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ストリートレース  作者: クラシック愛好家
14/30

湾岸初陣 – Ignition – 後編1


第8話・後編《前編》


湾岸初陣 – Ignition –


辰巳から東扇島までの短いストレート。

静まり返った夜の湾岸に、二台の車が並んだ。

ガードレールの向こうに光る東京湾の水面が、風で細かく揺れる。


FDのボンネットからは低く乾いた息のような排気が洩れ、

W124の直6は重く静かに脈を打っていた。

同じ“エンジンが生きている”音でも、質がまるで違う。


綾瀬は軽くハンドルを握り、ただ視線を前に固定する。

「湾岸は広く見えて、逃げ場がない。走る奴は皆、ここで自分の影を見る」


信号が青に変わる。

二台の車が、ほぼ同時に動いた。


一瞬、W124の後輪が滑り、ボディが震える。

トラクションが掴めた瞬間、重い車体が前へ飛び出した。

アクセルの下から感じる振動が、今までとはまるで違う。

シフトアップのたびに、鉄の塊が本気で怒っているような音を立てる。


サイドミラーの奥で、FDのヘッドライトが消えたり現れたりする。

ただの距離の問題じゃない。

綾瀬の車は“揺らいでいる”。

わずかなステアリング操作で、風を切る角度まで制御している。


湾岸線へ合流。

速度はすぐに三桁を超えた。

空気の抵抗が車体を押し潰し、

W124のフロントがわずかに上下に揺れる。

――サスが負けている。

頭では分かっていた欠点が、ここで現実として襲いかかる。


それでもアクセルを戻さない。

戻した瞬間、全てが終わると分かっているからだ。


次のコーナー、カーブの先にライトの軌跡。

綾瀬のFDがアウトから一瞬で並んだ。

すれ違う空気が震え、ロータリーの甲高い音が重なる。


「怖いか?」


無線の向こうで、綾瀬の声が一瞬だけ笑った。

その余裕に、俺は何かが切れたようにアクセルを踏み込む。


――次の瞬間、世界が傾いた。


湾岸の外壁が近づく。

タイヤが悲鳴を上げ、ステアリングが軽くなる。

車が滑り出した。

頭の中で、時間が一瞬止まった。


(終わるのか――)


でも、次の瞬間、身体が勝手に動いた。

カウンターを当て、アクセルを少しだけ抜く。

W124が、わずかに、角度を戻す。

鉄と空気の間でバランスを取り戻す。

滑走音が静まり、再び加速が始まった。


綾瀬のFDが、前方でスロットルを抜いた。

ライトが赤く点灯し、俺のW124の前に滑り込む。

まるで「ここまで」と合図するように。


東扇島のランプに入るとき、綾瀬のFDが並走した。

互いのヘッドライトが交わり、短い沈黙が流れた。


「……悪くないな。」


それだけ言って、FDは夜の海沿いに消えていった。


湾岸の風が、冷たく車内に流れ込んでくる。

汗が首筋を伝い、息が白く滲んだ。


(俺は、まだ生きてる。)


そして心の奥で小さく思った。

――この道の先に、自分の答えがある気がした。



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