プロローグ 示現流の転生剣士:星と闇の刃
【嵐の夜】
嵐の夜。首都ニージングル、トランザム・タワー最上階。
東郷零座は、青白い刃を手に、重々しい沈黙の廊下に佇んでいた。
燭台の灯が金装飾の柱を淡く照らし、影が壁面に揺れている。
だが、静けさとは時に、疑念を隠すにはあまりに脆い布だ。
「零座。恐れるな。あの者を斬れ。ログヴァリ合衆国は、おまえの剣で甦るのだ」
雷鳴のような声が空気を震わせた。
現れた男は、トランザム大統領。
金髪は光を帯び、赤のショールが闇を切り裂くように揺れる。
その声は命令にして審判――忠義という名の刃を、静かに胸に突きつけていた。
対峙するのは、一振りの短刀を構えた男。
冷えた闇を裂くような目が、まっすぐに零座を射抜く。
零座は目を閉じた。
示現流――その奥義を、静かに心の底に呼び戻す。
「初太刀に、魂を込めよ――」
時が止まったかのような沈黙が、ふと訪れる。
「チェストー!」
一閃。
剣が空を裂き、短刀が床に跳ね、男が膝をついた。
零座の刃は、すでにその喉元を捉えていた。
勝利の手応え。だが、胸にはひとつ、消えぬ影が差していた。
トランザムが手を打ち、笑みを浮かべる。
「見事だ、零座。これぞ我が剣。しかし、忠義など所詮は薄氷よ。偉大なる国に、過去の理念など要らぬのだ」
言葉は鋼のごとく冷たく、零座の矜持を裂いた。
彼は無言で刀を収め、頭を垂れる。
だがその胸には、波濤のごとき葛藤が荒れ狂っていた。
剣を以て仕えるとは、果たして何のためか。
【忠義の剣】
東郷零座――トランザム大統領の近衛にして、
示現流を極めし稀少な剣士。
その鍛錬は、鹿児島の古道場に始まる。
鋼のような教えとともに、彼の魂に刻まれたのは、忠義と誇りという二つの言葉であった。
三年前。政争が荒れ狂う大統領選の只中――
暗殺の刃から大統領を守ったその一閃に、
トランザムは初めて人としての興味を示した。
「零座。特別な男には、特別な剣が要る。私の側にいてくれ」
その声に、零座は誇りを見出した。
家族を支える手段が、祖国に名を残す道が、そこにあると信じたのだ。
だが、忠義の道は次第に靄を帯び始める。
志は、嵐のなかに浮かぶ小舟のように、揺れ、漂っていく。
【裏切りの刃】
トランザム・タワー。深夜の会議室――扉の陰より。
「帝国は、すでに我が手中にある。選挙も、取引も……すべては掌の上よ」
押し殺した笑い声が、零座の背筋を凍らせた。
裏取引。権力の私物化。
それは、彼がかつて信じた正義とは――あまりに遠かった。
翌朝。
トランザムの視線が、氷のように零座を貫く。
「聞いていたな、昨夜の話を?」
蛇のような眼差しが揺れる。
零座は黙したまま、ただ一度うなずいた。
「……失望したぞ。忠犬でさえ牙を剥けば、処すしかあるまい。私の未来に、裏切り者の居場所はない」
衛兵が銃を構える。銃口が、冷たく彼を包囲する。
反射的に柄へ伸びる手が、銃口に阻まれた。
「大統領、私は……」
「黙れ。おまえの忠義など、もう過去の遺物にすぎん」
銃声が、廊下の静寂を裂く。
胸に撃ち込まれた一弾が、零座を沈黙のなかに引きずり込んだ。
血の中で、細い声がこぼれる。
「師よ……我は、何を見誤ったのか……」
剣士の道は、深い闇に沈んでいった。
【神剣の目覚め】
目を開けば、そこは見知らぬ森だった。
土の匂い。葉擦れの音。風が木々を撫でていく。
体は幼く、小さな手が胸の星型ペンダントを握る。
水面に映る顔は、五歳ほどの少年のものだった。
白い髪に、金色の瞳――胸元には星型の飾りが揺れている。
「……ここは……?」
記憶の断片が、微かな灯のように浮かび上がる。
ヴェスタズ。遥か西方、オルログ大陸の辺境にある村。
石畳と木の家々、夜ごと灯るガス灯――それは別の世界の記憶だった。
そのとき、ペンダントが淡く熱を帯びた。
そして、女神の声が心に囁いた。
「神剣の転生者よ。汝の剣は、運命の扉を開く鍵。ゆえに探しなさい、真の道を」
零座――いや、ラディクス・ブライトモア・スペンサーは、静かに立ち上がった。
その魂に、誇りと悔いを宿しながら。
「……チェストー」
少年の声が森にこだまする。
星型のペンダントが光を放ち、物語は再び、その歯車を回しはじめた。
【あとがき】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 『神剣の転生者~霧の女神と最強の試練~』プロローグ、いかがでしたか?
今回は、零座の忠義と葛藤が織りなす緊迫の剣戟、そして予想外の転生の幕開けが描かれました。トランザム大統領の冷酷な裏切りや、零座の「チェストー!」という魂の叫びが、みなさんの心に響いたでしょうか?
特に、女神が囁くシーンは、私自身、物語がはじまると、ゾクッとした瞬間でした。読んでいて、「あ、そこ気になった!」というシーンはありましたか?
次回は、少年ラディクスとして目覚めた零座が、ヴェスタズの鉱山町でどんな運命と出会うのか――女神の囁いた「真の道」とは何か、物語の歯車がさらに加速します!
果たして、どうなるのか。ぜひ皆さんの感想や考察、お聞かせいただけると嬉しいです!
それではでは、次回の更新でまたお会いしましょう!