表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリートレース  作者: クラシック愛好家
5/30

灰色の過去

第5話 ──灰色の過去


 その夜の会話は、そこで突然終わった。

 リョウはそれ以上何も話さず、ただ「また近いうちに」とだけ言い残してE46で去っていった。

 俺はセイジと並んで辰巳の端に立ち、去っていくテールランプを見ていた。


「……あいつは何者なんだ。」


 問いかけると、セイジはしばらく黙っていた。そして低く言った。


「あいつは“あっち側”の人間だ。」


「裏の湾岸の、ってことか?」


「ああ。」


「お前も、だろ?」


「俺は——まだ中途半端だ。」


 そう言って、セイジはポケットから潰れた煙草の箱を取り出した。一本抜こうとして、やめる。仕舞い直す。


「……やめたのか。」


「禁煙じゃない。ただ、吸う理由がなくなった。」


 その言い方には引っかかりがあった。

 俺より少し年上くらいに見えるが、その背中は妙に疲れて見えた。


「カイ。お前、人生に一回でも“二度とやり直せない瞬間”に出会ったことはあるか?」


「……どういう意味だ。」


「一度だけ間違って、二度と戻れなくなる。その後の人生が全部変わるような瞬間だ。」


 俺は答えられなかった。

 事故とか大失敗とか、そういう話じゃない気がした。


「俺は——ある。」


 セイジは、まるで自分の胸の奥を吐き出すように話し始めた。



「昔、一緒に走ってた仲間がいた。

 3人。俺を合わせて4人だった。」


「……首都高でか?」


「ああ。まだ18の頃から走ってた。馬鹿の集まりだったよ。けど楽しかった。誰にも言えねえけど、あの頃の夜が一番、生きてるって感じられた。」


 セイジは続けた。


「だけど——一人、死んだ。」


 その場の空気が変わった。


「事故か?」


「……いや。」


 セイジは一度言葉を切った。表情は変わらないままだが、その奥が確実に揺れた。


「競走中に、追い詰められて、落ちた。

 レインボーブリッジ手前の防音壁。その外へ。」


 背筋に冷たいものが走った。

 湾岸を走る者の間で、昔からある噂のひとつを思い出した。


 ——時々、柵の外に落ちた車の話。

 ——ニュースにも出ない、どこにも記録されない事故。


「そいつが落ちた時、誰も止めなかった。順位を争ってたからな。全員、アクセルを緩めなかった。……あの瞬間に気づいてた奴もいたはずなのに。」


「お前は……」


「俺も踏んだ。」


 セイジは自分を嘲るように笑った。


「だから俺は“まだ中途半端”なんだ。

 走る理由はある。だが、まだ答えに届いていない。」


 静かに言葉が落ちた。



「カイ。」


 セイジが俺を見る。その目に迷いはなかった。


「走るのは自由だ。だが、裏の湾岸は覚悟のない奴が入る場所じゃない。走る理由を持て。そうでなきゃ、あいつみたいに落ちるぞ。」


 その言葉の意味は、単に事故のことだけじゃなかった。

 生き方のことだ。

 人生のことだ。


「俺は……」


 言いかけたその時。


 俺のスマホが震えた。

 画面を見て、一瞬息が止まった。


 そこに表示された名前は、俺の胸の奥を一気に乱した。


 ——ミナ。


 過去から突然、引き戻されたような感覚。


 セイジが俺を見た。


「誰だ。」


「……昔の知り合いだ。」


「答えるのか。」


 迷った。だが俺は通話を拒否した。


 着信は消える。だが胸のざわつきは消えない。


 ——走る理由。


 それはもしかすると、すでに俺の中にあるのかもしれなかった。ただ、見ようとしていなかっただけで。



セイジは言った。


「次は新東名だ。」


「……新東名?」


「ああ。湾岸の裏は、そこから始まる。」


 そう言ってディアマンテのドアが閉まり、セルモーターが唸った。


 次のステージが、もう目前に来ていた。




第5話・終

次回──第6話「新東名 R35」

新たなライバル登場。物語が一気に動き出す。

ストリートレースなので死は付き物ですね。命を燃やして走ってるのですね。次は新東名高速道路!現実でも最高速レースで有名な場所ですね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ