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ストリートレース  作者: クラシック愛好家
9/30

首都高リターン 前編

第7話・前編「首都高リターン」


新東名の夜から三日。

俺はまだ、あのR35のテールランプを忘れられずにいた。


あの加速。あのライン。あの“無表情な速さ”。

敗北の痛みよりも――あの走りの正体を知りたいという欲求の方が強かった。


だが現実は走り出す前に立ちはだかる。

古いベンツは、あの一晩で限界を晒した。

整備しなければ次は無い。そのことだけははっきりしていた。



■ 神奈川湾岸の果て ― セイジのガレージ


夜。

工業地帯の海風は塩と鉄の匂いがする。


錆びたフェンスを越えた奥――人目のつかない倉庫のシャッターが上がっていく。

中には工業用の黄色い照明、油で黒く染まった床、無造作に並んだ工具。

そして――三菱F34Aディアマンテが無言で鎮座していた。


ここが、セイジのガレージ。


「入れろ。」


無骨な声に押し出されるように、W124をリフトへ進める。

その瞬間、今まで以上に車が“裸”にされる空気を感じた。


セイジは言った。


「まずは走る資格を整備で証明しろ。」



■ 初めての“真剣な”整備


リフトが上がる。W124の腹が露わになる。

セイジは無言のまま点検を始め、次々と突きつける。


「オイル滲み。ATフルード黒い、焼けてる。

 サブフレームブッシュ終わってる。

 タイロッドガタ有り。

 ブレーキジャダーの原因はローター歪み、パッドもガラス化。

 あと――センター支持ベアリング死んでる。」


最後に一言。


「このまま走り続けるのは自殺だ。」


言い訳はできなかった。

俺は静かに頷くしかない。



■ 整備が始まる


軍手を投げられる。


「遊びじゃねえ。自分の車は自分で触れ。」


俺とセイジの整備が始まった。


・フロント足回り分解

・エンジンマウント & ミッションマウント交換

・ブレーキローター&パッド前後交換

・ATクーラー追加に向けたホース取り出し

・各部の増し締め、グリスアップ

・ブッシュの劣化チェック、トルクロッド交換

・エンジンヘッドからのにじみ修正とガスケット


手はすぐに油と血で汚れた。

スパナで手の皮が削れて痛む。でも、不思議と嫌じゃなかった。


セイジは言う。


「整備は“安全の確保”だなんて嘘だ。

 本当は――速くなるための手段だ。」


その言葉が、心に刺さる。


「走りは積み上げだ。走るたびに見えた課題を整備で潰す。

 それを繰り返して、ようやく“ステージ”が一つ上がる。」


俺の胸の奥で何かが目覚め始めていた。



■ 夜、もうひとつのメッセージ


工具を置いた真夜中、コンビニコーヒーで一息つく。

そこでスマホが震いた。


――Mina。


Mina: 昨日、電話しようか迷ったけど、やめといた。


理由は書かれていない。

でも、なんとなく伝わった。

俺の生活が変わり始めていることを、彼女は感じている――そんな気がした。


返信しようとして、指が止まる。


このまま彼女を巻き込むべきじゃないかもしれない。

でも、離れる気もなかった。


悩んで出した答えは、短い一文だった。


俺: 落ち着いたらまた会おう。


メッセージを送ると、横でセイジが言った。


「お前、何かを得ようとしたら何かを失う覚悟がいる。

 だが一つだけ覚えとけ――走りは孤独なようで、実は人を繋ぐ。

 切るべき縁はある。でも、切っちゃいけねぇ縁もある。」


走りを知る人間の重い言葉だった。



■ 首都高へ


整備は終わらない。

だけど――走りは待ってくれない。


その夜、W124はまだ両手両膝に傷を抱えたまま、静かにガレージを出た。


向かう先は――首都高速湾岸線。


新東名で見失ったR35の影。

その影を追うには、まず“あの場所”へ戻る必要がある。


湾岸線――路面の上に刻まれた物語の始まりへ。


アクセルを踏む。

エンジンが低く吠える。


戻るんじゃない――ここから始める。


⸻⸻


第7話・前編 終


次回

第7話・中編「湾岸連合」

・首都高の“階級”というルール

・新たな存在――湾岸の支配者たち

・初めて“チーム”という壁にぶつかる


今回は整備回でしたねぇ!W124…羊の皮を被った狼として頑張って欲しいです!ディアマンテも!

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