第二章・第3話「スピーチ VS ロジック」
放課後の英語部室は、いつもより少しピリッとした空気に包まれていた。
「じゃ、ディベート模試やってみよっか。光と詩音が賛成派、私と楓が反対派ね」
涼先輩がそう言って、ホワイトボードに**「UNIFORM DEBATE」**と大きく書く。
「持ち時間は一人2分。スピーチ→反論→クロージング。英語で。録音もするよ」
「い、いきなりすぎません!?」
「光、これは“練習”。でもそのぶん本気でいこう。ミスしても大丈夫。むしろ歓迎」
そう言って微笑む涼先輩の手元には、すでにストップウォッチが握られていた。
ジャンケンで順番が決まり、賛成派の先攻。
つまり――俺がトップバッターだ。
(大丈夫。準備はした。言いたいこと、ちゃんとノートにも書いたし……)
……でも、あの瞬間。
立って、視線が集まっただけで、喉の奥がギュッと詰まる感覚が戻ってきた。
「U-Um… I think… school uniforms are… important.」
声が揺れる。でも、続ける。
「Uniforms help students focus. Because… there is no need to think about clothes.
And also… it makes everyone equal. No rich, no poor, all same…」
途中、何度も言葉がつっかえた。
でも、俺は話した。自分の気持ちをこめて。
そして、対する反対派――楓先輩が、すっと立つ。
「Thanks. Now, I’ll explain why uniforms are not necessary.」
彼女の英語は、まるで水が流れるようだった。
「Uniforms may look equal, but they actually hide differences.
They don’t erase inequality. They just cover it.
Also, forcing uniforms can hurt personal expression.」
ロジカル、そして冷静。それでいて鋭い。
全体が「構成」でできていて、言葉が“積み上がっていく”のがわかる。
俺のスピーチが“熱”なら、
楓先輩のスピーチは“刃”だった。
聞き終えた瞬間、自分が言ったことが“甘かった”と痛感した。
後半、詩音と涼先輩もスピーチを終え、模擬戦は終了。
録音した音声を聞き返しての振り返り時間――
「……俺、全然ダメでしたよね」
録音から流れる自分の声を聴いて、思わずつぶやいた。
「感情だけじゃ勝てない。っていうか、通じてすらない」
すると楓先輩が言った。
「あなたの話、たしかに“思い”はあった。でも、それだけ。
ディベートは“伝えたい”だけじゃ足りない。“相手を納得させる理屈”がないと意味がない」
「……ですよね」
「感情は否定しない。でも、土台に論理がなきゃ、その感情もただの“叫び”でしかないのよ」
きつい。でも、正しいと思った。
涼先輩が口を開く。
「光、最初よりずっと良くなってるよ。ちゃんと“声”にしてる。それだけで前進だ」
「……でも」
「そして、次は“言葉の組み立て”を覚えよう。気持ちを乗せるための、器としてのロジックを」
俺は小さくうなずいた。悔しさと、やるせなさと、ほんの少しの希望を混ぜて。
「……悔しいって思ったら、もう次は進めるよ」
隣の詩音が、そう言ってそっと原稿用紙を差し出してきた。
「“言葉で勝つ”って、きっと一番難しいことです。でも、一番面白いことでもありますから」
スピーチとロジック。
どっちかだけじゃ、足りない。
両方を手に入れたとき――言葉はきっと、誰かの心を動かせるようになる。