湾岸初陣 -Outer Tokyo Attack- 前編
第8話・前編「湾岸初陣 -Outer Tokyo Attack-」
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辰巳PA。湿った湾岸の風がアスファルトをなでる。
その夜の駐車場は静かだった――静かすぎた。
ただ速いだけの走り屋は来ない。
“走る理由”を持った人間だけが来る場所。
それが――辰巳。
俺とセイジのディアマンテ、リョウのE46が並んだとき、周りの視線が少しだけ動いた。
珍しいとか、場違いとか――そういう視線じゃない。
「ここに来た理由は何だ?」
静かに聞かれている。
そのとき、低いロータリー特有の圧のあるアイドリングが近づいてきた。
――来た。
ヘッドライトの下に光るエアロのラインは独特だった。
ただのRX-7じゃない。RE雨宮AD-FACE、湾岸で知られた空気を纏っている。
色は艶のないガンメタ。
装飾はほぼなし。無駄を捨てた車。
本気で速さを求める者の車。
PAの空気が少しだけ変わった。
誰かが小さく言った。
「……綾瀬が出てきたぞ」
FDが俺たちの前に停まる。
ドアが開き、ジャケットの袖をまくった男が降りた。
目つきは鋭いが、荒れていない。
無駄に威圧しないが、絶対にナメられない立ち方をしている。
こいつは“走り屋”じゃない――“本物の匂いがする機械屋”だ。
鷲尾が腕を組んだまま言った。
「紹介しよう。綾瀬。ロータリーの専門家にして――俺の知る限り、最も“車と対話できる男”だ。」
綾瀬は俺のW124を無言で見た。
一周、ボディラインを眺め、足回り、ブレーキの錆、タイヤのヒゲ、オイル滲み――
すべてを一瞬でチェックし、そして言った。
「――走りに来たのか?」
俺は少しだけ間を置いて答える。
「ああ。」
「この車で?」
「ああ。」
綾瀬は鼻で笑いもせず、ただ微かに目を細めた。
「……いい目してる。」
その言葉は、嘲りでも評価でもない。
『覚悟だけは見た』という合図だ。
だが次の瞬間、綾瀬の声は冷たく変わった。
「でも――“それだけ”じゃ湾岸は走れねえ。」
彼はFDのボンネットを軽く叩き、俺の方を見る。
「走らせ方も知らねえ。車の限界も知らねえ。
お前、自分の命とこいつの命、両方守る走りができるのか?」
胸の奥で、何かが疼いた。
「――試してみるか?」
綾瀬は微かに笑う。
「当たり前だ。ここは首都高だ。」
その言葉を合図に――その夜、湾岸線は獣の咆哮を待ち始めた。
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次回:第8話・中編「綾瀬 vs W124 ―湾岸初接触―」
・主人公、マジで死にかける
・でも――“走りの本当の入口”を見る回




