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「是は城介が別心か!?」―― 転生先は織田信長の嫁でした。完全に詰んでます  

作者: 岩槻はるか
掲載日:2026/10/29

遅筆な作者をいつも応援していただき、本当にありがとうございます。

(そう思うなら、連載をどうにかしろという幻聴が聞こえてまいりますが……たまには、メジャーな?人も書いてみたくなりまして (;^ω^) )

 自分が転生者だと気づいたのは、二度目の輿入れのときだった。


 山がちな美濃から平野が広がる尾張領に入り、祝言の席ではじめて夫となる人と会った瞬間、脳内に(織田信長)という文字情報が表示され、同時に不可解な風景 ―― 地中をすさまじい速さで走る筒状の物体とか、空を飛ぶ金属の鳥、深夜の室内にともる昼のごとき異様な灯り等々 ―― が、つぎつぎに浮かびあがり、わたしはその過剰な負荷に耐えきれず、無様にも意識を失った。



 瞼に光を感じて、目を開けると、


「やっとお目覚めになられましたか」


 失礼を通り越して、もはや無礼そのものの声が降ってきた。


「……お豊《とよ》」


 枕元からこちらを見下ろす侍女は、一度目の結婚のときからずっと仕えてくれている腹心だ。

 そう、実家の母がつけてくれた傍仕えの……。

 実家 ―― S馬遼太郎氏の小説と大河ドラマで一躍有名になった下克上の家・斎藤氏……って、あれ? ワタシは誰? いやいやいや、わたくしは美濃の大名・斎藤道三が嫡女『胡蝶』のはずで……。


 寝起きで、また混乱してきた。


「いま、何時《なんどき》?」


「もう夕刻でございますよ」


 どうりで、ななめに差しこむ陽ざしがオレンジ色っぽい。

 祝言は日没と同時にはじまったので、失神してから、一日ちかく経っていることになる。


「ところで、いい知らせと悪い知らせがありますが、どちらからお聞きになりたいですか?」


「え!?」

 

 ずっと意識不明だった主人に向けるにしては冷静すぎる問いかけに、心が追いつかない。


「とりあえず、いい方から?」


「婿ぎみからの伝言です。『長旅の疲れが出たのであろう。ゆるりと養生するがよい』とのこと」


 まだひと言も言葉を交わしていない夫からの、いたわりに思わず困惑。


(反抗すれば、女子どもも坊主も容赦なく殺戮しまくったあ(・)の(・)織田信長が?)


 再婚相手は、尾張の織田信長だが ―― 考えてみれば、信長のエピソードや人物像は、織田家を乗っ取った豊臣秀吉や徳川家康らが、自分に都合がいいように作った可能性が高い。

 もしや、本当の信長は後世に伝わるような残虐非道&冷酷無比な暴君じゃなかったのか?


 覚醒のきっかけとなった夫の顔 ―― かつて暇つぶしで見た、AIで実写化した肖像画の顔を若返らせたような容貌 ―― を思い浮かべる。



「では、悪い方を」


 こちらの混乱など意にも介さず、お豊はたんたんとつづける。


「先ほど、義父の弾正忠(織田信秀)さまおよび、美濃から同道した媒人(仲人)の明智光安どのが出立なさいました」


「ふむ、そうか」


 祝言が終わったら、出席者が帰るのは当りまえ。

 それのどこが悪い知らせなのだろうか?


「また、婿ぎみも居城の那古屋《なごや》の城にお戻りになられました」


「……ん???」


 居城の……那古屋城?


「お豊」


「なんでしょう」


「いま、わたしがいるここは何といったか?」


「古渡《ふるわたり》城ですね」


「わたしもそう聞いている」


「ご愁傷さまでございます」


 棒読みでいわれると、かえって傷つく。


「ああ、そういえば、婿ぎみは例の伝言を残されたあと、側近に小声で『さすがマムシの娘よの。女子とも思えぬガタイの良さよ。しかも、人の顔を見るなり吐くような女子と閨事など……ムリムリムリムリ』とおおせでした」


「…………」


 復活したばかりの頭が、ふたたび真っ白になる。


「吐いたのか?」


「ええ、そりゃもう盛大に」


「あぁぁ~」


 不可抗力とはいえ、やっちまったらしい。


「さらに婿ぎみは、美濃から連れてきた見目の良い侍女を数名伴っていかれましたぞ」


「ど、ど、どういうこと?」


「昨夜は、その中のひとりと同衾され、お舅さまらには『床入りも無事に済んだ』と告げられましたゆえ、明智どのも『媒人の役目を無事果たせた』と安堵して、帰国したしだい」


 つまり、夫となった男は、わたしとの初夜をバックレただけではなく、当の嫁を陰でコキ下ろし(ムリもない部分はあるが)、キレイどころをお持ち帰りした、と?


「ちなみに、同衾されたのは、姫の元義妹のお吉《きち》にございます」


「お吉ぃ?」



 尾張への嫁入りは、二度目の政略結婚。

 一度目の結婚は、数え年十二歳のとき。

 相手は、美濃の前守護大名・土岐頼武(とき よりたけ)の子・頼充(よりみつ)。


 当時、美濃の守護大名・土岐家では、家督をめぐって嫡男・土岐頼武と弟の頼芸(よりのり)が争い、長く内乱状態がつづいていた。

 天文十五年(1546)、両者の間で和議がむすばれ、和睦の証として、頼芸の重臣・斎藤道三の娘が、頼武の子の頼充に嫁ぐことが決まったのだ。


 三十年ちかく争ってきた敵地への輿入れという名の人質生活は、わずか一年で終わった。夫が二十四歳の若さで急死したからだ。


 出戻ってから二年後、今度は隣国・尾張に嫁ぐこととなり、父・道三は、何を思ったのか、前夫の異母妹・お吉をわたしの侍女として同行させた。

 おそらく、元主家・土岐一族の女でさえ、自分の娘の使用人になっているところを嫁ぎ先に見せつけて、美濃が完全に我が物になったことをアピールする狙いなのだろう。


 でも、今回、それは完全に裏目に出た。


 なにしろ、新郎は、正妻が昏倒したのをいいことに、好みのタイプの侍女とヤルことやって、お持ち帰りまでしてくれたのだ。

 何度か干戈を交えた美濃と尾張の和睦の証である新婦を、旧宅に置き去りにしたままで!


 お吉は、いろいろと性格に難はあるけれど、たしかに、わたしとは真逆の、華奢ではかなげなタイプではある。


 意味不明な敗北感に、肩が落ちる。


「で、姫さま、これからどうなさいますか?」


「どうと言われても……」


 ボンヤリよみがえった記憶から、いくつかのウェブ小説の筋書きが去来する。


 この状況は、まさにドアマットもの。

 小学生くらいの年で敵地に人質に出されて、出戻ってもまた別の敵国に出荷され、夫は新婚初夜に(元)義妹に寝取られ、その翌日からは強制別居……これをドアマットといわずして、なんと言う。


 前世を思いだしたヒロイン的には、虐げられる環境から脱出して、市井で前世記憶をフルに活かした悠々自適ライフを送り、一方、加害者側は、ヒロインがいなくなったことの影響をモロに受けて、破滅というのが王道だが……いかんせん、その市井とやらがヤバすぎる。


 ラノベでは、貴族の娘がひそかに町に潜伏しても大丈夫なくらい、そこそこ治安がいい設定になっていて、中には魔法などもあったりして、魔石を使った上水システムやつまみをひねれば点火するコンロ風調理器具まで普及している話もあった。


 ところが、今世の記憶を探ると、異世界っぽいけど、魔法も魔道具もない。

 泥水ですら飲めたら御の字、火打ち石で火を起こして炊事をするふつうの中世だ。

 しかも、時は『モラル? 遵法精神? なに、ソレ、おいしいの?』な戦国時代真っただ中。

 当然、治安は最悪で、世間知らずの小娘がフラフラ町に出ていったら、あっという間に身ぐるみはがされて殺されるか、女郎屋に売り飛ばされるのがオチだ。


 でも、嫁(という名の人質)としてここにいれば、和睦が破綻しないかぎりは、いちおう生命と衣食住は保証される。


「この城で、おとなしくしていればよくない?」


「まぁ、姫さまがそれでよろしいのなら」


「いいよ、いいよ、全然いいよ」


 よくよく考えれば、この時代の医療水準はとんでもなく低く、衛生状態も劣悪だ。

 なまじ妊娠なんかしちゃったら、出産で産褥死しかねない。

 VIVA(ビバ)、白い結婚!


 そして、歴史に疎かった前世のわたしでも、覚えている唯一のアドバンテージもある。

 それは、夫・織田信長がくたばる正確な日付と場所 ―― 天正十年六月二日、京都本能寺。


 なぜ、覚えていたかというと、前世のわたしの誕生日が、平成十年六月二日だったのだ。

 それを知ったときは、「うわ、年号以外いっしょ? 縁起悪っ!」とドン引いたものだが、ゴールがわかっていれば、それまでに安全そうな居場所を確保したり、チマチマ蓄財したりできるはず。

 西暦じゃなくて、年号だからわかりにくいが、信長はわたしの一歳上で、四十九歳で死んだらしいので、たぶんあと三十年ちょっと。

 それだけあれば、準備期間としては十分だ。


 もし、今後の態度しだいでは、夫に謀反計画を教えてあげて、恩を着せてもいい ―― 当然、見返りつきで。


「よし、楽しいセカンドライフめざして、がんばろう!」


 前向きな決意表明をする主人を、冷血侍女はうさんくさげに見やった。




 輿入れから三年後、義父・織田信秀が病死した。

 

 夫はその葬儀で、位牌に抹香を投げつけるというやらかしをしてしまい、もともとよくなかった評価をさらに下げた。


 なんでも、義父は家督を嫡男の信長にゆずったものの、対今川方針で意見が対立し、自分に従順な信長の同母弟・信勝に後継者変更しようと考えていたらしい。

 その証拠に、晩年、義父は信勝と同じ城に住んでおり(信長・信勝の生母・土田御前もこちらに同居)、領内の統治権も信長と同等に与えていた。

 そんな状況なら、当然、兄弟間で家督争いが起こる。


 苦境に立った信長の一番の後ろ盾は、わたしの父・斎藤道三だった。


 信秀が亡くなった翌年、夫と父は中間地点の寺で会見し、ふたりは意気投合したらしい。

 あの冷酷オヤジは、政略の駒(実の娘)には冷淡なのに、婿とは鬼畜同志ウマが合ったとみえる。

 道三も家督をゆずった長男の義龍とはそりが合わずに対峙中で、弟と家督争いをしている信長と共通の悩みを抱えていたからだろうか。


 そして、別居生活は順調だ。

 さすがに、夫も肝心の人質を兵糧攻めにする気はないようで、潤沢とはいえないまでも、物資や生活費はきちんと支給されている。


 とはいえ、人員は最低限しか割かれておらず、わたしは第二の人生に備えて、この時代の家事を学びつつ実践している。

 おかげで、火打石の使い方もうまくなり、ちょっとした副菜くらいは作れるようにもなり、日常着(小袖)もハンドメイドだ。

 ただ、使用人に交じって動きまわっているせいか、身体はさらにたくましくなり、肌もこんがり焼けて、深窓の姫ぎみとはいいがたいビジュアルになっている。


 ちなみに、やつは四年ほどまえに、那古野城から清州城に転居し、わたしも強制的に清州城下の屋敷に引っ越しさせられたが、一度も顔を見せたことはない。


 

 婿との会見から三年後、父・道三は義龍と戦い、討ち死にした。

 夫は、その救援に向かったが、援軍どころか、ボコボコにやられて逃げ帰ったらしい。

 

 織田信勝は、兄が最大の味方を失ったのを好機とみて反旗を翻すが、信長ははじめこそ苦戦したものの、攻勢に転じてからは、敵方の有力武将をつぎつぎに討ち取り、家督争いも決着がついた。

 実力で家中を掌握した信長は、母親のとりなしで敗者となった信勝を一旦は許したものの、弟はしょうこりもなく再度謀反をたくらんだため、信長の家臣によって暗殺されてしまった。



 信勝が暗殺されたひと月ほど後の年の暮れ。はじめて、夫が訪ねてきた。


 夫はわたしの顔を見るなり、わずかに眉をひそめた。

 どうせ、以前にも増してムキムキに成長した妻に引いた ―― たぶん、そんなところだろう。 


 「おひさしぶりです。で、ご用件は?」


 やつが、用もないのに来るわけがない。

 さっさと帰っていただくために、サクサク切りだした。

 こっちは、夕飯の支度とか繕い物とか、やることがいっぱいあるのだ。


「頼みがある」


 向こうも長居はしたくないようで、後ろに従えたふたりの侍女を招き寄せた。


「おまえに、この子らを託す」


「は?」


 女たちはそれぞれ腕に幼い子どもを抱いている。

 じつは、最初から気づいていたのだが、厄介ごとのニオイしかしないので、見えないフリをしていたのだ。


「え~と、そちらはどなたの御子で?」


「ひとりはわしの長男で、もうひとりは弟の子だ」


「なぜ、子育て経験もないわたしに?」


 冷ややかに見すえれば、夫は気まずそうに視線を逸らした。


「……吉乃《きつの》が嫌がるゆえ」


「吉乃?」


「わしの側室だ」


「ということは、この子はその方の御子ではない?」


「あぁ、ソレはお吉の子だ」


「ならば、お吉が育てたらよいではありませんか」


「お吉は死んだ」


「へ?」


「産後の肥立ちが悪く、出産からひと月ほどで身まかったわ」


 ありゃ~、お気の毒に。


「でも、見たところ二歳(※数え年)はすぎているようですが、いままで手元に置いておいたのに、なぜ急にこちらに?」


 侍女に抱かれた子どもたちは、赤ちゃん期は脱して、ヨチヨチ歩きくらいできそうな月齢だ。


「今年、吉乃にも子が生まれてな、『ほかの女の生んだ子といっしょに育てたくない』などと申すのだ」


 どうも歯切れが悪い。


「なるほど、その御方は、殿がご寵愛なさっている女子で、その吉乃どのが『目障りだから、どこかにやってくれ』と」


「そういう言い方はないだろう! この奇妙丸も坊丸も、おまえにとってはいわば、義理の甥。おまえには情というものはないのか?」


「奇妙? 坊?」


「わが子が奇妙丸、甥が坊丸だ」


「義理の甥ねぇ」


「そうではないか。奇妙の母親は、かつておまえの義妹だった者。坊丸は義弟の子だぞ」 


 たしかに、お吉は前夫の異母妹だが、義父が下女に手をつけて生まれた庶子で、わたしが嫁入りすると、自分より格下のやつがきたと、嬉々としていびってくれたのだ。けっして良好な関係だったとはいえない。

 そして、信長の同母弟・信勝には会ったことすらない。


 わたしのテンションがどん底まで下がったのを察知した夫は、


「そもそも、おまえはわしの正室でありながら、輿入れ以来その役目を果たしておらぬではないか」


 いやいや、あなたがそれを言いますか?

 そういう立ち位置においたのは、あなた自身でしょうが。


「そんな役立たずを、いまだに正室として据えてやっているのは、亡き舅どのに免じてのこと。それに、道三どのが討たれたあと、わしを頼ってきたおまえの弟たちまで保護してやっているのだぞ!」


 ……たしかに、父親が兄(斎藤義龍)に殺されて、美濃にいられなくなったふたりの弟は、義兄である信長を頼って、尾張に亡命してきている。


 とくに末弟の新五郎は、道三から信長にあてた遺言状を持参して、それには『美濃を婿・信長に譲渡する』と書かれていたという。

 美濃は、義龍が完全に掌握しているので、完全な空手形なのだが、夫はそれを後生大事に保管しているらしい。


 身内のことを突かれると、強く出られないのも事実だ。


「しかたがありませんね、お引き受けしましょう」


「はじめからそう申せばよいものを」


 夫は満足そうにうなずき、


「奇妙丸は、家督を継ぐかもしれぬ子だ。大事に育てろ」


 調子づいて、ムチャなミッションまでつけ加える。


 でも、長男なのに、『かもしれない』?

 なるほど、寵愛する側室が生んだ男児は年子。

 そっちがそれなりに育てば、奇妙丸は当主にはなれず、その子の家臣にしようってハラか?

 だったら、意地でもすごい武将にしてみせるわ!


 ……いや、待てよ。

 幼少期から手なずけた子が、織田家の跡取りになれば、わたしの生活は安泰じゃないの?

 いままでは、自立対策にはげんできたけれど、現状維持どころかもっとランクアップできる?

 そういうことなら、全身全霊をかけて育てましょう!



 そんなこんなで、まず手掛けたのは、改名。

『奇妙丸』などというドキュンネームをスルーしてしまったら、将来、絶対グレる。わたしのバラ色の老後の危機だ。


 ということで、勝手に『勘九郎』と命名してやった。

 歌舞伎好きだった前世のわたしの押しの名だ。



 いきなりはじまった子育てだったが、これが意外に楽しかった。

 ふたりが舌足らずな口調で、「かぁたま!」と叫びながら、満面の笑みで抱きついてきたり、坊丸が、数歳しか違わない従弟の世話をやいてお兄ちゃんぶる様子にキュンキュンしたり ―― そんなあわただしくも幸せな日々は、十年にも満たずに終わった。夫が子どもたちを迎えにきたからだ。


「吉乃が身まかった」


 ようするに、邪魔者あつかいしていた張本人がいなくなったから、引き取りにきたというわけだ。


「こやつらは、織田の男だ。いずれ、一軍を率いる武将にならねばならぬ。そなたなどに任せてはおけぬ」


 連れてきたときと、むちゃくちゃ矛盾する物言いに、あきれてものが言えない。

 とはいえ、衣食住を握られている身としては、逆らうこともできず、泣く泣く別れることに。


 数年後、ようやく訪ねてきてくれたふたりから、「かぁたま」ではなく「母上」と、声変わりした声で呼ばれたときは、切なくてちょっと泣いてしまった。


 さらにショックだったのは、勘九郎の顔が(クローンか!?)というくらい父親そっくりになっていくこと。

 だが、犯罪スレスレの義姉いびりをしてくれたお吉の要素がなかったのはせめてもの救いか。


 永禄十年、信長は長年手こずっていた美濃攻略に成功し、本拠を稲葉山城に移した。そして、攻城戦で焼き払った城下を新たに『岐阜』と名づけ、城・街の整備をはじめた。

 おかげで、わたしもまた転居させられるハメに。


 信長の新居は、山麓に意趣をこらした庭園をもつ複数の御殿群と、険しい山頂に建つ天守台からなる豪壮な城で、夫は世間体を気にしたのか、城の片隅にわたしのエリアをもうけてくれた。結婚後、はじめての同居だ。もっとも、やつがこの広大な城郭のどこに住んでいるのかは知らない。

 でも、勘九郎たちがちょくちょく顔を見せにきてくれるようになったのはうれしかった。

 


 天正二年春、元服した勘九郎は信重と称し(のちに信忠と改名)、織田家の拡大にともない各地を転戦して、いくつもの戦功をあげた。 

 坊丸あらため織田信澄も、初陣の越後一向一揆鎮圧で活躍し、家中での地歩を固めていった。


 その後、信長は形の上だけではあるが家督と岐阜城を信忠にゆずり、近江の安土山に新たな城を造りはじめた。


 わたしは、完成した安土城には入らず、岐阜城にとどまった。

 美濃を支配下におさめた信長にとって完全に価値のなくなったわたしは、希望どおり別居をゆるされた。


 以前は、最下部の隅っこにあった居室も、勘九郎が滝つきの池がある瀟洒な御殿を当てがってくれたので、住環境はじめ衣・食部門も劇的に改善した。


 息子の城でのんびり楽隠居生活をはじめたものの、信忠は父にかわって織田軍団を率いて戦に明け暮れ、同居していてもなかなか会えない日がつづいた。


 そんなとき、家中に不穏なウワサが流れた。

 信長と信忠の不仲説だ。


 なんでも、軍団の総帥となった信忠と信長の意見がたびたび対立するようになったというのだ。

 それだけでなく、信長は息子の趣味についても口を出し、その道具をとりあげて謹慎までさせたとか。


 背筋が凍った。

 

 あ(・)の(・)第六天魔王と対立!?

 やつの不興を買った!?


 ヤバイ。ヤバすぎる。

 あいつは、異常なワンマン経営者だ。

 なにごとにも報・連・相をもとめ、自分の許諾がないまま物事を進めるとキレる。

 そんなやつに逆らった?


 『粛清』


 不吉なワードが脳裏をかすめる。


 せっかく信長の後継者となった息子の庇護下で、ヌクヌクと暮らしているのに、ここへきて、また将来に不安が……。


(ウソでしょ~?)


 途方にくれるわたしの腕の中で、今年生まれた初孫の三法師がぐずりはじめた。




 夜陰にまぎれてその男が訪ねてきたのは、天正十年五月下旬のこと。


 今年三月、甲斐の武田氏は滅亡し、総大将として活躍した信忠は父・信長から絶賛され、「今後、政権運営はおまえの裁量にまかせる」と、実質天下人になったはずなのだが、招かるざる客 ―― 明智光秀は、それとは真逆なことを口にした。


「上さまから、ひそかに信忠さまを弑せよと命じられまして」


「!!!」


 これまで疎遠だった従兄に、いきなり凶報を投げつけられて固まる。


「の、信忠は、上さまから甲斐での功を賞されて、家督のみならず天下も賜ったはずですが」


「その甲斐征討において、信忠さまは上さまの下知に逆らって攻めつづけ、結果的に高遠城を落とされました。なれど、上さまは……」


「自分の命に逆らったことが、どうしても許せぬ、と?」


「おそらくは」


 夫は、有能な家来 ―― 自分が下した命令を忠実に、かつ完璧に遂行できる者を好む。

 そういえば、義父の織田信秀も信長と意見が合わなくなり、一度は嫡男にゆずった家督を、弟に変更しようとしていた。

 もしかすると信長も、ハイスペックだけど従順ではない息子よりも、操りやすい子 ―― たとえば、吉乃が生んだ信雄あたりをお飾りの当主に据えて、実権をにぎりつづけ、孫世代に引き継げばいいと考えたのか?

 目下、信長に健康上の不安はない。

 年もまだギリギリ四十代。

 しばらくはがんばれそうだから……?


「また、上さまは信忠さまを『あやつは、ただ器用なだけよ。真に賢いわけではない』とまでおおせになられまして」

 

「……そうですか」


 聞くところによると、信忠は、甲州征伐では危険な最前線で味方を鼓舞して城を落としたという。

 それを『器用なだけ』とディスったうえで、暗殺命令を!?


 思えば、かつて信長は、四国の長宗我部元親とは良好な関係で、『四国の儀 元親手柄次第に切取候へ』(四国は元親さんがマルっと実効支配しちゃっていいよ)と許可していたのに、その後、情勢が変わったら、「おまえの取り分は、土佐と阿波の一部だけね。伊予と讃岐はほかのやつにやるから」などと言いだした。


 元親にしてみれば、伊予も讃岐も自分が苦労して手に入れた領土。

 なにかの恩賞として、信長からもらったわけではない。

「全然納得いかないっすよ!」と元親が抵抗するのももっともだ。

 しかし、信長は長曾我部討伐に舵を切った。


 ようするに、信長は自己都合で平然と手のひら返しをするやつなのだ。



「しかし、光秀どのは、なぜその密命をわたしに?」


 ここ数年、織田軍団は明智光秀と羽柴秀吉のツートップ体制でかずかずの成果をあげてきた。

 今回も密告などせずに粛々と実行すれば、いままで以上に厚く遇されるはずだ。


「この命を受けたとき、それがしもとうとう切り捨てられるのだとわかりましたゆえ」


「光秀どのも(・)?」


 従兄は苦渋の表情をうかべ、 


「もし、この命に逆らえば、それがしははげしく糾弾されたすえに追放されるでしょう。また、御意にしたがって信忠さまを害すれば、主君殺しの謀反人となります。どちらにしても、それがしに未来はありませぬ」


「佐久間どののように?」


「はい」


 佐久間信盛は織田家の宿老で、信長が家督相続をめぐって実弟と争っていたときも信長サイドで戦った。

 柴田勝家や林秀貞など、信長の重臣になった者も、かつては弟・信勝側についていたが、佐久間信盛は、幼少時に仕えてから約三十年間、信長ひと筋に忠義をつくしてきた。

 ところが、信長は長年手こずってきた対本願寺戦が決着した直後、十九条の折檻状(糾弾の書状)をつきつけて、息子ともども追放してしまった。

 その中では、佐久間を『怠慢! 無能!』とののしる一方、光秀や秀吉のことをほめている。

 さらに、信長はいったんは許した林秀貞らも、二十年以上前に信勝側についたことをとがめて追放している。


「たしか、光秀どのは長宗我部との交渉役でしたな?」


 信長の方針転換は、仲介者の明智光秀のメンツをつぶしたが、信長の中では光秀が交渉に失敗したせいで、派兵するハメになったと脳内変換されているのかもしれない。


「こたびの四国征討に、わが重臣どもも激しておりまして、もはや抑えきれなくなっております」


「斎藤利三、ですか?」


 明智の筆頭家老・斎藤利三は、元親とは姻戚関係にあり、四国交渉担当だった。

 今回の交渉決裂で一番ブチ切れているのは利三だろう。


「それがしも六十半ばを過ぎ、もはや以前のような戦働きはむずかしくなってまいりました。おそらく、そう遠くないうちに上さまの御勘気に触れ、追放されましょう」


 そうこぼす光秀は、心底疲れきっていた。


「上さまを討つ、と?」


 核心にふれる問いへの答えはなかった。


「でも、羽柴や柴田らに成敗されるのでは?」


「承知の上です。ひそかに助力をお願いしている方もおりますれば」


 え? わたしの知っている本能寺の変じゃなくなってる?


「じつは、上さまは混乱に乗じて、その御方も害せよとおおせで、すでに話はついております」


 ドサクサまぎれで、消せ?


「もしや……徳川さまですか?」


 否定の言葉はなかった。


 まぁ、武田氏の脅威がなくなったいま、その可能性はなくもない。


 その徳川家康は、五月十四日に安土入りして、豪勢なもてなしを受けていた。

 接待の責任者は明智光秀で、その最中、備中高松で攻城戦をおこなっている羽柴秀吉からの援軍要請が届き、光秀にも接待終了しだい出陣するように命じられたそうだ。

 家康は、二十一日、畿内見物のため安土を発って京都に入り、信忠もこれに同行している。

 つまり、家康は少数の供だけをともなって、信長の支配下にいるのだ。

 信忠を殺《ヤ》るついでに、こっそり始末するのもそうむずかしくはない。



「信忠は、助けていただけるのですね?」


 わざわざ密告しにきたのだ。

 そのつもりなのだろう。


「徳川さまに天下をゆずっていただければ」


 なるほど、そういう密約ができているわけか。


「わかりました。信忠はわたしが説得しましょう」



 半月ほど前、安土饗応のホスト役として出発する信忠と信澄があいさつにきてくれた。

 そのとき、最近のふたりの活躍をほめてやると、

 

「私たちが精励したのは、結果を出せなかったら、母上が責められると思ったからです。けっして、私たち自身が上さまに認められたくて奮戦したわけではありません」


「勘九郎の言うとおりです。上さまは結果しかご覧にならない。俺たちが鳴かず飛ばずだったら、俺たちだけではなく、母上の育て方が悪かったと一方的に咎めるはずですから」と。

 

 信忠たちは、天下がほしいわけではない。

 機嫌をそこねると、なにを仕出かすかわからない信長からわたしを守ろうと体を張ってくれているのだ。

 だったら、なんとかなるだろう。





  ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞






『これは、城介(じょうのすけ)が別心か!?』


 謀反を知って、夫はそう叫んだという。


「まさに語るに落ちる、か」


 思わず乾いた笑いがもれる。


『城介』とは、かつて出羽国秋田城を管理した国司『秋田城介(あきたじょうのすけ)』のことだが、現在では実態をともなわない官職名となり、織田信長の嫡男・信忠は六年前までその任にあった。


 つまり、夫は『この襲撃は、信忠によるものか!?』と誤認するほどの後ろ暗さを、自分自身が持っていたわけだ。



「父上が……」


 名指しされた信忠は、父親がいる本能寺の方向から、そっと目をそむける。


 天正十年六月一日。

 夜更けまで父親とともに酒宴に出ていた信忠は、父の宿舎である本能寺から、自分が滞在する妙覚寺に戻った。

 山門をくぐるやいなや。側近から『母 危篤』の書状を渡され、あわてて粟田口の木賃宿に向かった。

 書状によると、胡蝶は夫と息子を見送るため、岐阜から上洛したものの、粟田口まできたところで、急病を発し、意識不明におちいったという。

 信忠は、側近 ―― 胡蝶の実弟の斎藤利治(としはる)(新五郎)にうながされ、急ぎ東海道を下った。


 その半日前、四国攻めにそなえて堺に出向いていた織田信澄のもとにも同様の報せが届いていた。

 それには、織田家当主・信忠名で、『母危篤につき至急岐阜へもどれ』と書かれていた。

 信忠の居城・岐阜城は、胡蝶の異母弟・斎藤利堯(としたか)が留守居をつとめており、目下、弟の指示のもと懸命な治療がおこなわれているらしい。



 そして ―― 生死の境をさまよっているはずの女は、日ノ岡峠から京の街を悠然と見下ろしていた。


「ふふ、さすがのあの男も耄碌したものよ。のう、勘九郎どの?」


 ほほえみながら振り返ると、息子は苦笑しつつうなずいてみせた。


「では、まいろうか」


 早暁の空を染めあげる紅蓮の炎に背を向け、連歌師一行に扮した私たちは岐阜めざして、ゆっくり歩きはじめた。





 


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