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ストリートレース  作者: クラシック愛好家
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「止まるための覚悟 -Brake & Blood-」

第9話

「止まるための覚悟 -Brake & Blood-」



――夜。

港区・芝浦。ビルの隙間にある古い工場。

雨宮のFDが眠る奥、リフトの上には黒い塗装がくすんだW124。

整備灯に照らされ、片側だけ外された足回りがむき出しになっていた。


「……ようやく、走れる土俵に立つってところだな。」


作業用手袋を外しながら、綾瀬が言った。


俺は返事をしない。ただ、横でその光景を見ていた。

AMGの4potキャリパー。

新品のブレーキローター。

艶のあるステンメッシュホース。

床に並べられた“純正の残骸”。


――『止まれる車じゃなきゃ、走る価値はない』


そう言ったのは綾瀬だった。

単なる整備士じゃない。湾岸の走り屋を何人も見て、何人も失ってきた男だ。


「走りで一番大事なのは馬力でも軽さでもない。

“制御できるかどうか”だ。 ブレーキは制御の証明だよ」


そんな言い方をする。

正直、嫌いじゃない。



◆ 作業開始


「キャリパー締結確認。トルク 140……OK。

 ホース接続。フルードライン圧送……流れたな。」


綾瀬の声は淡々としていて、機械より冷静だ。


俺は横で見ながら、手伝える場所を探していたんじゃない。

ただ、見ていた。

Eクラスという名の“古くて重いベンツ”が、

ひとつひとつ“走るための意思”を手に入れていくのを。


「フルードはレーシングDOT4。

 熱入れてもエア噛まねぇから安心しろ。

 ……まぁ、噛ませたらお前死ぬけど」


「……怖がらせたいのか?」


「違う。わかってもらいたいだけだ。

 “止まれない”ってのは“死ぬ”ってことだ。」


そう言って綾瀬はニッと笑う。

優しい笑顔なのに、言ってる内容が重い。



◆ 冷却系アップデート


「M104はな。NAのくせに冷却弱い。

 だから、速くする前にまず“守る”。

 それがわからねぇやつは走る資格がねぇ。」


・社外3層アルミラジエーター

・追加オイルクーラー

・電動ファン容量アップ

・純正ラインの経路見直し


金も手間もかかった。

けど――どれも必要だった。

重い車体で高回転直6を回し続けるなら、命綱に近い。


「お前さ、アクセル踏むとき…“怖い”って思う瞬間あるだろ」


「……ある。今でもある」


「それは正常。

 怖さを無視して踏むやつはただのバカ。

 怖さを理解して、それでも踏むのが“走るやつ”だ」


その言葉は刺さらなかった。

胸の奥に、ちゃんと染み込んだ。



◆ テスト走行 ――湾岸へ


午前2時過ぎ。

芝浦PAを出て、レインボーブリッジを渡る。

都心の灯りがフロントガラスに揺れて映る。


アクセルを踏む。

直6 NAの音が伸びていく。

けど――前と違う。


止まれる。


その安心感が、アクセルの踏み込みを変えてくる。


「怖さが減った分だけ、速度は伸びる。

 それが“本当のブレーキ性能”だ」


綾瀬の言葉が、走りの中に現実味を持って染みてくる。


――そんなときだった。


ルームミラーに、ゆっくりと近づいてくる影。


漆黒のボディ。

丸い4灯風ヘッドライト。

低く唸るタービン音。


黒のスープラ。ナンバー 9674。


綾瀬がぼそっと呟いた。


「……おい。あいつ来たぞ。

 “苦労無し”の怪物だ。」


スープラは追い越し車線を一定の速度で流していた。

こっちなんか見ていない。

勝負にもなっていないからだ。


――まだ、土俵にさえ立ててない。


なのに、胸が熱くなった。

悔しさとも違う。

ただ、はっきり思った。


いつか絶対――

こいつに、勝ってやる。


湾岸の風が、初めて俺を走らせた。



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