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第六話 広場の激戦と昏絶の闇

【霧の剣戟】


ヴェスタズ鉱山町の広場を、霧が白く覆っていた。

石畳にガス灯の淡い光が揺れ、霧の帳に剣影が滲む。

冷えた空気は静寂に満ち、まるで世界が息を潜めているかのようだった。

だがその静けさを、鎖の軋みが裂いた。


スペルビア帝国の斥候部隊が、霧の向こうから姿を現す。

黒い外套に身を包んだ二十の影が、広場を包囲するように広がった。

その先頭に立つリーフとゲヴァは、それぞれ異なる焰を瞳に宿していた。

「行くぜ、リーフ!」

ゲヴァの低く唸る声が、霧を震わせる。


リーフは軽やかに剣を抜き、口元に嘲笑を浮かべた。

「剣聖の血を引く小僧と聖女だ。こいつらを仕留めれば、俺の名は大陸に響く!」


広場の中央に立つ少年、ラディクス・ブライトモア・スペンサーは、

グレートソードを構え、胸元の星型ペンダントを握りしめた。

白髪が霧に揺れ、黄金の瞳に決意が燃える。

十五歳の少年は、貴族の外套に刻まれた星の紋章を誇示し、

広場を切り裂く声で叫んだ。

「剣聖シグルズの息子を、帝国の狗ごときが倒せると思うな!

このヴェスタズを穢す者は、俺が許さん!」


その脇で、弓を握る少女、フレイダ・セントクレア・ペンブルックが一歩踏み出す。

黒髪に飾られた花が揺れ、深紅のコタルディが霧を切り裂く。

青い瞳に怒りと希望が宿り、鋭い声が響いた。

「リーフ! この汚い野郎! この前の借り、今日こそ返してやるから覚悟しなさいよ!」


穏やかに佇む聖女、マーレ・ブライトモア・スペンサーは、

白髪を高く結い、星型ペンダントを胸に輝かせていた。

青い瞳に慈愛と秘めた意志が宿り、春風のような声で静かに問う。

「リーフ、ゲヴァ。なぜ帝国の鎖に身を委ね、剣を振るうのですか?

心の奥に、別の望みがあるはずなのに。」


リーフは金髪を掻き上げ、紋章の指輪を弄びながら笑う。

緑の瞳に野心がちらつく。

「聖女に剣聖の息子、揃いも揃って女神の狗だな!

俺はリーフ、スペルビアの刃。この名声を地に叩き落とせば、俺の復権はすぐそこだ!」


フレイダが顔を真っ赤にして弓を振り上げる。

「ふざけないでよ! その薄汚い野心、ぶっ潰してやるんだから!」


ゲヴァは牙の首飾りを握り、低く唸る。

青い瞳に焼け落ちた故郷の灰が映り、声は冷たく響いた。

「ゲヴァだ。剣聖の息子、逃がさねえ。

この戦いで、俺の絶望にも意味が生まれるかもしれねえな。」


斥候部隊が一斉に動く。

二十の刃が霧を切り、戦いの火蓋が切られた。


【剣と闇の戦場】


ラディクスが一歩踏み出すと、グレートソードが闇を切り裂き、ガス灯の光を粉砕した。

「父の誇り、姉の信念、この俺が守り抜く! チェストー!」

示現流の剣閃が炸裂し、三人の斥候を瞬時に薙ぎ払い、石畳を砕く。

衝撃波が霧を蹴散らし、外套が戦場の覇者を誇示した。

「この刃、喰らえ!」


斥候部隊二十人が一斉に動く。

鋭い叫び声と共に、短剣や手斧を手にラディクスを包囲。

隊列を組み、左右から素早い突進で襲いかかる。

一人は石畳を蹴り跳躍し、上空から短剣を投擲。

もう一人は霧を利用して背後から奇襲を仕掛けるが、

ラディクスの剣が空気を裂き、投擲された短剣を弾き返し、奇襲者を一撃で地面に叩きつけた。

「雑魚が! まとめてかかってこい!」


フレイダはリーフを睨み、弓弦を力強く引く。

「舐めた態度は後悔させてやる! くらえ!」

矢が二人の斥候の肩を正確に射抜き、剣を落とさせる。

花飾りが揺れ、騎士爵の猛気が迸る。

だが、蔦が視界を掠めると一瞬怯んだ。

「うっ、蔦!? 気持ち悪い! ……って、うるさい! 負けるわけない!」


斥候部隊がフレイダにも襲いかかる。

四人が扇形に展開し、投げナイフと鎖付きの手斧で牽制。

一人が霧を突いて接近し、短剣で斬りかかるが、

フレイダは弓を盾に振り回し、敵を弾き飛ばす。

「近づくな、このクズども!」


マーレは両手を掲げ、光の魔法を放つ。

「森の加護よ、命を護れ!」

敵兵の足元に聖なる紋章が浮かび、青い輝きが石畳を照らす。

「束縛の聖印!」

光の鎖が四人の斥候を縛り、動きを封じて剣を落とさせた。

白髪が霧に揺れ、聖女の威厳が戦場を圧倒する。

「命を奪わず、争いを止める。それが私の誓いだ。」


だが、斥候部隊は怯まない。

残る数人がマーレを標的に、投擲武器で牽制しながらジリジリと距離を詰める。

一人が石畳を滑り込み、低い姿勢で短剣を振り上げるが、

マーレの光が閃き、攻撃を弾く。

「無駄よ。私の光は揺らがない!」


ゲヴァはショートソードを握り、マーレに突進する。

「どけ、聖女!」

筋骨隆々の腕が唸り、仲間二人を容赦なく石畳に叩きつけた。

牙の飾りが軋み、戦士の殺意が刃に宿る。

「貴族も奴隷も、俺には関係ねえ!」


リーフは軽快な動きで前線を撹乱し、フレイダに冷笑を投げる。

「剣聖の息子もいいが、蛇嫌いの嬢ちゃんも面白いぜ!」

短剣がフレイダの外套を切り裂き、戦場を嘲るように舞う。

斥候部隊がリーフを援護し、二人一組でフレイダを挟撃。

素早い連携で左右から短剣を突き出すが、

フレイダは身を翻し、矢を放って一人の足を射抜く。

「この名を倒せば、俺の名は大陸に轟く!」


フレイダは弓を捨て、双剣を抜いて応戦する。

「ふざけんな! あたしの刃、舐めるなよ!」


斥候部隊は数を頼みにラディクスたちを圧倒しようと試みる。

霧の中から次々に現れ、投擲武器や短剣で攻撃を仕掛け、

隊列を組み直しては波状攻撃を繰り返す。

だが、ラディクスたちの圧倒的な戦闘力に蹴散らされる。

一人、また一人と倒れ、立っている者はわずかとなった。

ガス灯の光が霧に乱反射し、剣戟と爆音が広場を支配した。


【刃の合間の問い】


戦いの勢いが一瞬止み、広場に重い沈黙が落ちる。

ラディクスは大剣を構えたまま、リーフに鋭い視線を向けた。

「復権だと? 人の誇りを踏みにじるような男に、名誉が宿ると思うのか?」


リーフは剣を下ろし、指輪を弄びながら口元を歪める。

「名誉? そんなものはいらねえ。欲しいのは力と権力だ。

剣聖の息子と聖女を倒せば、スペルビアの貴族どもも俺を無視できねえ。それで十分だ。」


マーレが一歩進み出る。

彼女の声は静かだが、揺るがぬ信念を宿していた。

「リーフ。あなたの心は、かつて自由を求めていたはず。

なのに、なぜ帝国の鎖に自ら縛られたの?

野心に囚われれば、真の自由は遠ざかる。

……戦闘はもう見ての通り結果は出たわ。剣を置いて、リーフ。わたくしなら、あなたを救える。」


リーフの緑の瞳が一瞬揺れる。

だが、すぐに嘲笑がその光を塗り潰した。

「救い? 綺麗事だな、聖女。自由なんて、弱者の夢物語だ。

俺は現実を選ぶ。夢を見る暇があるなら、剣を振る方がマシだぜ。」


フレイダが双剣を握りしめ、怒りを噛みつけるように叫ぶ。

「ふざけないでよ! あたしの前で土下座して謝りなさい、リーフ!」


ゲヴァは首飾りを握り、低く唸る。

「救いだと? 笑わせる。俺の村を焼いたのはこの世界だ。

成功か死か、それだけだ。敗者には生きる意味すらない。」


ラディクスは黄金の瞳を細め、静かに言った。

「その通りだ。だが、夢は死なない。

俺はこの手で、絶望を希望に変えてみせる。それが、女神の力を授かった俺の使命だ。」


マーレが弟の肩にそっと手を置く。

微笑みは夜明けのように穏やかだった。

「ラディクス。あなたならできる。信念は奇跡を現実に変える。

……フレイダ。あなたの怒りも、いつか光に変わると信じているわ。」


フレイダは唇を噛み、呟く。

「光なんて、知らないよ……。でも、リーフのバカだけは絶対許さない!」


ゲヴァの瞳が揺れ、言葉を失う。

リーフは鼻で笑い、剣を構え直した。

「光だの夢だの、うんざりだ。続きは剣で語ろうぜ!」


言葉は途切れ、鋼と爆音が再び広場を満たした。


【魔術の波動】


ラディクスはリーフに突進し、大剣を振り下ろす。

「姉上の慈悲を愚弄する気か? チェストー!」

石畳が砕け、衝撃波が霧を裂く。

リーフの剣が一撃で粉砕され、星型ペンダントが闇に輝く。

「姉の名と父の誇りに懸けて、貴様を叩き潰す!」


リーフは剣を犠牲に一撃をかわし、腰の戦術ナイフを抜いて反撃する。

「慢心の血だろ! くらえ!」

ナイフがラディクスの外套を掠めるが、一瞬で吹き飛ばされる。

「この戦闘力……! これが剣聖の息子か!」


斥候部隊の残りがラディクスを援護するリーフを包囲。

投擲ナイフが霧を切り、二人一組で素早い斬撃を繰り出すが、

ラディクスの剣が空気を裂き、全員を一掃する。

「まとめて地に這え!」


フレイダはリーフに突進し、双剣を振り上げる。

「ラディクス! こいつは任せて! この前の借りを返す! あたしの刃でぶっ潰す!」

リーフのナイフを弾き、花飾りが戦場の風に揺れる。

「ラディクスの前であたしの誇りを傷つけた! お前は絶対に許さない!」


ゲヴァはそのフレイダに斬りかかる。

「小娘、口だけか! 希望なんてこの戦場にはねえ!」

筋骨隆々の腕が唸り、フレイダを押し返す。

斥候部隊の三人がゲヴァを援護し、鎖付きの手斧でフレイダを牽制するが、

彼女の双剣が閃き、敵を一閃で切り伏せる。


戦闘は混戦となる。

後方でマーレは光魔法を展開し、紋章を浮かべる。

「聖域展開!」

光がラディクスとフレイダを護り、穏やかな声が響く。

「冷静に、二人とも。リーフ、心の自由を思い出して。剣を収めなさい。」


戦いはラディクスたちの圧倒的優勢で進む。

斥候部隊は次々に倒れ、広場はうめき声に包まれた。


【昏絶の魔術と胎動する闇】


「くそっ……剣聖のガキがここまでとは……。だが、まだだ!」

追い詰められたリーフは剣を投げ捨て、黒鉄の指輪に手を添えた。

魔石が闇を孕み、脈動する。

それはスペルビアの裏市場で手に入れた禁忌の宝具――《昏絶の指輪》。

発動すれば、どんな防御も貫き、意識を深い闇に沈める。


「剣聖のガキを沈め、聖女の名を地に墜とす……。そして、蛇嫌いの小娘もついでだ!」

怨嗟の呟きが霧に溶ける。

リーフが指輪を掲げる。

「眠れ、小僧! 貴族の夢は闇で終わる!」


黒い波動が魔石から溢れ、ガス灯の光を呑み込みながら広場を這う。

ラディクスは大剣を構える。

「そんな小細工、示現流には通じん!」

だが、波動は彼の読みを上回る速さで迫り、意識を削る。

視界が揺らぎ、足が重くなる。

「この力……っ!」


その瞬間、白銀の髪が風を切り、マーレがラディクスの前に飛び込む。

「やめなさい、リーフ!」

星型ペンダントを握りしめ、彼女は剣を構える。

「家族は、わたくしが守る!」


黒い波動が彼女を呑み込み、剣をすり抜けて侵蝕する。

「……ラディクス……女神との……契約を……ああ、意識がもう……」

マーレの身体が音もなく崩れ落ちる。


「姉上ッ!」

ラディクスは駆け寄り、彼女を抱き留める。

白銀の髪が石畳に流れ、冷たくなる。

「目を開けてくれ、姉上……!」


フレイダが悲鳴を上げ、双剣を掲げる。

「マーレ様を……唯一、素のあたしを受け入れてくれた優しいマーレ様を……! 許さない、粉々にしてやる!」


ゲヴァは牙の飾りを握り、呟く。

「……これが聖女の光か。俺の絶望とは別物だ……」


リーフは冷笑を浮かべ、霧に消える。

「聖女を沈めた。十分だ。次はもっと楽しませてやるよ、嬢ちゃん。」

斥候部隊の残党も霧に紛れて退く。

広場にはマーレを抱くラディクスの嗚咽だけが残った。


【迷宮への啓示】


ラディクスはマーレを抱き、ペンダントを握る。

熱が掌を焼き、女神ヴィーナスの声が響く。

『鍵は……忘れ去られた丘の地下迷宮に――』


啓示が彼を貫く。

この戦いは始まりにすぎない。

真の戦場は地下迷宮、女神の意思が眠る場所だ。


フレイダは拳を震わせ、涙を拭う。

「ラディクス! マーレ様を絶対助ける! あの野郎、わたしの剣でぶちのめす!」

花飾りが揺れ、少女の決意が輝く。


ラディクスはマーレの髪を撫で、囁く。

「姉上……俺が必ず鍵を見つける。もう二度と油断しない。」


転生者・東郷零座として生きる彼は、若い肉体に宿る熱を感じていた。

「この娘に借りがある。必ず救う。」


霧が晴れ、ガス灯が希望の光を灯す。

だが、霧の向こうで赤い瞳が瞬く。

彼らの道が険しいことを告げていた。


女神の神託は迷宮への誘い。

これは終わりではない。

東郷零座と少女たちの、運命を賭けた戦いの幕が上がる。


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