影の資格 後編
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第7話・後編
「影の資格」
辰巳PAの空気は、夜なのに重かった。
走り屋たちが集まる場所なのに、騒がしさはない。
代わりにあるのは 張り詰めた静寂。
――ここにいる誰もが分かっている。
湾岸は生半可な気持ちで走る場所じゃないと。
俺のW124の隣に、F34AディアマンテとE46ツーリングが並ぶ。
3台は奇妙なトリオに見えた。スポーツカーでもない。ドラッグ仕様でもない。
――ただ、ここに立つ理由を持った車たち。
カイがタバコに火をつけ、言った。
「なぁ……来ちまった」
「怖いのか?」とリョウが聞くと、カイは笑った。
「違ぇよ。ワクワクしてる」
リョウは静かに空を見ていた。
「ここまで来るともう戻れない気がする。走るって、人生みたいだよな」
「どういう意味だ」
「踏むか、踏まないか。選ぶだけってこと。たったそれだけで、人生は変わる」
――こいつ、急に詩人みたいなこと言い出すな。
すると、鷲尾が俺たちの方へ歩いてきた。
目は笑っていない。だが敵意は感じなかった。
その視線はただ静かに、俺たちを測っている。
「ベンツ、そして……三菱、BMW。お前ら、走る前に一つだけ覚えとけ」
鷲尾は辰巳の出入口へ視線を向けた。
「首都高には“入り口”はあっても、“出口”がねぇ夜がある」
「……どういう意味だ?」
「踏んだら最後、もう戻れねぇってことだ。
生活も、価値観も、人間関係も、全部――走りが中心に変わる」
鷲尾は少しだけ声を落とし、続けた。
「最速を目指す奴は、何かを捨てた奴だ。
女でも、仕事でも、家族でも、夢でも――
何か一つ捨ててる。そういう奴しか、“名前”は掴めない」
胸に刺さる。
その言葉は、このW124のハンドルを握った日から俺の中にあった疑問そのものだった。
なんのために走る?
何を捨てられる?
この先に何がある?
鷲尾は振り返らずに言った。
「わかるまで走れ。
――それが影の資格だ」
そして、湾岸線を指差す。
「影のまま戻るなら今だ。
進むなら――走れ。」
横でセイジが不敵に笑った。
「……あのさ、ベンツ」
「なんだ」
「お前、もう戻れねぇよな?」
カイが笑う。
「当たり前だろ。ここまで来といて帰るわけない」
――そう。
だったら迷う理由はもうどこにもない。
W124のドアを開け、乗り込む。
夜の湾岸が、静かに牙を剥く。
アクセルを踏む理由がやっと見えた。
俺は――“影”として終わらない。
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次回・第8話「湾岸初陣」
静かな地獄へ、いざ突入。




