新東名 R35(序)
第6話 ── 新東名 R35(序)
東名高速・海老名JCT――深夜1:48。
外気は冬のはじまりの冷たさをまとい、闇はまだ静かに眠っていた。
だがその下で、動き始めている“夜”があった。
セイジのディアマンテの後ろを走りながら、俺はW124のステアリングを握る手に力が入るのを感じていた。
Eクラス。いや、もうそんなカテゴリーの呼び方はこの夜には必要ない。ただの中古車だ。だが――今の俺にはこいつしかいない。
R246を抜け、厚木を越え、新東名の入り口が見えた。
緩やかなカーブを描く真新しい路面、遠くへ続いていく暗い直線。
そこはまるで、別の国の道路のようだった。
セイジが無線で言った。
「ここからが“表”じゃない走りの入り口だ。」
返す言葉はなかった。息を整えるので精一杯だった。
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◆最初の条件
新東名に入ってすぐ、セイジのディアマンテの速度が落ちた。
左にウインカーを出し、追い越し車線を空ける。
「カイ――まず、お前に見せたいものがある。」
「見せたいもの?」
「暗い夜をぶった斬る“速さ”だ。」
その言葉が落ちた瞬間だった。
ルームミラーの奥から――光の点が現れた。
一瞬で距離を詰めてくる。
ヘッドライトの照射角の低さ――車高は低い。
だがあの重量感のある光の伸びは――。
来る。
ただの車じゃない。
速い。異常に速い。
俺の背筋が反射的に硬直した。
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◆R35
ズォオオッ――――ッ
一瞬、景色が歪んだ。
いや、違う。そいつが速すぎて、俺の感覚が追いつかなかっただけだ。
漆黒のボディ。
幅広い肩を持つリアフェンダー。
空気を抉るようなフロントノーズ。
日産 GT-R。R35。
無造作に俺たちを抜いていった――いや、違う。
**ぶち抜いた。**音もなく。
後ろを走るはずの存在が、目の前から一瞬で遠ざかるという恐怖。
セイジがすぐに加速した。
ディアマンテのエンジンが吠える。
「……追うのか。」
「違う。――“見届ける”んだ。」
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◆未知の領域
新東名は速い。限界が高い道路だ。
だが――その速さは道路の許容速度の話じゃない。
走る人間のメンタルを試す道だ。
R35は走りながら車線を変えるたびにわずかにテールを振った。
挙動は荒い。だが制御されている。
いや、制御しているというより――ねじ伏せている。
そんな走り方だった。
俺のW124はまだノーマルだ。
アクセルを踏み込んでも、ATが唸るだけで加速は鈍い。
足はフワつくし、ブレーキは確実に旧世代。
だけど――
胸の奥が熱くなる。
こいつは速すぎる。化け物みたいな速さだ。
だけど、逃げられているだけなのに――なぜだ。
――なぜ、目が離せねぇ。
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セイジが無線で言った。
「あれが“裏”の世界の一部だ。
全開に耐えられる車。暴力的な速さ。
そして――走る理由を持つドライバー。」
「……ドライバー?」
俺はR35のリアを見ていた。
ブレーキは滅多に踏まれない。ステアも小さい。
それなのに異様な速度で曲がる。
異常な集中力で走る人間の走りだ。
「カイ。お前は、まだ“速くなりたい理由”を持っていない。
だから――負ける。」
「……負ける?」
セイジは静かに言った。
「この世には、この夜には――
走る理由がある奴がいる。
それが、お前の敵になる。」
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R35がはるか前へ消えていった。
だけど俺の中には、焦燥に似た熱が残った。
まだ始まってもいない。
ただ走っているだけ。
なのに――胸がざわつく。
走りたい。
走りたい。
走りたい。
――こいつを追えるところまで。
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W124のアクセルを踏み込んだ。
ATが激しくキックダウンし、M104が吠える。
ディアマンテが横に並んだ。
セイジがこっちを見て言った。
「ようやく、いい顔になったじゃねぇか。」
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第6話・序 終
次回:第6話・中編「限界の入口」
W124、初の全開。
そして――“走り”が始まる。
やっぱりR35は速いですね!さすがニュルブルクリンクで最速タイムを更新した機体です!底知れないスピードとドライバーの実力!ワクワクさせやがる!




