第1話「部活見学と、あのスピーチ」
高校の教室って、こんなに広かったっけ。
入学式が終わり、緊張の自己紹介タイムをなんとか終えたあと。俺――一ノ瀬光は、重力2倍の足取りで教室を出た。
うまく話せなかった。
名前すら、ちょっと噛んだし。
ああ、やっちまったな……と反省しながら、校舎の廊下を歩いていたら。
「部活、どうする?」
隣を歩いていたクラスメイトの新城が聞いてきた。前の席で陽キャっぽい笑顔をふりまいてたやつだ。
「まだ決めてない。中学では帰宅部だったし」
「えー、もったいねー。なんか見学行こうぜ。ポスター貼ってあったし」
そう言って、彼が指差した掲示板には、カラフルなチラシがごちゃごちゃと張られていた。
⚡ 【英語部】Let’s Speak!Let’s Act!Let’s Play!
――体験入部歓迎!英語劇・スピーチ・ディベートetc
初心者OK!面白くなければ退部OK!
「英語部……って、地味じゃね?」
「逆に面白そうじゃね? 演劇とかもやるらしいし」
「うーん……俺、英語苦手だし……」
そう口にしたのに、新城は聞いてなかった。すでに掲示の下にあるQRコードをスマホで読み取って、体験入部の日時をチェックしてる。
「今日の放課後らしい!行こーぜ!」
もう、巻き込まれる未来しか見えなかった。
放課後。第二準備室――という名の小さな部室。
中に入った瞬間、空気が変わった気がした。
部屋の中央には、教卓のような簡易ステージ。その上に立つ一人の先輩が、静かに手元の原稿を置いた。
「――Today, I’d like to talk about the power of words.」
低く、よく通る声。
発音がきれいとか、そういうレベルじゃなかった。
一言一言に、何かが込められていた。
英語が得意じゃない俺でも、わかった。
この人は、伝えたいことがあって話してる。
その“言葉”に、魂があるって。
スピーチはたった3分。
だけど、時間が止まったような感覚だった。
拍手が起きて、彼は一礼した。
「自己紹介を忘れていましたね。英語部部長、東雲 涼です」
その目が、ふとこちらを向いた。
冷たいわけじゃない。けど、まっすぐすぎて、逃げたくなるような眼差し。
「……体験、どうでしたか?」
気づいたら、手が上がっていた。
「……入部、したいです」
俺の声は、震えていた。
でも、ちゃんと出せた。
あの自己紹介のときより、ずっとまっすぐ。
こうして俺は、英語部に入った。
このときはまだ知らなかった。
これが、**“言葉を持たない自分”**と決別する始まりだったってことを。