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第二話 霧に響く鎖と刃

【霧の森】


ヴェスタズ近郊の森は、霧に閉ざされていた。

月光は靄に薄く滲み、木々の囁きは湿った闇に溶け合う。

松明の灯が不安げに揺れ、ガス灯の届かぬ奥で、鎖の擦れる音が冷たく響いた。


ゲヴァの屈強な腕を枷が締めつけ、奴隷の身分を無言で告げる。

灰色の髪を掻き上げ、青い眼差しが霧を射抜く。

首に吊るされたオーガの牙の飾りは、焼け落ちた村の記憶を重く支えていた。


かつて狼の獣人として誇った狩人の日々は、帝国の炎に灰と化した。

子らの叫び、妻の最期の目が、夜毎夢に浮かぶ。

「この霧は、スペルビア帝国の偽善そのものだ。重たく、息を詰まらせる。」

白い吐息が靄に滲み、胸の傷が冷えたまま固まる。


彼はヴェスタズ鉱山の秘密を探る奴隷斥候――

スペルビア帝国の命に従いながら、心は灰に沈んだ故郷に囚われていた。


木々を裂く矢の唸りが、静寂を切り裂いた。

ゲヴァは狼の本能で身を伏せ、背後の古樫が砕ける。

破片が頬をかすめ、霧に血の匂いが混じる。

傷は浅いが、過去の戦の記憶を呼び起こす。


「待ち伏せか。帝国の歓迎はいつも芝居がかってる。」

短剣を抜き、音もなく木陰に滑り込む。

心臓が戦いの調べを刻み、意識が鋭敏になる。

霧の奥で、松明の揺らめきが敵の影を浮かび上がらせる。


「ゲヴァ、動くな。死に急ぐ趣味はなかったはずだ。」

霧から金髪の青年が現れる。

リーフ、狐の獣人で元貴族。

奴隷の鎖が細身の身体を縛るが、緑の瞳にはかつての社交界の輝きが宿る。


公爵ヴァリオンの謀略で没落し、屈辱の底で執念を燃やす男だ。

背後には斥候部隊の兵士二十人が霧に紛れ、矢や短剣を構える。

彼らの足枷が、森の静寂に微かな軋みを刻む。


「斥候に矢の手土産とは、エンドヴァルの騎士か、気紛れな獣人か。」

リーフの軽口が響く。

「どちらでも構わん。俺の再起には、むしろ好都合だ。」

その声には、貴族の虚飾を脱ぎ捨てた刃の鋭さが滲む。


ゲヴァは牙飾りを握り、浅く息を吐く。

「生きる理由など、とうに失くした。さっさと終わらせてくれ。」

低く響く声は、焼けた村の灰のように重い。

家族を奪った帝国への憎しみが、青い瞳に影を落とす。


リーフは口元を歪め、笑う。

「英雄気取りの厭世家が相棒とは、贅沢な夢だな。

スペルビアの貴族に返り咲くまで、お前の死は預からせてもらう。」


彼の手には、古い紋章の指輪。

公爵家を裏切ったヴァリオンの顔を思い浮かべ、刃のような笑みが深まる。

霧の向こうの敵を見据え、執念が緑の瞳を燃やす。


【鎖の誓い】

オルログ大陸――獣人の爪と牙が響き合う戦乱の世界。

七つの国家が野蛮と狡知で覇を競い、数千年にわたる血の嵐は止まない。

エンドヴァル公国だけが、秘められた魔力で獣の支配に抗う。


だが、スペルビア帝国の影は執拗に伸び、

ヴェスタズ鉱山――公国の命脈を支える禁断の鉱脈を狙っていた。

その鉱脈は、大陸の覇権を握る魔力の鍵と囁かれる。


ゲヴァは狼の獣人、中年の元狩人。

帝国軍に村を焼かれ、家族の叫びが耳に響く。

焼けた子らの顔が、夜毎夢に浮かぶ。

腰のオーガの牙のペンダントは、かつて森を支配した狩人の証だ。


奴隷の鎖は、彼の復讐を縛るもう一つの枷でもある。

「奴隷の首輪ってのは、帝国流の愛情表現か。締めつけが過ぎるな。」

皮肉を吐き、青い眼差しが焼け跡の灰を見つめる。

希望は、絶望の底に灯る微かな光――鎖を断つ夢でしかない。


リーフは狐の獣人、元貴族。

スペルビアの社交界で華やかに舞っていたが、

公爵ヴァリオンの謀略で奴隷に堕ちた。

ヴァリオンの嘲笑が胸に刺さり、屈辱を力で払うと誓う。


指に嵌めた紋章の指輪は、失われた栄光を取り戻す執念の証だ。

「この大陸で首輪を断てるのは、力だけだ。

霧の方が、俺の未来より明るいさ。」

緑の瞳に、諦念を焼き尽くす烈しい願望が宿る。

笑みは、貴族の仮面をかなぐり捨てた刃のようだ。


背後の斥候たちは、足枷の音を響かせながら、地図の作成に没頭する。

霧が森の傷を覆い、ゲヴァの短剣が過去の戦を呼び起こす。

リーフは紙上に線を引き、貴族らしい筆致で地図を整える。


「ヴェスタズ鉱山――俺の帰還劇には、ここ以上の舞台はない。」

リーフが呟く。

「帝国の貴族連中も、この霧の中じゃ俺を見逃すだろう。

ヴァリオンの首を、この手で握るまでな。」

嘲る口ぶりに、陰謀への嗤いが混じる。


ゲヴァは短剣を握り、霧を見据える。

過去の戦が、刃の重さに甦る。

「俺には関係ねえ。ただ、地図を仕上げるだけだ。」

言葉は冷たく、未来を拒む刃のようだ。

だが、牙飾りを握る手に、微かな震えが走る。

復讐の炎は、絶望の底でなお燻っている。


リーフは肩をすくめ、笑う。

「興のない奴だな。

エンドヴァルの聖騎士団が近くで訓練してるらしいぜ。

剣聖の噂も聞いた。本物なら、俺たちの鎖も断ち切れるかもしれん。」

その瞳が、ゲヴァの絶望の芯を試すように揺れる。


ゲヴァは目を細め、吐き捨てる。

「騎士団? 獣人に踏み潰されて終わりだ。帝国の慈悲と同然だ。」

焼けた村の灰が、言葉の端々にこびりつく。


リーフは指輪を弄び、笑みを深める。

「希望くらい抱いてみろ、相棒。

剣聖の刃が、俺たちの鎖を断つ鍵になるかもしれんぞ。」

その声音に、奴隷の鎖を嗤う誇りが響く。


霧の奥で、松明の光が揺らめき、

斥候たちの足枷が不穏な調べを刻む。


【英雄の影】


深い霧が森を覆い、沈黙の中で木々が揺れた。

足音が湿った苔を踏みしめ、空気に緊張が孕む。

ゲヴァは身を低くし、短剣の刃を月光にかざす。

リーフは紋章の指輪を握り、霧の奥を睨む。


斥候部隊の兵士たちは、音もなく武器を抜き、

霧に溶け込むように陣を敷く。

「来るぞ…帝国の猟犬か、神託の使徒か。」

リーフの声が、霧に低く響く。


ゲヴァの鼻先に、血と鉄の匂いが漂う。

過去の戦場が、狼の感覚に甦る。

「誰だろうと、俺の牙を試すだけだ。」


霧を裂く気配が、森を震撼させた。

斥候の一人が呻き、矢に肩を貫かれて倒れる。

ゲヴァは木陰に身を寄せ、敵の数を数える。

二人…いや、三人か。エンドヴァルの下級兵ではない。

エンドヴァルの指揮官級か、あるいは――。


「剣聖の噂、ただの噂じゃなかったな。」

リーフが呟き、短剣を構える。

緑の瞳に、興奮と警戒が交錯する。


霧を裂いて森の中から少年が現れた。

ラディクス・ブライトモア・スペンサー。

銀白の髪が風に翻り、金の瞳に静かな炎が宿る。

胸元の星型ペンダントが揺れ、背に負った大剣は霧を帆のように切り裂く。

黒き貴族軍服の襟に、忘れられた誇りが刻まれている。


ゲヴァは牙飾りを握り、呟く。

「このガキ、ただの騎士じゃねえな…。」

リーフの指輪が軋み、思う。

「こいつの剣、俺の首輪を断てるか…?」


「スペルビアの犬ども、聖なる鉱脈を穢す愚か者め!」

ラディクスの声が森に響く。

「我が大剣にて、その鎖も影も断ち切ってくれよう!」

その声音は、霧を震わせ、斥候たちの足枷を嘲笑う。


大剣が月光を反射し、まるで星の刃のようだ。

ゲヴァの胸に、かつての狩人の血が滾る。

リーフの笑みが、刃のように鋭くなる。

「剣聖ではない…か。だが面白い。こいつはただ者ではない。俺の舞台に、ふさわしい敵だ。」


リーフが短剣を閃かせ、斥候たちに命じる。

「陣を固めろ。こいつの首は、俺の再起の足がかりだ!」

ゲヴァは短剣を握り、狼の咆哮を抑える。

「生きる理由はねえが、戦う理由なら…まだ残ってる。」


霧の森で、ヴェスタズ鉱山の禁断の力を巡る戦いが幕を開ける。

ゲヴァの牙飾りが軋み、リーフの指輪が妖光を放つ。

ラディクスの大剣が、奴隷の鎖と帝国の影を断ち切るべく、

月光の下で唸りを上げる。


森の奥で、スペルビアの陰謀が蠢き始めていた――。



【あとがき】


みなさん、こんにちは!

第ニ話「霧に響く鎖と刃」をお楽しみいただけましたか?


ゲヴァとリーフの皮肉たっぷりの掛け合い、霧の中で繰り広げられる緊張感、そして剣聖ラディクスの圧倒的な登場――いかがでしたでしょうか?


ヴェスタズ鉱山の秘密を巡る戦いは、これからさらに熱を帯びていきます。次話では、ゲヴァとリーフがどう動くのか、ラディクスの大剣が何を斬るのか、ぜひ注目してください!


次回はフレイダやマーレの登場も控えていて、彼女たちの活躍(とフレイダの意外な弱点?)も見どころです。コメントや応援、めっちゃ励みになります!


「ゲヴァの牙飾り、渋すぎ!」「リーフの策略気になる!」など、どんな感想でも教えてください。


Xもフォローよろしくお願いします

https://x.com/LordAshford584?t=HFseDf5_ZUh6CrrOgBXrow&s=09


次話も全力で霧の森を駆け抜けますので、引き続きよろしくお願いします!

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