「重い車は“揺れ”を殺せ」 ― 足回り編
第17話「重い車は“揺れ”を殺せ」 ― 足回り編
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深夜1時。
雨が上がったあとのガレージは、コンクリートの床がまだ湿っていて、工具の金属臭とオイルの香りが混じっていた。
W124のフロントがジャッキアップされ、タイヤが外されている。
その横で、ビルシュタインの黄色いダンパーが光っていた。
「……これが、“欧州式の速さ”か。」
カイが手に取る。
ビルシュタインB8。短縮ストローク。ガス圧式。減衰固定。
「硬くするんじゃねぇ。」
セイジが言う。
「“揺らさない”んだ。
日本車はロールを嫌って足を固める。
ドイツ車は“ロールしても姿勢が破綻しなければいい”って考え方なんだよ。」
横でリョウが頷く。
「ほらカイ。沈むのはまだいい。
問題は“戻り”が遅すぎること。
これじゃ次の入力までに姿勢が整わない。
重い車ほど顕著だ。」
「……つまり俺のベンツは“フワじゃなくて遅い”だったわけか。」
「そう。そこを履き違えたまま、馬力だけ上げても死ぬ。」
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◆スタビ取り付け
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AMG純正スタビを手に持ちながら、セイジが言う。
「社外で無闇に太くしても良くなるとは限らねぇ。
スタビは“動かさない”んじゃなく、“動きを揃える”ためのものだ。」
「スタビは硬けりゃいい、ってもんじゃないのか?」
「硬すぎるとタイヤが浮く。
特にFRはリアを固めすぎると**“一発で終わる”**。
雨だと特に。」
リョウが笑う。
「つまり“硬さの正義”で走ってる奴は、雨で全員死ぬわけだ。」
「そういうこと。」
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作業中の静かな時間
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レンチの音だけが響く。
カイは、雨の湾岸でスープラに見下ろされた光景がまだ頭に残っていた。
敗北じゃない。
でも――認められなかった。
「なぁセイジ。」
手を止めずにカイが言う。
「あいつ(黒スープラ)、多分、俺たちよりずっと上なんだよな。」
「上だよ。
けどな──“上の奴に勝つ方法”はある。」
「……教えてくれ。」
セイジは一度レンチを置いて、カイを見た。
「お前のベンツは重い。遅い。古い。
だけどな──**“重さを武器にできる奴は少ねぇ”。**
これが勝負の道になる。」
「重さを……武器に?」
「あぁ。
軽さで勝つ奴は山ほどいる。
馬力で勝つ奴も腐るほどいる。
でも“重い車を速くする”ってのは、考える奴しか辿り着かねぇ場所だ。」
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リョウがひと言、刺す
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「カイ、覚えとけ。
軽さは才能。重さは技術。
技術で勝つ走りは、見た奴の心を叩き割る。」
「……それ、最高じゃねぇか。」
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作業
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サス取付完了。
スタビ装着。
ホイールが締め付けられる音が響く。
W124がゆっくりとジャッキから降りる。
沈み込みはある。
だが、戻りが違う。
「……これ、走る前から“違う”ってわかるな。」
「だろ? 足は“乗った瞬間に答えが出る”。
次の走りは──雨じゃなくドライで行くぞ。」
「湾岸か?」
「いや──新東名だ。」
セイジが笑う。
「重い車が一番強いのは、**“止まらずに曲がれる道”**だ。」




