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逸脱  作者: 丸隈
6/8

式典

 ここは中央のとある駐屯地——中央と言えど限りなくはしっこで県境沿いではあったが、中央には違いない。そして端に存在するが故、威風堂々(いふうどうどう)たる観閲行進かんえつこうしんを大々的にやれるだけの広い練兵場を保有する……中央最大の敷地面積をようする駐屯地でもあった。ここには方面軍司令部も歩兵連隊も駐屯しており、この国の政治経済の中枢ちゅうすうたる中央を守るかなめとも言えた。


 今日はその駐屯地における創立記念行事の本番当日であった。組織の広報活動としての面から言えば、一般入場の国民や他国武官(ぶかん)を含めた招待者たちへの宣伝であり……軍隊内部の面から言えば、威容いようを示す事によって部隊の士気を高揚させ、団結力を高めるという……どちらの面においても、重要な式典セレモニーであった。



 ——以上で、観閲行進を終了いたします。



 今日という日の為に、式典に参加する将校、下士官、兵たちは皆、観閲行進や模擬戦闘訓練——観客らに見せる為の戦闘訓練の準備をしてきている。歩兵、車両、航空機等を交えた一糸いっし乱れぬ行進をやりきった後、日頃の訓練成果でもある戦闘技能を見せつけて威容を示せるよう、この巨大な駐屯地を寝蔵ねぐらとする者たちは皆、一丸となって努力を積み重ねてきていた。きっとそこには、広報や軍務云々(うんぬん)の目的以外にも……良い行事を作り上げたいという、軍人としての気概もあったに違いない。


 私も少し……ほんの少しだけ、目立つ役割では無いけれども、密かにこの行事に絡んだ仕事をした。だから今日は、それを見届ける為だけに式典会場に足を運んでいる。午前中いっぱい行事の次第プログラムとどこおりなく進行すれば、残るは関係者らの会食や懇談会のみ……午後以降の確認は特段、必要ないだろう。


 天気は快晴、風も微風。四月下旬の春らしい陽気な日で、まさに行事日和であった。風が少しだけあるのも良い……全くの無風では、模擬戦闘訓練で使用する着色煙幕がいつまでもその場に滞留たいりゅうしてしまうから。観客に見せる舞台としては本当に、出来過ぎなぐらいに良い日だな、と……一般観客用仮設スタンドの一番後ろから、立ち見をしながらそう思っていた。


 滞り無く進行していく式典をそこで眺めていると……ちょうど観閲行進が終わって模擬戦闘訓練が始まろうとしているその時、懐の携帯電話が鳴動しだした。大佐からの着信……画面をタップして通話状態にした瞬間、



 ——ただいまより、模擬戦闘訓練の展示を実施します。 



 背後から、状況説明のためのナレーションがスピーカーで増幅されて大音量で流れ始めたところだった。油断した鼓膜こまくに刺さる高い声は、恐らく総務課辺りに所属する女性隊員のものに違いないだろう。携帯電話を右耳に押し当てつつ、左耳を左手でふさぎながら応答する。


「もしもし、大佐……うるさくてすいません、今ちょうど……」


「すまない……その場面ではちょっともう、()()()()()()な……やられたなぁ……」


 通話環境の悪さへの謝罪に返ってきたその応答は……明るさをよそおった口上ではあったけれど、隠し切れない暗さがあった。通話なので勿論見えはしないのだが、ひょっとしたらその表情をもゆがめているのかもしれない……滅多な事で表情を崩さない大佐の、滅多に聞かない暗い声。今回、私がしたはずの仕事。防いだはずの未来。()()に間に合わないという大佐の言葉。私の頭の中で何かが繋がりつつあった。



 ——観客席より向かって右側をご覧ください……武装偵察中隊の、オートバイ班が進入してきました。オートバイ班の任務は、その高い機動力を活かした偵察であり……



 不味まずい。悪い予感に突き動かされるようにして、気がつくと私は、人をかき分けながら仮設スタンドの前の方へと足を進めていた。不味い、不味い。どうして。間違いなく対処したはずなのに。大丈夫、と大佐も言っていたはずなのに。なんで。なんで。


「……相馬クン、聞こえているか相馬クン……これだけは覚えておいてくれ。これは君のせいじゃない……未来はつい今しがた、何者かによって変えられた……だから、君の目の前で何が起こっても、君のせいじゃないんだ……だから、気に病むな……いいかい……」


 その瞬間、多くの将兵と観客、そして私の目の前でオートバイが転倒した。パフォーマンスのため高速走行で跳躍ジャンプ台に向かっていた一台だけが、まるで透明な何かに衝突でもされたかのようにして……転倒したオートバイと操縦手は派手に回転しながら吹っ飛んでは地面を転がり、観客席から見て奥側の盛り上がった土手の向こうへと消えていった。


 水を打ったように静まり返る観客たち。ナレーションさえも途中でピタリと止まってしまっている。その急速に場を支配した沈黙と、目の前で起きた事象……それらが意味するところを想像した観客が徐々(じょじょ)にざわめき始めて、転倒した者を追いかけるようにして他のオートバイが動き始めた、その時、



 ——ここで、オートバイが一台脱落して負傷兵が発生しました。オートバイ班長からの救助要請を受けて、連絡を受けた航空部隊による医療後送が実施されます。皆様、間もなくヘリが接近しますので、大きな音と風にご注意下さい……



 現在起きている状況に沿わせた上で、模擬戦闘訓練としてのナレーションが再開される……観客席からは口々に感嘆かんたんの声が漏れ出て、そういう台本シナリオだと信じている様子であった。やがて航空部隊の多用途ヘリコプターが着陸して患者を回収し、再び飛び立つと、盛り上がった観客席からは歓声と拍手さえ起こりだした。


 私は仮設スタンドの最前で、その様子をずっと、見ていた……オートバイが転倒してから、ヘリが飛び立って見えなくなるまでずっと目が離せなかった。大佐に変化した未来が見えた、という事はつまり……誰かが死ぬ事を意味するに違いなかった。通話越しの大佐の慰めの言葉は聞こえてはいたけれども、その通りに飲み込めるはずもなかった。頭の中では、それ以上の声量で……これはお前が招いた結果だ、出来損ない……お前のせいだ……と責める声が聞こえている。何度も何度も何度も聞いた声で、私にこびりついた呪いだった。


 声は頭の中でどんどん大きくなっている。観客の歓声と拍手が折り重なり、私は段々と心の平衡へいこうが失われていくのを感じていた。視界が、狭い。私は這々《ほうほう》のていで仮設スタンドを降りて、居並ぶ軍用車両の影にしゃがみ込んで身を隠すと……左腕のそでを乱暴にめくって思い切り自分の前腕をんだ。歯が肌にめり込み、口の中に鉄の味が広がる。熱い吐息が止めどなく漏れ出て、熱気が腕の表皮を湿らせた。即席の痛みでしか、私を繋ぎ止められそうになかった。


「……ぅゔーっ、……ゔぅー……」


 しばらくそうしている内にようやく、頭の中の声が小さくなっていくのを感じた。いつの間にか模擬戦闘訓練も終了して、次の次第に移行している。ゆっくりと腕から口を離すとにじんだ血が目に映り、唇と傷口には橋が掛けられている。私は、負けた。対処できたものと思っていたところを理外の者にしてやられたばかりか……どうにか自分をしずめるために、こんなものじみた行為までしている。くやしい。


「……ふーっ、……ふーっ……」


 ようやく、思考が明瞭クリアになりつつあった……こんなところでうずくまっている場合ではない。私にはやるべき事がいくらでもあるのだから……後悔も懺悔ざんげも、片がついてから好きなだけやればいい。今はすぐに任務に取り掛かるべきだ。そう思い直してようやく立ち上がると、手にした携帯電話の通話はいつしか切れていた。届いていた新着メッセージを確認すると、落ち着いたら掛け直すように、と大佐からある……掛け直そうとタップしようとしたその瞬間に、新しく届いたメッセージが通知欄に開かれる。



『これ以上死人を出す前に、真似事など辞めて家に帰ってこい。』



 意図せず視界に入ってきたまわしいメッセージに、握り締めた携帯電話を地面に叩きつけ、踏みつけて、蹴り飛ばし、視界から消した。それでも、この眼にこびりついてしまっている。き上がる怒り。食いしばった歯がギリギリと音を立てている。畜生……


「殺してやる……」


 もはやどちらへの、どういった感情なのかさえ判別が付かぬほど……にえたぎった頭の隅で、私は今日に至るまでの経緯を思い返していた。心境にまるで合致しない、新緑の青い香り……それが火工品の残滓ざんさと混じっては風に乗って、不愉快に私の鼻腔をくすぐっていた。

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