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第2話:「ようこそ、混沌の英語部へ」

「……ほんとに来たんだ」


 翌日の放課後。

 英語部の部室に入った途端、そんな声が飛んできた。


 正面には、椅子にふんぞり返る女の先輩が一人。

 長い黒髪、細身のフレームの眼鏡。パリッとした制服に、ほんの少しの威圧感。


「えっと……昨日、体験に来た一ノ瀬光です。今日から、入部で……」


「あっそ」


 超つれない返事。

 おそるおそる周りを見渡すと、部室には昨日のスピーチの人――東雲涼さんもいた。机に座って、何か英語の新聞を読んでいる。


「歓迎するよ、一ノ瀬くん」


 淡々とした声だけど、どこか嬉しそうに見えた。


「とりあえず自己紹介して。英語で」


「えっ!? 今!?」


「うん、今。ルール。英語部なんで」


 涼さんがやんわり笑った。


「Let’s try. Mistakes are welcome here.」


 ……そう言われると断れない。

 俺は、心臓のバクバクを押し殺しながら、立ち上がる。


「え、えっと……My name is Hikari Ichinose. I’m… fifteen years old. I… like… watching movies. That’s all.」


 沈黙。


 ……やってしまった。

 顔が火照る。足の裏まで汗かいてる。


 すると、黒髪の彼女がパチパチと拍手した。棒読みで。


「ナイススピーチ。すっごい初心者感。中学、英語あった?」


「え、あ……う……」


「言っとくけど、部活とはいえ、英語舐めてると置いてくよ? 私は佐倉楓。帰国子女。英語歴、年齢=年数」


 にっこり笑って、ぐさぐさ刺してくる。


「こら、楓」


 涼さんが苦笑交じりに口を挟む。


「楓も最初は喋り方がロボットみたいだったでしょ。今の光くんくらいの頃」


「ロボじゃないです。プロトタイプです」


「はいはい。というわけで、Welcome to English Club. 今日から“話して・演じて・伝える”練習、始めよう」


 ……そのあと、何が始まったかっていうと。


「じゃあ、Shadowingシャドーイングからいくよー!」


 唐突に再生されるTEDトークの英語音声。

 それに合わせて、英文を“即座に”真似て言う練習。


 わけがわからない。息が合わない。単語が口にひっかかる。


「はい、光くん、発音死んでる。巻き舌は思い切って!」


「いやムリっす、これムリなやつっす!」


「逃げるなー!これは演技じゃなくて筋トレ!滑舌筋!」


 楓先輩、ノリノリ。


「言葉ってのは、身体に刻み込むものなんだよ」


 涼さんは、静かに録音機を手に立ち上がる。


「光くん、最初の録音、やってみようか」


「録音!?」


「うん。今日の声を録って、3か月後と比べる。英語部の恒例」


 俺は絶望した。だって、いまの発音を未来に残すとか、黒歴史確定だ。


「いきなりハードすぎません!?」


「うるさい。記録は魂だ。逃がさないぞ、新人」


「そのセリフ、刑事ドラマの取調室でしか聞いたことない……!」


 こうして、俺の英語部生活が始まった。

 噂以上に濃くてクセ強な二人に囲まれて。

 でも、どこか心地よいカオスだった。


 帰り際、涼さんが小さな手帳を渡してくれた。

 表紙に、英語でこう書かれていた。


「Words are windows to the soul.」


「この手帳、毎日“話したこと”を書き留めてね。英語でも日本語でもいい」


 そう言って、彼は少しだけ微笑んだ。


「言葉にすることで、人は変われるから」


 このときはまだ――

 その言葉の重さも、英語部の真骨頂も、俺にはわかっていなかった。

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