009.「エロ漫画」
結局、見学した全員が漫研に入部したようだった。
部室に到着すると、そこには神宮時さんの姿もあった。全部で俺、御宅、露里、神宮時さんの4人が新入部員だ。
「こんちゃーッス!」
「やぁおつかれ!」
パソコンをカチカチやっていた部長が手を上げる。どこの席に座るとかは特に決まっていないが、とりあえず空いているところに適当に座る。
さて今日はどうしようか……考えていると御宅がしなだれかかってきた。
「佐藤氏ぃ~……恥を忍んでお願い申す」
「ん?」
「拙者に絵を教えてもらえんでござるか……」
「えぇ……なんで俺?」
「だっていきなり先輩にお願いするのは気が引けるし……我らの中で一番うまいのは佐藤氏でござるから」
「いや俺ダメだって。俺の絵なんてマネしたらお前のキャラも奇形児になんぞ」
そう。まずは自分の絵を見直さなければ。というわけで――
「部長! こないだの件、教えてください! 俺、まず何をすればいいですか?」
「ん? あぁ。貸した本は読んできたかな?」
「人体の描き方図鑑、ですよね。はい、一応読んで、ひととおり模写もしてきました」
「よし……じゃあ下地はできたね。それじゃあ……エロ漫画を描こう!!」
「!!??」
何かの聞き間違いか? ポカーンとしている俺を後目にロッカーからゴソゴソと参考書籍を取り出してくる部長。
「な、なにやってんスか部長! やめてくださいよ女の子もいるのに!」
「ボクは大真面目だよ、佐藤君。というか、神宮時君にも同じことを言ってる」
「え……」
神宮時さんのほうを見ると、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「ど……どういうことですか?」
「描きながら考えたまえ。無理強いはしない。やってられん! というならやらなくてもいいよ」
「む……」
そんな風に言われたらやらざるをえない。
「わかりました……や、やります」
「けっこう。ここに雑誌がたくさんあるから、好きな作家を選んで参考にしたまえ」
「は……はい」
見ていくと、さまざまな画風の人がいる。
線の繊細な人、豪快な人。書き込みの細かい人、アニメ的にデフォルメされた人。女体が細めの人、ブラジル人もびっくりの大盛り体形の人。
俺、別にエロ漫画が描きたいわけじゃねーしな……
あまりにも用途に特化した、肉肉しさが強調されたような絵は除外する。一方で繊細すぎるものもなんだか少女漫画っぽいので除外。結局、いろんな要素が中間っぽい、ごく標準的な表現の作家を参考対象に決めた。
「えっと、参考にする先生を決めましたけど……何を描けばいいんでしょう?」
「まずは模写するところからだ。コツをつかんだら自分でオリジナルのポーズなんかも描いてみたらいい。やってほしいのは絵を描くこと。別に話は作らなくていいよ」
――数時間後。
……なるほど。これは……難しい。
部長の意図はすぐにわかった。裸体はごまかしがきかない。
これまで服を着た人ばかり描いてきて、四肢の発生地点、筋肉の形、関節の場所などを意識してこなかった。だが、エロ漫画ではさまざまなポーズの裸体をさまざまな角度から描く必要があり、これは人体のイメージが完全に頭の中に入っていないと描けない。
ただの裸体ならまだいい……しかし、ことエロ漫画においては複数の人間が複雑に絡み合う。これをマスターすればバトルシーンの表現力も上がるに違いない。
これは……一朝一夕ではちょっと習得が難しいな。
今日はここまでにしておくか。
「ふぅ~……」
一息をつき、あたりを見渡した。
「……あれ」
周囲には、神宮時さんを除いて誰もいなくなっていた。
「あ、あれ……みんな、もう帰っちゃった?」
「……はい」
「そっか……じゃ、俺も帰ろうかな……もう暗くなってきてるし、神宮時さんもあんま遅くならないようにね」
片づけをしながら話していると、不意に立ち上がり、彼女が近づいてきた。
「……?」
「今日描いたの……見せてもらえませんか?」
「え! いや、でも……」
「お願いします。私のも見せますから……」
な……なんだ、このプレイは!?
放課後、二人きりの部室。お互いの描いたエロ漫画を見せ合うって、そんな状況ある?
――いや。
彼女の目は真剣だ。無粋な考えはやめよう。
努めて冷静に、自分の描いたモノを差し出した。
「……え……すごい……上手…………」
「そう? 神宮時さんのは?」
「あ……や、やっぱり私のはダメです」
「はぁ~? 俺のを見ておいてそりゃないっしょ!」
「だ、ダメです!」
「そうは問屋が!」
「いやっ、やめてっ!」
「はぁはぁ、観念しやがれ!」
……俺はなにをやっているんだ。
頭の中ではそんなツッコミも入れつつ、非力な神宮時さんから原稿を奪い取ることに成功した。
「…………」
うん……
なんというか……
独創的だね。
「い……いいんじゃないかな? オリジナリティーがあって……」
「わぁ~っ!」
泣き出してしまった。
――しばし時をおいて。
コーヒーを買ってきた俺が戻ると、神宮時さんはいくばくか落ち着きを取り戻していた。
「はい」
「ど……どうも……」
ズズズと飲みながら。
「さっきは無理やりにして悪かったよ。ま、なんだ。俺はむしろ親近感がわいていいと思ったよ」
「親近感……?」
「そ。今までなんか近寄りがたかったから」
「そんなこと……」
目を伏せる神宮時さん。もしかして、棘があるわけではなくて単に人と接するのが苦手なだけなんだろうか?
「神宮時さんは……なんで漫研に入ろうと思ったの?」
「そ……そうですよね。私みたいなヘタクソが……」
ヒネた考えをしやがる。お前は俺か。
「ただ理由を聞いてるだけだよ」
「あ……そ、そうですか……えっと……私、昔から絵が好きで……」
「美術部じゃなくてコッチを選んだってことは、やっぱ漫画家になりたいとかなの?」
「漫画家……?」
「ん……?」
なんか、変だな。
「……ニグレド」
「!!」
モゴモゴ下を向いていた彼女が、一瞬目を見開いてコチラを見た。
「って、なんか思い入れのあるキャラなのかな? こないだ俺の絵を見てそう言ってたけど。それが漫研に入った理由と関係あったりする?」
「え……えぇ」
「なんていう作品のキャラ? あれ俺のオリジナルのキャラなんだけど、そんな似てるやつがいるなら見てみたいな」
「いや……あの……えっと……」
何か言葉を探している様子だが、何も出てこない。
怪しい。この子はいったい魔王スペルヴィアの何を知っているんだ……?