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ストリートレース  作者: クラシック愛好家
3/30

湾岸の誘い

第3話 ──湾岸の誘い


 翌週の金曜、仕事を終え、工具を片付けているときだった。

 ポケットの中でスマホが震えた。見知らぬ番号。出るかどうか一瞬迷ったが、画面に表示された地名で察した。


 湾岸エリア発信。

 迷う理由は、もうなかった。


「──カイか?」


 低く落ち着いた声。聞き覚えがある。


「セイジ、か。」


「今夜、走る。来い。」


「どこへ?」


「辰巳。0時。」


 プツッ、と通話は切れた。


 用件だけを伝える電話。説明は一切なし。

 意図は読めない。しかし、なぜか嫌な感じはしなかった。


 ──いや、違う。


 この電話を待っていた自分がいた。


 外に出ると、秋の冷たい風が夜へと変わりつつある空気を運んでいた。整備工場の裏に停めたW124が街灯の下で静かに佇んでいる。古いが、線の美しいクルマだ。


 運転席に座り、エンジンをかける。


 M104直列6気筒が深く低い音で目を覚ます。

 街を抜け、高速の入り口へ向かう頃には、いつもの日常はバックミラーの奥へ遠ざかっていた。



 辰巳第一PAに着くと、セイジの黒いF34Aディアマンテが既に停まっていた。

 今日のPAは妙に静かだった。台数が少ない。ただのオフシーズンの夜というわけではない。不自然な静けさ。


 俺が近づくと、セイジは煙草も吸わずにフードをかぶって立っていた。


「来たか。」


「呼んだだろ。」


「……後悔しないならいい。」


「何をだよ。」


 セイジは俺を見た。その目には、前と同じ妙な覚悟が宿っていた。


「首都高の走りは、ただの遊びじゃない。あのE46に会って気づいたはずだ。」


 ──リョウ。


 数日前、意味ありげに去っていった男。

 **走る理由はあるか?**と聞いてきた男。


 忘れるわけがない。


「関係してるのか、あいつが。」


「ああ。お前がもし“走る側”に来るなら、いずれ関わることになる。」


「言ってる意味が分からない。」


「そのうち分かるさ。まずは乗れ。」


 セイジは顎で前方を指した。

 PAの出口。その先には湾岸線。東京の夜を貫く長い直線。


「何をする気だ。」


 セイジはサイドウインドウ越しに、こちらを見て静かに言った。


「走りで話す。それが一番早い。」



 湾岸線・東行き。


 2台は並んで流れに乗った。

 80、100、120──W124のアナログメーターは、ゆっくりと針を右へ運ぶ。

 セイジの加速は穏やかだった。煽るわけでも、挑発するわけでもない。ただ、自然と速度を上げ、俺を前へ誘うような走り。


 140、160──この速度域が、この車の本領だ。


 古いメルセデスのはずなのに、足は驚くほど落ち着いていた。

 ステアリングは重いが、路面を柔らかく掴みながら凹凸を潰していく。剛性は古びない。W124は静かに加速を続けた。


 だが。


 180km/hを超えたあたりから、空気の圧力がフロントを叩き始めた。


 ノーマルサス、ヘタったダンパー。

 ここから先は、安心して踏めない領域だ。


 セイジは速度を保ったまま隣へ並ぶ。

 そして俺を一度だけ見た。


 ──判断しろ。


 そう言われている気がした。


 無理に張り合っても意味はない。

 ここは引くのが正しい。


 俺は軽くパッシングをし、スロットルを少し戻した。速度を落とし、車線をずらす。


 セイジはそれを確認すると、一度ハザードを焚いた。


 合図。

 「分かってるな」という意思表示。


 その瞬間、理解した。


 これはただの走りじゃない。試されている。



 しばらくしてPAに戻ると、セイジはW124を見ながら言った。


「無理をしなかった。それでいい。」


「勝負じゃなかったのか?」


「違う。これは“入場テスト”みたいなもんだ。」


「入場?」


 セイジは言った。


「湾岸には──表に出ないもう一つのレースがある。」


 その言葉が、夜の空気を少しだけ冷たくした。


 続く。



スピードも何もまだまだ中古ですからね。

仕方ないといえば仕方ないですね。

表に出ないもうひとつのレース…気になりますねぇ!

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