しあわせの形(暁の場合)
春の陽気が心地よい土曜日の午後、暁は運転する車のハンドルをしっかりと握りしめていた。助手席では、さくらが地図アプリを確認している。後部座席では、麗華が窓の外の景色に見入っていた。
「もうすぐ着くわね」
さくらの声に、暁は小さく頷いた。久しぶりの帰省。心の中で、懐かしさと緊張が入り混じっている。
車が住宅街に入ると、麗華が身を乗り出すように前を覗き込んだ。
「あ! おじいちゃんの家だ!」
確かに、道の先に見慣れた二階建ての家が見えてきた。門の前には、暁の父と母、そして弟の陽太が立っていた。暁が車を停めると、父が大きく手を振る。
「おーい、暁!」
父の声は相変わらず大きく、通りに響き渡った。
「お帰りなさい」
母は優しく微笑みかける。その横で陽太も照れくさそうに手を振っている。後ろには陽太の娘、楓の小さな姿も見えた。
「ただいま」
暁が車から降りると、麗華が飛び出すように後を追う。
「おばあちゃーん!」
麗華は母に飛びついた。母は孫娘を優しく抱きしめる。その光景に、暁の胸が温かくなる。
「楓ちゃん、こんにちは」
さくらが楓に優しく声をかけると、楓は少し恥ずかしそうに母親の後ろに隠れた。しかし、麗華が声をかけると、途端に表情が明るくなる。
「楓ちゃん、一緒に遊ぶ?」
「うん!」
二人は手を繋いで、家の中へと駆け込んでいった。
「相変わらず元気だねぇ」
陽太が笑いながら言う。
「そうだな」
暁も微笑む。弟とは年の差があったが、今では対等な父親同士として話ができる。時の流れを感じさせる瞬間だった。
夕方になり、父が晩酌を始めた。居間のテーブルには、焼き鳥と枝豆が並ぶ。陽太も加わり、三人で盃を交わす。
「なあ、暁」
父の頬は既に赤みを帯びていた。温かい目で暁を見つめる。
「なんだい、父さん?」
「よく子供は親父の背中を見て育つというじゃないか」
「言うね。まあ、昭和だけど」
「うるさい、俺はばりばりの昭和生まれだからな」
暁の軽口に、父は大きく笑う。その笑顔には、かつての厳格さは影を潜め、柔らかな温かみが満ちていた。
「その点お前はすごいな。麗華ちゃんをおなかで育てて、しかも今、背中でも育ててるんだ。俺なんかとうていかなわないすごいことをやってるよ」
「父さん……」
思わず目頭が熱くなる。かつて父に打ち明けた時の不安と緊張。そして、その後の父の変化と受容。全てが、この言葉に込められているように感じた。
二階からは、麗華と楓の楽しそうな声が聞こえてくる。暁は、もし幼い頃の自分が今の自分を見たら、どう思うだろうと考えた。きっと安心して誇らしく思うに違いない。自分らしく生きることができる未来があると知って。
「ご飯ができたわよー!」
母の声が響く。
「はーい!」
麗華と楓が駆け降りてくる足音。暁と父、そして陽太も席に着く。テーブルには、母の手料理が並んでいた。
「いただきます」
家族の声が重なる。さくらと目が合い、二人は微笑み合う。この瞬間、この幸せは、永遠に続いていくのだと確信できた。
窓の外では、夕焼けが空を染めていた。その柔らかな光の中で、新しい形の家族の物語が、静かに紡がれていた。




