愛されなった王太子妃
「よって、2年後にも子が出来ない場合、側室を迎える事の許可をいただきたい。反対の者は?」
嬉しそうな顔を隠す事なく晒さす第一王子のワトソン。
その側近らも嬉しそうな顔で頷く。
現在、王城の会議室で可決されようとしている案件は、不妊の王太子妃に変わり王子の子を儲ける為に側室を迎えるかの可否である。
王子のワトソンと王太子妃のグレイスは婚姻を結び1年が経過するが子が出来なかった為にワトソンからの案件を議会にて話し合っていたのだった。
このまま、案件は満場一致で可決となるはずであった。
「待て、本当にグレイスは不妊のなのか?」
1人異議を唱える男がいたのだった。
その男は王弟のルシアンであった。
「叔父上?」
「ん?ワトソンどうした?」
「グレイスは私の子を孕む事ができていない」
「そうだな。しかし、資料が足りない。そして私はとある噂を聞いた」
「…………資料と噂とは?」
「まずは資料についてだ。グレイスが不妊と言うならば診断書の提出だ。そして噂なのだが、ワトソンには秘密の恋人がいる……しかも学園時代からと」
急に風向きが変わり焦るワトソンと側近ら。
「……私にはその様な女性は」
「ほう、それならば、2年後に側室へ向かえる可能性があるだけなのに、既に1人の令嬢の名が挙がっているのは何故だ?」
「……それは」
「私や議員の選出する令嬢ではダメなのか?」
「…………しかし、私にも選ぶ権利があるかと」
ため息をつく王弟のルシアン。
「なぜ?王命で婚約者が決められワトソンとグレイスは婚約し婚姻をした。ならば、側室もそうであってもいいのでは?」
「ですが、私と側近らで選出をして……」
「それならば、その選出した理由の資料は?何処の令嬢で交友関係、一応王族の一員にしようとしているのらば学園での成績、課外活動、マナーについてだ。そこら辺の女性を側室には迎えられないぞ。健康であるかの確認だ側室に迎えるのだからな。まさか先に子を産ませるような事はしないよな。まだ結婚して1年だぞ現在の妻の許可も得ず可決しようとするのは失礼だぞ」
「……それは」
「全て揃った上で案件として議題にするべきでは?それとも提出を出来ない理由があるのか?」
「…………」
「他の者は、私の意見に反対かな?皆の判断を求めるが議長?」
「王弟の意見に反対する者は挙手を」
手を挙げるのはワトソンと側近らの合計4名だ。
「くっ……」
悔しそうに唇を噛み締めるワトソンだった。
――――くそっ、何故に今回は叔父上が議会に参加するのだ。この案件が通れば愛するイザベルを堂々と側に置き愛せるばずだったのに……王妃の仕事はグレイスにさせイザベルには私との子を産んでもらう計画だったのに……。
「それならば資料と診断書を提出しましょう。そうですね……来週にでも」
――1度だけグレイスを抱くしかない。イザベルは悲しむだろうが仕方ない……いや、側近にでも抱かせるか。イザベルは今日の知らせを心待ちに別室にて待機させているからな……今日の結果を聞いたら悲しむだろうな……。
ワトソンには学園時代から恋人がいた。男爵令嬢であるイザベルだ。三学年の時に転入してきたイザベル、年齢のわりに大人びた妖艶な身体付き。そして自分を慕うイザベルに夢中となった。身体の関係になるのにも時間はかからなかった。現在も側近らの協力の元、逢瀬を重ねる女性だ。しかし彼女には教養が足りない為に王太子妃として迎えるのは難しいと考えた。結局、かねてからの婚約者と婚姻をし1年、白い結婚を続けている。イザベルを側室候補と認めてもらえれば直ぐにでも堂々と自分の側に置けるばずだったのに。
王太子妃としての仕事はグレイスに任せイザベルを側室に置く手筈を側近らと計画していたのに叔父上の一言で流れが変わった。こうなれば医師を引き込みイザベルの純潔を証明させるしかないな。誰が金や地位を欲する医師を探さないとな。そうでなければ知られてしまう。
イザベルが妊娠中である事を……。
「待て、来週ではダメだ。私の側近の話だと別室にいるのだろう。側室候補が」
「…………なぜ、その事を?」
「当たり前だろ、王宮に来る客人の情報は知っているに決まっているだろう。何度も来ている事も知っている。側近でもない令嬢が何度も来る理由は知らないがな……なぜかな?ワトソン」
――叔父上は知っているのか?なんとか時間をかせがねば。
私も父と母の様に真実の愛で結ばれた相手と結婚したかった。それなのに……叔父のせいで……グレイスのせいで。グレイスの事を嫌っていたわけではない、しかしイザベルと出逢ってしまったのだ。グレイスとの結婚も仕方なかった。
――困っておるなバカなワトソン。お前は私からグレイスを奪ったのに、そんな事も忘れて他の女と懇意になるなど。さっさとグレイスを解放しないからだ。全て知ってるぞ、学園時代から続くイザベル嬢との逢瀬をな。しかも既に何度も身体を重ね、しまいには現在妊娠中だろ。俺も甘く見られたな。さて愛する真実の相手の子は本当にお前の子なのかな?まぁ。産まれるまではわからないが私にはどうでもいい事だ。
余裕のある王弟のルシアンと、冷や汗をかく第一王子のワトソンを見て、議会に参加する古参達は勝負の行方を悟った。
※※※
王弟ルシアンは婚約者がいた。それは現在ワトソンの妻であり王太子妃のグレイスだった。幼い頃から優秀で優しく聡明なグレイス。最初は王弟の後ろ盾の為の婚約だったが互いに想いあう2人であった。それが突然、グレイスの婚約者はルシアンから甥のワトソンへと変わった。
それは王命であり王弟の婚約者を息子の婚約者に変更するという前代未聞の事ではあったが一部の家臣は、その背景にあるのは国王である男と王弟ルシアンの関係性が原因であること確信していた。
ワトソンの父である国王と王弟ルシアンは異母兄弟であり年齢も離れていた。ルシアンの母ソフィアは母国への援助目的の為の政略結婚であり、この国に嫁いできた時の年齢は10歳であった。しかし既に当時の国王は結婚しており側室として迎える事となったソフィアとの年齢差は11歳、ソフィアは妹の様に国王夫婦に可愛がられソフィアの年齢を考慮し白い結婚が認められた。
しかし年月を重ねたソフィアは幼女から少女へ、そして徐々に大人の女性へと変化していく。
国王夫婦は、ソフィアに愛する者が出来たら快く解放し祝福しようと誓ったが、美しい女性となり手放すのを躊躇う国王はソフィアと身体を重ねたのだった。
その日を境に王妃の不在の夜はソフィアの寝所に向かい若い身体を貪り尽くすのであった。家臣達は国王がソフィアの元に通う事を知っていた。ソフィアは優秀であった。王妃も努力はしていたが年下のソフィアには及ばなかったのだった。家臣は優秀な後継ぎの誕生の可能性を楽しみにしており、ソフィアもまた兄の様に慕っていたが徐々に1人の男性として慕うようになっていた。
家臣達の協力の下、国王は離れにあるソフィアの元に通い、何年もの間、若いソフィアの身体を堪能していたのだった。そして離れへとソフィアを住まわせ数年が過ぎた。その結果ソフィアは28歳でルシアンを身籠り出産した。
国民に突然発表された第二王子の誕生そして、皆の目の前にいる王子は既に2歳となっていた。王妃もソフィアが出産したと言う噂を耳にしたことがあった。王妃はずっと仲の良い護衛騎士と逢瀬を重ねていると思っており、離れに住み始めたのもそのためだと思っていたのだった。突然の国王の子の誕生とお披露目会で見たルシアンの色は紛れもなく国王の色であった。
王妃は愛する夫とソフィアの裏切りを知ったのであった。王妃は国王との子を持つことに反対する気はなかった。ソフィアも側室なのだから、しかし自分に相談や報告もなく隠れて会っていたことを悲しむのだった。
その姿を近くで見ていたのは既に19歳となった王子であり現在は国王となったワトソンの父である。母の悲しむ顔と側妃を恋い慕う父の姿を間近で見ていた王子は、母を悲しませた存在としてソフィアとルシアンの存在を認めてはいなかった。
ルシアンとソフィアの危険を察した家臣らは古くから中立の立場を取る公爵家へとルシアンを預ける事になった。
その後、側妃のソフィアを病と国民に発表し王家の別荘のある地方へと療養の為に引っ越しさせたのだった。
ルシアンは3歳になろうとしていたある日、公爵家に可愛い産声が響く。
「ルシアン、私の可愛い娘だ。妹だと思って仲良くしてやってくれ」
「はい。おじさま」
ルシアンの指を握る小さな手を守ろうと誓うルシアンであった。
2人は兄妹のように育ち、ルシアンは学園の小等部へと通うようになる。小さなグレイスは毎日泣きながらルシアンの登校を見送るのであった。
時は流れ、ルシアン15歳、グレイス13歳のある日、公爵家の当主つまりグレイスの父からのルシアンにグレイスとの婚約を考えてほしいと提案された。必要最低限の王族としての公務をするルシアンの後ろ盾の為であった。
この頃にはルシアンとグレイスは互いに想い合う仲であり快く了承の返答をする。
そうして幸せな日々を送っていた。
ルシアンとグレイスの婚約発表から1年が経とうとした時であった。
2人で夜会に出席をし、グレイスの可愛らしさにワトソンが気に入り父親である国王へ願ったのである。『私はあの子が欲しい』と。
グレイスの優秀さは国王夫婦も知っていた。息子の願いを叶える為、そして母を苦しめた存在のルシアン……国王は王命にてグレイスをルシアンの婚約者とするよう。命じたのだった。
ルシアンにとってグレイスのいない、この世は絶望しかなかった。
その後ルシアンは隣国へと留学した。グレイスを諦める為にもこの国にはいられないと思ったからだった。
※※※
新たに結ばれたワトソンとグレイスの婚約に周囲は驚いたが仲良く過ごしていたため、問題なく婚姻まで行くと思っていた。しかし、グレイスが3学年の時に転入してきたイザベルの登場で周囲は困惑することとなる。同学年にしては大人びた身体に男子生徒はもちろんワトソンまでもが夢中になってしまったのだ。
そしてグレイスはワトソンに行動には注意を払うように進言するも聞き入れてはもらえず関係は冷えきっていた。グレイスとしては、婚約の解消も仕方ないと思っていたが、ワトソンが懇意にするイザベルのマナーと教養のレベルが低過ぎたのだった。ワトソンも気付いてはいた、グレイスの代わりにイザベルを王太子妃にする事は認められないだろうと。ワトソンの側近になる男たちと結託したのだった。グレイスを表向きは仲の良い婚約者とし、イザベルとの関係も継続する事を。
イザベルと出会ってからのワトソンは変わった。一緒に過ごすも自分勝手で優しくないワトソン。父にも相談したが、この婚約は王命であるためにこちらからは解消はできない。父は宰相にも相談した。しかし返ってきた答えは、結婚するまでのお遊びだからのひと言だった。
そして、グレイスを王妃とし側室にイザベルを迎えようと考えるワトソン。側近らの協力もありイザベルとの逢瀬は続く、婚約を解消してもらえないままグレイスはワトソンと結婚した。
グレイスとてバカではない、とっくに気付いていたのだった。学生時代から続くイザベルとの関係、ワトソンの気持ちは既に自分にはない事を。そして側近らも自分ではなくイザベルを望んでいる。宰相すら信用できないと。自分の側には限られた信用できる者のみ置いた。
結婚式の夜、ワトソンは体調が悪いと言い夜を共にしなかった。それから、一度もグレイスには触れることはなかった。
結婚をし1年が過ぎた。グレイスは彼らが動き出すことを知っていた。そして、こっそり逢瀬を続けるイザベラが妊娠していることも。
グレイスは来たるべく日のために準備をしていた。
結婚式の夜に共寝を拒絶されてからグレイスの計画は始まっていたのだった。
※※※
まずは夫であるワトソンの仕事を自分にも回すように伝える。イザベルとの逢瀬に精を出してもらうためだ。バカなあいつらは私に仕事をどんどん持ってくる。
執務室は常にドアを開け、廊下を通る者に王太子妃は夫の仕事をやらされていると言う印象を持ってもらうために、時々提出期限を過ぎるようにする。すると怒る夫のワトソンや、側近らが執務室にやってきてはグレイスを責め立てる。
――これでいい。
次に王妃の仕事も積極的に手伝う事にした。これに気を良くした王妃はグレイスに仕事を振る様になった。そして自分は茶会や買い物へと出掛けるようになった。
茶会の不備があると皆の前で叱る王妃。
――これでいい。
次は逃げる先を探す、こっそり父には相談していた。常に中立の立場をとるようにしてもらい、白い結婚である事は家族に報告し怒る家族をなだめ、両親が王家に苦言を言わないようにしてもらった。
そしてワトソンの代わりに出席した公務でルシアンと再会した。ルシアンと再会したのは偶然であった。今まで公務でも一緒の参加になることはなかった。ルシアンはグレイスとワトソンが婚約した後に隣国へと留学したため今まで会う事はなかった。
ルシアンと最後に言葉を交わしたのは留学する日の朝が最後である。ワトソンとグレイスの結婚式にも欠席だったルシアン。隣国の令嬢と婚約の噂もあったが結局のところ噂でしかなかった。
ルシアンの顔を見て思い出す、昔から大好きなルシアン、婚約者になれて幸せだったのに、突然現れたワトソンと婚約を結び直す事となり別れる事になったルシアン。心に蓋をしていたのに一目会っただけで溢れ出す幸せだった日々。
「グレイス……」
「ルシアン」
数年ぶりに再会し、見つめあう2人。
ルシアンはグレイスに問う。
「久しぶりだな。結婚して幸せか?」
私は答える。
「私の婚約と結婚は王命よ。私の幸せなんて誰も考えてはいないわよ。ルシアンは?」
「俺も同じだな。王家の為ばかりだ兄や甥の尻拭いの人生だよ。君の噂も聞いている。随分とこき使われているようだな」
ルシアンは素敵な男性へと成長していた。
(本当ならば貴方は私の夫だったのに)
ルシアンもグレイスに再会し思う。
(綺麗な女性へ成長した。本当ならば私の妻だったのにな)
言葉を交わさず見つめあう2人。
「なぁ、グレイス……」
「どうしたの?」
「グレイス……『雪がやみませんね』」
ルシアンにとっては賭けであった。
「ルシアン?……ふふっ『このまま時が止まればいいのに』」
「そうか……また会いましょう」
「えぇ、ルシアン」
その後は公務で会う度に話す事が増えていった。
「なぁ、来週だが、ワトソンが側室を娶りたいと言う案件を提出したから議会があるぞ」
「えぇ、秘密の恋人でしょ」
「知っているのか。大丈夫かい?」
「えぇ、既に答えは出しているわ」
「受け入れるのか?」
「まさか、私は潔く引く予定よ」
「しかし、得意の王命をだすかもしれないぞ」
「私も交渉するに値する情報を持っているわ」
「まあ、家臣達の事かな?」
「その通りよ。この日の為に公務をしていたのよ。私も愛されたいのよ」
「そうか、私に協力できる事は?」
「そうね……その会議にはきっとイザベル様も客室で可決されるのを心待ちに待つはずよ。側室ではなく王太子妃にしてあげればいいわ」
「そうか……それならばグレイスの離縁が満場一致で可決されるよう私の調べた情報も提出しよう」
「あと、城の医師も呼んで、できれば女性の」
「ん?グレイスは病気なのか?」
「いいえ、純潔の証明をするのよ」
「え?ワトソンはグレイスの不妊を理由にしていたぞ」
「まあ、夫婦生活はないから子は出来ないわね」
「それなら……いや。なんでもない。君の望みが叶う様に協力する」
※※※
時は議会に戻る。
「待て、来週ではダメだ。私の側近の話だと別室にいるのだろう。側室候補が」
ルシアンはワトソンに伝える。
「叔父上何を考えているのですか?」
「せっかくだから調べてもらおうと思ってな。王城の医者だ嘘は言わない。別室に待機している」
「しかし、イザベルにも心の準備が……」
「可決されたいのなら協力してもらえ」
コンコンコン。
「ん?会議中に誰だ」
「ワトソン様、私からもお願いがあります」
「……グレイス。今日は不在だと」
「あら、いない方がいい案件でしたの?」
「いや……そうではない」
「側室を迎えるかについてですよね。王太子妃である私からもよいですか?」
「王太子妃……一体何を?」
「はい、私はワトソン様とは王命にて婚約者となり婚姻しましたわ。そして国の為に頑張ってきましたわ。そしてワトソン様に愛されたく思ってました。しかし、ワトソン様は学園に在学中からとある令嬢と懇意にしておりますの。そして私との婚姻後も続いている様なので私はワトソン様々との離縁を希望します」
「グレイス?」
「ワトソン様、私が何も知らないと思ってましたか?私達は婚姻してから一度も夜を共にしてませんもの子供は出来ませんわ。まさかコウノトリが運んで来ると思ってますの?」
「グレイス‼︎」
「ワトソン殿下、まさか……」
「はい、私達は白い結婚ですわ。子ができる訳ないですわ」
「話が違いますぞ、殿下」
「いや……違う」
「ワトソン様、何が違うの?妻である私を抱けないなら必要ないでしょ。私が不妊かどうかもわからないまま側室を?まさか皆様も王命を使い私を誰にも愛されない王太子妃でいろと?酷いですわ。自分達は結婚し妻子と幸せな家庭を築いているのに私には許されないのですか?」
「…………ワトソン殿下」
「いや……その」
「愛し合う2人を祝福してあげてください。もし、私を監禁や……殺そうと思うなら無駄ですわ。私が離縁するのを国民には発表しなければ、今までのここでの扱いや白い結婚、夫の不貞、更には皆様の大切な秘密の恋人の存在が国中に知れ渡りますわ。リュージン様にクリスキャンベラ様……ユーリ元男爵夫人、娼婦のアシュリー様……あら、まだまだ言って欲しいですか?」
青褪める数名の家臣、妻に隠し囲っている愛人の名前をグレイスは調べていたのだった。
「王太子妃は……私達を脅すのですか?」
「えぇ、脅してます。私を解放してくださいませ。さて、私は別室で純潔と健康を証明してきますわ。ワトソン様も愛する女性を貴方が望む王太子妃にできますわよ。イザベル様も王太子妃になるチャンスなのですから受けますよね」
「………………」
「待てグレイス……その……」
「ワトソン様?まさかイザベル様が既に妊娠中だなどとは言いませんわよね。妻である私とは身体を繋げずに他の女性と?私は王命で婚約者となり婚姻し、皆様も知っての通り公務を務めてましたわよ。ワトソン様と王妃様の分もね。それなのに夫は自分の公務を妻に任せて他の女性と逢瀬を重ねる。王家とは怖いですわね。私も女性として愛されて子供も欲しいと思いますの。愛されないお飾の妻も仕事のみをする王太子妃もうんざりなの。そうだわ……妥協案を思いついたわ。側室を認める代わりに私にも恋人を作り側に置く事を許してください。勿論、妊娠した場合は産みますわよ」
会議室は静まりかえる。
「あら、何も言ってくれないのですね。来週まで待ちますわ。その前に医師の診断をしますわ。だって誰かに襲われて純潔を失い不貞をしたと言われては困りますから、それと……側近の方達」
青褪める側近達。
「私は知ってます。貴方達がワトソン様とイザベル様の逢瀬の為に時間と場所の調整と……」
考えるグレイス。
「と?続きは何だグレイス」
「貴方達にも妻がいますわね。知ったら驚くでしょうね。ワトソン様は側近の方達とも大変仲がよろしいようで」
「何の事だ?」
ワトソンは側近達を睨む。
「まぁ、それでは別室に行きますわ」
グレイスが去った会議室。
「さて、ワトソン殿下?」
「いや……そのだな」
諦めたワトソンは議員らの前で全てを話す。
学園時代から恋人がいて、今も続いている事、妊娠中である事、グレイスとは白い結婚である事を話す。
「はぁ……ワトソン殿下……今も続いてるのですから別れるつもりはないでしょうな。ワトソン殿下はグレイス様をどうしようとしてましたか?」
議長は問う。
「……グレイスには公務を」
「恋人には?ただ愛されていろと?」
「…………」
「殿下?忘れてませんか?グレイス様はルシアン殿の婚約者でした」
「え?」
「知らなかったのですか?自分の婚約者の……今は妻の事ですぞ」
「向こうからの願いでは?先ほどから王命と何度も言っていたが」
「殿下は国王に望みましたよ。グレイス様が欲しいとね」
記憶を辿るワトソン。
「あ……それではグレイスは?」
「王命だからです。先程も言ってましたね。ワトソン殿下は王命で婚約者のいる男性……王弟のルシアン様からグレイス様を奪い、婚約し結婚しました。それなのに夫としての務めを果たさずに白い結婚を続け公務を任せる。恋人に愛を囁き抱く以外にやる事はありましたよ。恋人がグレイス様より……せめて同等のマナーや教養を教えるべきでしたよ。それに愛人を囲うならマナーがあるのです。正妻を一番とすることです」
「………………」
「さてグレイス様をどうするか……ワトソン殿下と王妃の仕事をしていたのは私達も知ってます。グレイス様がいなくなると王城だけではなく他国との関係も拗れます……困りましたね」
「議長……今グレイスからの資料を見た限り相当前から準備していたようだ。彼女の決意は固いぞ」
「はぁ……困りましたな」
「あの……もし離縁せずグレイスが恋人を作り他の男の子を産んだとしたらどうなる?」
「ワトソン殿下なら国民にどう説明しますか?夫である殿下は愛人に自分の子を産ませ、正妻であるグレイス様とは白い結婚であり、グレイス様の産んだ子をグレイス様の恋人との子供だと説明するのですか?せめて、ワトソン殿下がグレイス様との間に子を設けていたら違いましたが今更夫婦生活は無理でしょう。それにグレイス様は国民からも愛されてますから全てワトソン殿下の浅はかな考えと行動のせいです」
「それならば離縁を認めるしかないのでは」
「グレイス様は知りすぎています」
「皆、明日また話し合うからそのつもりで、殿下はグレイス様とは接触しないように……グレイス様にも自室で過ごしてもらいます。そして、ワトソン殿下の恋人には診察を受けてもらいます。そして、妊娠中ならば離宮にて過ごしてもらいます。殿下と側近は近づかないように」
議会は一旦終了となった。
「王弟殿、少しお話を」
「わかった」
宰相は王弟に話しかけ、場所を宰相の執務室へと移動した。
「私の執務室ですまないね。コーヒーでも淹れるから座っていてくれ」
「すまないな」
コトン。
「さて、王弟殿、今回の件はいつから知ってましたか?」
「実は白い結婚だったと知ったのは先週の公務の時だ。他については以前から知っていた。以前、公務で王城へと来た際だ、皆の前で叱責されるグレイスを見た。よく調べると元はワトソンの仕事だ。それを……ワトソンではなくワトソンの側近から叱責を受けていた。おかしいだろ……いつから側近はグレイスより上の立場に?なぜ議会は何も言わなかったのだ?」
「以前からグレイス様への対応について議会にも上がっていたのです。しかし、ワトソン殿下や王妃様の一言で……すいません」
「宰相……お前はグレイスからも相談を受けていたろう?なぜ結婚させた」
「グレイス様は優秀でした。殿下も目が醒めるかと……」
「誰にも注意……いやグレイス以外からの注意もないのに目が醒めるわけないだろう。しかも恋人は妊娠中だぞ。お前達は国を潰したいのか?グレイスは賢いとわかっていただろう?」
「予想以上でした」
「グレイスはこの国……王族の事を知りすぎている。他国へと行かせる訳にはいかない。このまま、お飾の王太子妃でいいのかお前の妻や娘に聞いてみたらどうだ?王太子妃ではなく、一人の女性として夫から愛されることのない妻をどう思うか?」
「そんなもの聞かなくても答えはわかる。離縁しろだ」
宰相は王弟に頭を下げる。
「王弟殿……グレイス様の恋人になっていただけませんか?」
「は?お前達が婚約を解消したのだろう。私は兄に抗議した、お前達はどうした?私を宥めただけで異論は唱えてはくれなかった。そして私達は違う道を選んだのだぞ。今更何を言うのだ。俺に愛されればグレイスはお飾の王太子妃として公務をすると思っているのか」
「私達をバカにするな……もう遅いだろ」
宰相の執務室を後にする王弟。
夜の中庭を散歩する。ふと明かりのする方を見上げる。
「ん?あそこはグレイスの部屋か、夜なのにカーテンも閉めずに空でも眺めている……のか?」
そこから漏れる室内の灯りと人影。
「ん?グレイス?カーテンを取り外し何をしている?」
「おい、おい……まさか……」
急ぎグレイスの部屋へと向かう王弟ルシアン。息を切らし、グレイスの部屋の前へ到着する。
「王弟殿、誰も立ち入るなと言われています」
「それどころじゃない、さっさと開けろ。グレイスが……」
ガチャガチャ……。
「中からカギが?」
「おい、急ぎスペアキーを取ってこい。お前は一緒にドアをぶち破るぞ」
「王弟?」
「急げ……中でグレイスがカーテンを使い……」
『自死するかもしれない』
ドアに体当たりする王弟と護衛騎士達。
屋敷に響くドアに体当たりする音とグレイスの名を呼ぶ声、そこに使用人達も集まる。
「グレイス様。開けてください。グレイス様」
「早く開けないと……」
中からガタンと音がする。
「グレイス……」
なんとかドアを壊し、中に入る王弟と護衛騎士達。
「あ……グレイス……ダメだ」
ルシアンは叫ぶ。
今まさに首にカーテンを巻き付け、イスの上いる場面であった。
王弟はグレイスを抱きしめる。
「ダメだ、グレイス……頼むから」
「……死なせてもくれないのね」
悲しく微笑むグレイスであった。
ベッドの天井の柱に巻かれるカーテンを切る。
「グレイス……君は……どうして……」
スペアキーを持ってきた騎士やメイ達が見たのは、壊されたドア。ベッドの柱に結ばれたカーテンとグレイスの首に巻き付くカーテンであった。
屋敷に響くメイドの叫び声。
そして泣きながらグレイスに抱きつく王弟ルシアン。
叫び声と大きな物音を聞き、息を切らしグレイスの部屋へとやってきた、ワトソンと国王夫婦。
「グレイス……どうして?」
室内の状況をみて青褪めるワトソン。
ルシアンは泣きながらグレイスを抱きしめる。
「うっ、うっ……グレイス……グレイス……何をしてる。君がいなくなったら……私は……1人になってしまうじゃないか」
強く抱きしめるルシアン。
「……ルシアン……どうして?」
「窓……窓から見えた。うっ、うっ……急いで……ここに……」
「私は知りすぎてるのよ、私1人の命で皆が幸せになれるでしょ。私は……ここにはいたくない。恋人をつくるのを許可されても誰も私を愛さないわ。そして、ワトソン様とイザベル様、側近らは私を嘲笑うのよ誰にも愛されないとね。このまま同じように殿下と王妃の仕事をし1人死んでいくのよ。なぜ……ワトソンは私を願ったの?いらなくなったら離してくれればいいのに……なぜイザベル様は何もしないのに愛されるの?私以外は幸せなの?」
「1人にしていて……すまなかった。幸せにしていると思っていた。数年ぶりに君の姿を見て……身分が下のものに叱責される君を見て……なんとかしようと……気づくのが遅くなりすまない」
「ルシアン……」
「グレイスがいなくなったら私には誰もいなくなる。母にも捨てられ、兄にも嫌われ、父とは会った事はほとんどない。私の家族は……グレイスとグレイスの家族だけなのに、グレイスがいなくなったらグレイスの両親は王家を恨むだろう、私の帰る場所がなくなる」
グレイスはワトソンがいる事に気付く。
「ワトソン……何しに来たの?残念ね……死なせてももらえなかったわ。婚約した時の様に国王に頼み王命を使う?自分達が幸せならいいのでしょう?この際だから言うわ、私は貴方が大嫌いだったルシアンと私を引き離したから、ずっと貴方を恨んでいたわ。せめて初夜の日位は私といてよ、なぜ私との結婚式の夜にあの女を抱くのよ……私を馬鹿にしないでよ」
「グレイス?」
「親切な貴方の愛する恋人がね教えてくれたのよ。貴方に愛された痕を私に見せてね……惨めな花嫁とね。貴方の愛する恋人は随分と酷い女性なのね」
その時、国王は息子を殴った。そして王妃は頭をグレイスに下げたのだった。
※※※
その後、グレイスは離縁をした。理由は心の病の為……。
他国からの問い合わせの多さに王城は騒めく、そして数ヶ月後にイザベルの産んだ子はワトソンとも側近らとも違う肌の色の子だった。
「ねぇ、ルシアン……そろそろカーテンを……」
「ダメ」
「大丈夫だから……ね」
「グレイス……あの時、君がカーテンを使わなければ、今頃この部屋にもカーテンはあった」
「ねぇ……ルシアン?」
「……ん?」
「抱いて」
「え?グレイス?外は明るいよ。……それに私達はまだ」
「カーテンがあればいいのにね。残念だわ」
「グレイス……私は問題ないぞ。さぁグレイスも脱いで?それとも脱がせてほしいのかな?」
ゆっくりと服を脱ぐルシアン。
「………………すいません」
赤い顔で俯くグレイスであった。
「ふふっ、カーテンは善処しよう。おいでグレイス」
トコトコと歩きルシアンに抱きつく。
「ルシアン……ありがとうね。私を助けてくれて」
「見せて……綺麗な肌のままだ」
ルシアンはグレイスの首を確認する。
「痕が残るとダメなの?」
「痕が残っていたら……そうだな。危険がない様に全ての布は身に纏わせないよ」
「…………カーテンもない部屋に裸の女だなんて、私は露出狂ではないわ」
笑いながらルシアンはグレイスを抱き上げベッドに運ぶ。グレイスを寝かせ自分も横になる。そしてグレイスに抱きつく。
「グレイス……愛してる。俺を1人にしないで」
「ルシアン……?」
「あの時も言ったが、私は母とも暮らせず、父とも過ごした記憶は事がない。父の目に映るのは母だけだった。私にとって家族はグレイスとグレイスの家族だけ。もしグレイスを失っていたらグレイスの家族とも……そうなれば私は1人だ」
「ルシアンのお母様は?」
「あの人は……護衛騎士だった男と家族となり私の事など忘れている。一度……婚約が解消された時に母の元へと行ったんだ……その男の隣には子供達とあの人がいて……声をかける事が出来なかった」
「そうなのね」
「グレイス……お願いだよ。もし次、死にたくなったら私も一緒にいいだろうか?そうならない様にはするが」
「そうね。そうならない様に沢山話し合っていきましょう」
「あぁ。僕には、ずっとグレイスだけだ。だから結婚して」
「もう少しだけ、この関係がいいわ」
「どうして?私と結婚するの嫌?」
「だって……恋人の様に過ごしてみたいから」
「……わかった。たしかに離縁して、まだ半年だからね」
「ワトソン達は?」
「知りたい?」
ルシアンはグレイスを抱きしめながら離縁後の事を伝える。
「まずはワトソンは除籍となり平民として生きていく、そして恋人と生まれた子の父となるそうだ。ワトソンの側近らも解雇となった。ワトソンは王妃だけではなく、ワトソンの妹らからも激しく責められてね。初夜の女性を残し恋人の元に行った事や妻に対して愛人が言った言葉、そして白い結婚である事をね。まぁ王妃も兄上から公務をさせていた事を叱られていたがね」
「そうなのね、ワトソンはあの人と一緒になるのね……彼女を心の底から愛していたのね」
「いや……ワトソンは恋人が側近や他の男と寝ていることを知り……『真実の愛』は、醒めたようだ、しかし王命で愛せない女と暮らせとね。でも愛が醒めた原因はね、恋人の君への言動だったみたいだよ。他にも色々と言われていたのだろう?それを知って彼はグレイスに謝っていたよ」
「これからは僕が愛するからね。おや……『雨がふってきましたね』」
外を見るグレイス。
「ふふっ、『止みそうもありませんね』」
外は雨など降ってはいない快晴だ。
カーテンのない部屋、窓から差し込む穏やかな日差しを浴びてベッドで抱き合う2人は口付けを交わすのであった。
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