第二章・第4話「意見がぶつかるって、悪いことですか?」
翌日の英語部室。
空気が、ちょっとだけいつもと違った。
「じゃ、今日のディベート練は、“フリーラウンド”やるよ」
そう言って、涼先輩がホワイトボードにテーマを記した。
【学校に制服は必要か?】
ルールなし、時間も自由。
対戦形式で、どこまで自分の言葉で主張できるか。
「じゃ、光と楓、前出て」
「……え?」
「やりたくないなら、いいけど?」
楓先輩の瞳は、冗談抜きで真剣だった。
俺は、立ち上がった。昨日の悔しさを、まだ引きずっていたから。
「やります」
「ふーん。じゃ、さっさと始めよっか」
正面に立つ楓は、姿勢も視線もまるで動じない。
対する俺は、内心ぐらぐらしながらも、目をそらさないと決めた。
「制服には、“平等を守る”って意味があると思います」
「“守る”? 見せかけの平等でしょ? 中身の格差はそのままなのに」
「でも……じゃあ、外見で差が見えるよりマシじゃないですか!」
「違う。“差を隠す”ことが正しいって価値観自体が、もう時代遅れなの」
「……楓先輩は、いつも正しすぎるんです」
「は?」
言った瞬間、空気がぴしっと張り詰めた。
「全部、論理的で、整ってて。
……でも、それって本当に“伝わってる”んですか?」
楓の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「伝えるって……“正しい”だけじゃ、ダメなんじゃないですか。
だって、俺には全然伝わってこなかったんです。昨日の楓先輩のスピーチ」
「…………」
「刺さらないんです。怖いくらいに綺麗で、完璧で、でも“誰の声”かが見えない。
俺は、下手でも、自分の言葉で話したいんです!」
気づいたら、立ち上がっていた。
心臓がうるさい。でも、逃げたくなかった。
数秒の沈黙。
やがて、楓先輩が、小さく息を吐いた。
「……あんた、ほんと面倒くさいね」
「え……」
「でも、悪くなかった。あんたのその熱。少しだけだけど、ちゃんと伝わった気がする」
俺は、思わず言葉を失った。
「意見がぶつかるのって、苦手だった」
ポツリとこぼすと、楓先輩はふっと笑った。
「誰だってそうだよ。でも、ぶつかんないとわかんないことってあるでしょ」
「……そう、ですね」
「ディベートってそういうもん。相手と違う意見を持つって、悪いことじゃない」
ふと見ると、涼先輩がホワイトボードに静かに一行を書き加えていた。
“Disagreeing is not rejecting. It’s starting a conversation.”
――(違う意見は、拒絶じゃない。対話のはじまりだ)
意見がぶつかるのは、怖い。
でも、怖いってことは――本音で向き合おうとしてる証拠なのかもしれない。