやら、いつ食べたのかもわからないようなお菓子やカップ麺の山。文字通りゴミの山である。ベッドや床には脱ぎ散らかした服、服、服。基本料理はしないので、比較的キッチンは綺麗であったが、料理をしないため、洗い物もしない。流しにも、いつ使ったかわからない食器がいくつかあった。透明なガラスコップのはずなのに、なんかどす黒い色が付いてるぞ…触る気にもなれない。





ある程度片付けを終えると、外で待っていた優美子を中に招き入れた。


「おじゃましまーす。おぉ!意外ときれいにしてるんだねぇ」

優美子はイタズラに笑いながら言った。

「ハハハ、まぁ、さすがにな」

なんとか緊急処置はできたか。とりあえず全てクローゼットの中に突っ込んだだけである。いつ服やゴミ袋、その他もろもろが雪崩を起こすかわからない状態だ。

もしものことを考えて、優美子にはクローゼットから離れた場所に座るように勧めた。




優美子が部屋に入ってきてからまだ会話は一つもない。大学で会うときはペラペラと冗談の一つでも挟みながら会話をするのに、何故かこの狭い空間の中で優美子の顔を見ると、緊張して何を話していいのかさっぱり分からなくなってしまった。



俺はそんな沈黙から逃げ出すかのように、台所へ向かいインスタントコーヒーを作り始める。

やかんに水を入れお湯を沸かそうとしていると、優美子の方から口を開いてくれた。


「宗くん、本当にありがとうね。ううん、宗くんだけじゃなく、みんなにも本当に感謝してる。私も愛梨から相談を受けたときどうしていいか分からなくて、誰かに力になってもらおうと考えてたら、真っ先に浮かんできたのが宗くんたちの顔だったの。こんな無理なお願いしちゃってごめんなさい」

優美子は申し訳なさそうに話した。


「いや、そんな気にすることないだろ。どうせみんな暇だったんだし。特に慎也なんて可愛い子と出会えたって喜んでたくらいだぞ」

「ありがとう、みんな優しいね。やっぱり宗くんたちにお願いしてよかった」

そう言って優美子は嬉しそうに満遍の笑顔を見せた。





…ん?なんだこの気持ちは、なんで俺の心臓はこんなにも速く鼓動を打っているんだ!

これは、まさか…俺は今かなり優美子のことを意識しているのではないか!?

今までなんとも思わなかったのに、こんな急に気持ちというものは揺らぐものなのか!?



俺は多分かなり険しい表情で固まっていたのであろう、優美子が心配そうに聞いてきた。

「宗くん大丈夫?さっきからずっと黙ったままだけど」

「あぁ、大丈夫だよ!うちコーヒーくらいしかなくて悪いんだけど」

冷静を装い、軽く震える手を隠しながら裕美子にコーヒーを渡した。


「ありがとう、そんな気遣わなくてもいいのに」

「いや、気にしなくていいよ」

気でも遣っていないと俺の気がおかしくなりそうだからな。



そしてまたお互い黙り込んでしまった。俺は何か話さなければと必死に会話の内容を考える。が、考えれば考えるほど何を話していいのかわからなくなってきた。


なんでもいいからとりあえず話しかけようとした時、またもや俺の部屋のドアを叩く音が聞こえた。

しかし、今度ばかりはその音に救われた気がした。誰だかわからんがいいタイミングで来てくれた。

「ごめん、ちょっと待ってて」

俺は心の中で、扉の向こうの誰だかわからない人にありがとうと叫びながら玄関へむかった。


するとそこにいた人物は妙にハイテンションで、

「よう!今終わったんやけどな、何も異常なしやったわ!いや、あるとすれば俺の気持ちの危険信号が出っぱなしで、理性保つの大変やったで!」

と夜中だろうがおかいまいなしに、大声で笑いながら喋っていた。



「あ、そう。別にお前の危険信号はどうでもいいよ」

「なんでやねん!宗介も行ったらわかるわ!あんな可愛い子と二人きりで…って、誰か来とん?」

慎也は玄関にある女もののブーツに目をやりながら、ニヤニヤと首を傾げて聞いてきた。


「なんだそのヤラしい顔は、ただ優美子が宮下さんのこと心配してきてるだけだ。だいたいお前がそう裕美子に言ったんだろ」

「確かに言うたけどな、ホンマに来たんやなぁ…へ~、あっそういうことなんやな」

慎也はまたニヤニヤしながら一人で納得した様子だ。


そして我が家にようにズカズカと部屋の中に入り込み、

「おう!裕美子ちゃんこんばんわ。ごめんなぁこんな汚い部屋で待たせて。てか俺の番終わったけどな、もう拓磨が入ってもうたわ」


まぁ汚いのは事実だからそこは抑えといてやろうと思った。


「ううん、全然大丈夫だよ。これくらいなら普通に耐えれるし」



優美子、悪気はないんだろうがやっぱり汚いと思ってたんだな、すまん。



「それより、拓磨がもう入ったってどういうことだよ。そんな張り切ってたのか?」

「何言うとんねん。お前今何時かわかっとんのか?時計見てみ」


そう言うと、慎也は携帯を取り出し俺に見せつけてきた。

携帯の液晶表示は十一時五十分と出ている。



「えっ、もうそんな時間かよ。いつの間に…」

どうやら、俺と優美子は約二時間の間も沈黙を続けていたらしい。そんな長い間黙ってたのか、優美子はどう思っていただろう。考えたらものすごく恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになってきた。


「お前終わったのはもう一時間以上前だろ?何してんだよ」

「せやせや!そういやちょっと変わったことあったわ!拓磨と交代してから飲み物買いに行こうと外に出たらな、このアパートの前に男が立っとってん。ここの住人かと思って気にせぇへんかったんやけどな、よく見たら愛梨ちゃんの部屋をずっと見とったんや。そんで俺と目が合ったと思ったらな、逃げるようにどこか行こうとしたから、追いかけてん」

「お前追いかけたのか!?危ないやつだな、そんで捕まえたのか」

「それがな、意外と足速くてな、普通に逃げられてしもうた」

「そうか…」



やはり本当にストーカーらしき人物はいるということか。足が速いということは若い男か?俺たちが見張りをしてることを知っているのか?

なんだか本格的にヤバイことになってきてるんじゃないか?

頭の中で様々な疑問や不安が浮かび上がってきた。



「ほんなら俺はかえるわ、あとよろしくな。裕美子ちゃんまたなぁ」

「あっ、うん。またね」

「お前帰るのか!?なんで!」

「なんでて、俺の番終わったし、お前も優美子ちゃんも近くおるから何かあっても大丈夫やろ。拓磨もなんだかんだ言って男やし」


そう笑いながら話す慎也の腕を取り、玄関の方に急ぎ足で連れて行き、優美子に聞こえないぐらいの声で慎也に訴える。


「そうじゃねぇよ!お前もいろよ!なんか、優美子と二人きりだと何話していいかわかんねぇんだ!変な空気流れちまうんだよ、頼む!」

慎也は俺の必死な訴えをニヤニヤしながら聞き、

「いやいや、ええ感じやんか。こんなチャンス滅多にないで!今まで気づかんかった恋心が芽生え始めたんちゃうか」



完全にこの状況を楽しんでやがる。こいつに頼んだ俺が甘かったようだ。



「それじゃ、優美子ちゃん頑張ってな!宗介もまたな」

「ちょっと待っ…」


呼び止める暇もなく、慎也は小走りで階段の方へ行き駆け下りて行ってしまった。



これはまさかの展開だ。慎也がいれば三人でなんてことなく過ごせると思ったんだが、また沈黙の時間になってしまうのか!?

この時ばかりは慎也のおしゃべり能力が羨ましいと思った。


とりあえず優美子を一人にしとくのも悪いと思い、部屋の中へと戻る。



すると何故かさっきよりも優美子は恥ずかしそうにモジモジとしていた。優美子の目はあっちを向いたりこっちを向いたり…

まさかさっきの会話を聞かれてたのか!?どうする俺!?



俺は優美子の前に座り下を向くことしかできなかった。

さっきまでテレビはついてなかったか?無意識に俺が消したのか!?


何か話そうとすればするほど、会話が思いつかない。

デジャヴだ。さっきもこの光景見たぞ。

いやいや、ただの大学の友達だろ!何を緊張してるんだ!しっかりしろ俺よ!



外に吹く風の音が、ハッキリと聞こえるぐらい部屋の中は静かになっている。

電車が通り過ぎる音と共に、人々の話し声が賑やかになっていく。



そして、机の上に置いてある時計の針は、ゆっくりと十二時を回ろうといているところだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ