「整備士達の夜 ―Engine Logic―」
第13話「整備士達の夜 ―Engine Logic―」
湾岸の帰り道。
カイはハンドルを握りながら、ずっと霧島のスープラのテールランプを思い出していた。
──また、置いていかれた。
吸排気も変えた。レスポンスも多少は上がった。
けど、あの80スープラは“次元が違った”。
「……足りねぇ。何かが、決定的に。」
そう呟いたとき、スマホが鳴った。
綾瀬からだった。
『今夜、PAに来い。お前が話すべき奴らがいる。』
それだけの短い文。
だが、綾瀬が“わざわざ言う”ということは――そういうことだ。
カイはウインカーを出し、首都高を降りた。
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◆ 深夜1:47 某PA
雨が降っていた。
静かなPAに、3台の車が並んでいた。
F34A ディアマンテ。
E46 ツーリング。
そして、W124。
国産バブル高級車。ドイツのFRワゴン。ドイツのセダン。
方向性も年式も違うのに、どこか“同じ匂い”があった。
フードを開けたディアマンテの前に、背の高い男が立っていた。
セイジ。
その目は落ち着いているのに、どこか狂気が宿っていた。
「久しぶりだな、ベンツの兄ちゃん。カイ、だったな。綾瀬は今日は来ないそうだ。」
「久しぶり。OK。綾瀬は忙しいのかな。かなりすご腕のメカニックだし。というか霧島に勝ちたい。けど、まだ……何が足りないのか、分からなくて。」
セイジは笑わない。けど、否定もしない。
「足りねぇのはパワーじゃねぇ。……“解像度”だよ。」
「解像度?」
「ああ。車の動きが頭ん中で全部スローモーションで見えるくらい、車を“理解してる”奴には勝てねぇ。
お前のW124はまだ“答え”が出てねぇんだろ?」
心臓を抉られたようだった。
図星すぎて、言葉が出なかった。
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その横で、もう一人がタバコに火を付けた。
「よう、ベンツ乗り。」
リョウ。E46ツーリングのオーナー。
「霧島のスープラに負けたって聞いて来た。あれに勝ちたいなら――まず制御だ。」
「制御……ECUってこと?」
「そう。欧州車はな、“ECUを理解してる奴が一番速い”。
逆に言えば、分かってない奴は永遠に“純正の限界”で走らされる。」
リョウはW124のエンジンルームを覗き込む。
「M104か。NAの直6。悪くねぇ。回したときの上は気持ちよくなる形してる。
でもコイツ……まだ“空気の出入り”がボトルネックになってる。」
「……吸排気は変えたんだけど、まだ……」
「排気が抜けるだけじゃ足りねぇんだよ。
“どの回転で、どれくらいのトルクを出させたいか”を作るのがECUだ。」
セイジがニヤッと笑う。
「つまりだカイ。
“重い車を速くする”ってのは――」
「力づくじゃねぇ。“頭”でやることだ。」
雨音だけが響いた。
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◆ そして、3台の車のフードが開いた
ディアマンテ → ツインターボ+ワンオフパイピング
E46 → S54換装+制御最適化
W124 → まだ“素材のまま”
セイジがオイルで汚れた手で、W124のフェンダーを軽く叩いた。
「お前のベンツは、まだ“車としての返事”をしてねぇ。
まだ迷ってんだよ、この車も。
お前が“何をさせたいのか”決め切れてねぇ。」
リョウが続ける。
「だからECUだ。
“どう走らせたいか”を、車に言語化させる作業。
霧島に勝ちたい? じゃあ回答は簡単だ。」
二人の声が重なった。
「ドライバーと車の思想を一致させろ。
それが“答えを出す”ってことだ。」
カイの胸に、熱いものが灯った。
走りじゃない夜なのに、心拍数が上がる。
エンジンの音も無いのに、アドレナリンが吹き出す。
ああ。
これは――走りの夜だ。
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「準備しとけ、カイ。
次は“W124が初めて自分の意思で走る日”になる。」
雨が止む頃、3人はそれぞれの車に乗り込んだ。
PAの静けさを残して、テールランプだけが夜に消えていった。
──次回、W124 ECU書き換え編。
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綾瀬はお仕事でいませんでした。次回はセイジのガレージでチューンを行います。




