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ストリートレース  作者: クラシック愛好家
4/30

もう一つの湾岸

第4話 ──もう一つの湾岸


 PAに戻ると、海風とオイルの匂いが混ざった空気が漂っていた。

 街の眠った時間帯でも、ここだけはいつも醒めている。辰巳第一PA。

 俺はまだこの場所の意味を知らなかったが、もう戻れなくなりつつあることだけは、なぜか直感していた。


「表に出ないレースって、どういう意味だ。」


 俺が問いかけると、セイジはフェンダーにもたれたまま言った。


「首都高で走るやつは多い。でも大半は表面の世界だけで遊んでるだけだ。SNSにタイムを載せる馬鹿、煽り運転で捕まる奴、パワーだけで勝てると思ってる見栄っ張り──そういう連中が“表”だ。」


「じゃあ“裏”があるってことか。」


「ああ。」


 セイジは煙草に火をつけなかった。代わりに無意識に指でフィルターを回している。迷いの仕草に近かった。


「裏のレースは、ネットにも雑誌にも出ない。動画も流れない。だが──確実に存在する。速い奴らだけの世界だ。」


「速さだけなら、チューニングカーが勝つんじゃないのか。」


「甘いな。裏の世界には“武器”だけを揃えた奴らが入れる世界じゃない。速さの意味を分かってる奴だけが入る。」


「どういうことだよ。」


 セイジは言った。


「あいつの言葉を思い出せ。走る理由はあるか──ってな。」


 脳裏にリョウの声が蘇る。

 走る理由はあるか?

 “なんとなく走ってる奴は消える”と、あのE46の男は言った。


 あの言葉が、妙に胸の奥に残っていた。


「お前に“走る理由”があるなら、進め。なければ今ここで帰れ。二度と首都高に来るなとは言わないが──俺とは関わらない方がいい。」


「なんでそこまで言う。」


「……そのうち分かる。」


 セイジが視線を湾岸の方へ向ける。

 海の向こう、ベイブリッジをかすめる赤いランプが流星のように走っていた。


 ──そのときだ。


 PAの入口に、静かに1台の車が入ってきた。

 深い紺のツーリングワゴン。

 BBS RI-A。抑えた車高。無駄が一切ない。


 BMW E46 3シリーズ ツーリング。


 リョウだった。



 彼は車を停めると、俺たちを見る前に湾岸の夜景を一度見た。それから歩いてきて言った。


「来たか、カイ。」


「待ってたのか。」


「いや、来ると思っていた。」


 リョウは俺のW124を見た。


「まだ完全に目覚めてはいないな。」


 まるで機械じゃなく、“人間を見るような視線”だった。


「……走る理由を見つけた車は速くなる、だったか。」


「覚えていたか。」


「で、お前は何者なんだ?何が目的だ。」


 リョウは少しだけ笑った。だけど目は笑っていなかった。


「いるんだよ。夜に取り残された人間ってのが。」


「は?」


「夢を諦めたやつ。行き場を失ったやつ。人生を見失ったやつ。未来なんて言葉を信じなくなったやつ。そして──それでも生きてるやつ。」


 彼は静かに言い切った。


「そういうやつは、必ずどこかで“走り出す”。表か裏かは違うが、俺はそういう連中を何度も見てきた。だから分かる。お前もその一人だ。」


 否定できなかった。


 俺は、気づけば拳を握っていた。

 走る理由──そんなもの、まだ分かっていない。だが、自分のどこかが静かに疼いているのを感じた。


「問うぞ、カイ。」


 リョウが一歩近づく。


「お前はこの先へ進むか?」


 夜風が吹いた。誰も喋らない。

 湾岸線を走る車の音だけが遠くで鳴っている。


 俺は答えた。


「──進む。」


 そう言った瞬間、セイジの表情が僅かに緩んだのを見た。


 リョウはうなずいた。そして言った。


「歓迎する。ここから先は軽い気持ちじゃいられない。いいか──湾岸の裏にはルールが一つだけある。」


 そして、静かに告げた。


「命以外は賭けろ。」


 その言葉が、深く突き刺さった。



第4話・終

次回――第5話「灰色の過去」

(セイジの過去、そして“走る理由”の意味が見え始める回)

続きが気になる〜!

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