第二章第2話「自分の立場が、わからない」
「一ノ瀬は“賛成側”ね。制服の必要性を主張してもらうから」
そう言った楓先輩の声が、やたらあっさりしてたのが逆にこたえた。
「……はい」
小さく返事をしたけど、心の中はザワザワしていた。
ディベートテーマは『Should students wear school uniforms?』
制服は必要か否か。
俺の担当は「賛成」――つまり、制服は必要であると主張しなければならない。
でも、正直に言うと。
俺は、制服ってちょっと息苦しいって思ってる。
毎朝同じシャツ、ネクタイ、ブレザー。身だしなみチェック。
“個性”より“統一”を押しつけられてる気がして、苦手だった。
なのに、俺は今、それを「必要です!」って言わなきゃいけないわけで。
「……嘘つくの、ちょっとしんどいな」
英語部の机で原稿を書きながら、俺は小さくつぶやいた。
「嘘じゃないですよ、それは」
横から声がした。
顔を上げると、同じく1年の**詩音**が、静かにこちらを見ていた。
「え?」
「本音と立場が違うことは、ディベートではよくあることです。私、中学のとき、何度も“反対側の気持ち”を主張させられましたから」
「……でも、自分がそう思ってないことを“正しい”みたいに言うのって、苦しくないですか?」
「苦しいです。だから、演じるんです」
「演じる?」
「はい。役者みたいに、“もし自分がこの立場だったら”って考えるんです。
そうすると、ちょっとだけ、その主張が“本物”になる瞬間がある」
演じる。
第4話で楓先輩が言ってた“スピーチは演技”って言葉が、ふと頭に浮かんだ。
でも、心がこもってなきゃ伝わらない。
だけど、心だけじゃ説得できない。
……やっぱり難しい。
「資料とか、探すの手伝いましょうか?」
「え? あ、いいの? 助かる……」
詩音は、無言で自分のノートパソコンを開き、タッチパッドをカタカタと動かし始めた。
英語の教育論サイト、制服に関する海外記事、日本の教育誌――
静かに、でも的確に情報を拾い上げていく。
「たとえば、制服があると“社会性”を学べるっていう意見、よく見ます。
あと“経済的な公平性”とか、“学校のアイデンティティ”にもつながるとか」
詩音の言葉を聞いて、俺の中の“制服=堅苦しい”というイメージが、少しだけ変わった気がした。
そうか。俺は今、“自分が喋りたいこと”を探してたんじゃなくて――
“この立場なら、どう語るか”って考えなきゃいけないんだ。
「……なんか、やっと“やること”がわかってきたかも」
「それは良かったです」
「ありがとう、詩音」
「いえ。光くんの言葉、ちゃんと届くようにしたいんです。だから」
詩音は、控えめな微笑みを浮かべた。
その笑顔に、少し背筋が伸びた。
“自分の立場がわからない”って、最初は思ったけど。
本音とちがうからこそ、見える世界もあるんだ。
言葉を選ぶって、つまりは“誰かの視点になる”ってことなのかもしれない。