008.「危機感」
週明けの学校。
週末どこどこに行って来たーとかチラホラ話が聞こえる中、ヒマ人どもが俺に絡んできた。
「な~スペルマン! お前休日なにしてたんよ?ww」
「あれかやっぱアニメみてたん?ww」
「も~えも~えキューン♡wwみたいな?ww」
愚民どもめ。見てたらなんだというのだ。
「えー……アニメに対して偏見をお持ちのようですが、まず言っておきたいのは、必ずしもアニメイコールもえもえキュンみたいなノリではないということです。いや、そういうノリを貶める意図はありませんが」
「wwwwwなんかwwww語りだしたwwwwww」
「え、じゃスペルマンは何見てたの?www」
「転生神子です」
「なにそれwwwwしらんwwww」
笑い転げる陽キャたち。その後ろを叡智さんがやってきた。
「うぃーす、ちょ後ろどいてー」
「お! ゆっきーおはよーっす♡」
「聞いてくれよゆっきーwwおいスペルマンww何見てたんだっけ?www」
「転生神子です」
「ブッwwwwww」
陽キャが再び噴出しそうになった瞬間――
「あーあれね。あーしはちょっと合わなかったな~」
「……ゑ?」
「あーやっぱそうか。転生モノは言外のお約束みたいなのが多いから、慣れてないとなんじゃこりゃってなるかもね」
「でも壬生の送り狼は面白かったよ~! アブない雰囲気でドキドキした! ちょっとオシャレだし!」
「よかった、そっちは合うんじゃないかな~と思ってた」
「いや~徹夜で一気見しちゃったヨ。他オススメあったらおせーて♡」
「探しとく」
「……ゑ? ゑ? ゑ???」
狐につままれたような顔の陽キャたち。数拍おいて正気を取り戻すと、猛然と突っかかってきた。
「ちょーーーーちょちょちょ! ちょまーーーーっ!!!! なになになに!? どーゆコト!? お前らいつのまに仲良くなったん!!?? デキたの!? デキちゃったの!?!?」
「あーうっせー。徹夜つったろ大声出すなアホ」
「どーゆーことだよユッキー! 俺が誘っても全然こねーくせによォ!!」
「どーもこーもデートしただけっしょ。アンタともやったじゃん? あーしいろんな子と遊びたいんよ。一巡したらまた誘うから待ってちょ」
「ぐ……ぐ……ぐぐ……!!」
ガチの陽キャと偽物の違いを見た気がする。叡智さん……強すぎるわ、この子。
「あ、そだ。ねーミキっぺーあんたアニメとか見てみん?」
「え、いやあーしはいいかな……」
「まりあンヌは~?」
「どうゆうの?」
勢力を拡大して俺んちに突撃してくるという話は本気のようだ……
反応はさまざま。引き気味で遠慮する子もいれば、呼びかけられてポテポテと叡智さんの席までやってきて、スマホをのぞき込む子もいた。
「これはね~昨日あーしが見たやつ。壬生の送り狼っつってね、主人公は田舎のキャバ嬢なんだけど~……」
――夕方。
帰り支度をしていると、教室は異様な雰囲気になっていた。
あちらこちらからアニメの話題が聞こえてくる。
まるでオセロの白黒がひっくり返るように、叡智さんがアニメの話をしたらアニメが絶対正義なんだといわんばかりに、1年C組には空前のアニメブームが到来していた。
世の中には隠れオタクもけっこういる。表立ってその話はしないものの視聴自体はしているというやつらも一躍話題の中心となり、俺に絡んできた偽陽キャどもは話に入れずキョドるばかりという逆転現象だ。
「佐藤氏……これはいったいどういうことでござるか……」
「詳しく話を聞かせてもらいますぞ、デュフw」
「はは……ま、部室いこーぜ」
3人は教室をあとにした。
――その後、教室。
(なんだ……いったい、なんなんだ、この状況は……?)
勇者は、困惑していた。
(いったい何の話をしている、やつらは……?)
ことの発端は、魔王だ。
魔王がクラスメイトに対する影響力の強い叡智という女を利用して、何か妙なことを布教した。あるいは、グルか。
何やら、誰々を殺すだとか、世界を滅ぼす者だとか、追放された魔王の逆襲だとか、物騒な単語が飛び交っている。
(何だ!? こいつらは……なぜ嬉々として語っているんだ、こんなことを!?)
筆箱内に潜ませた鏡を利用して、後ろの席で机に座って談笑している叡智を覗き見る。
(叡智ィィ……! キサマは……貴様はいったい……!!)
そのとき、勇者の脳裏に電流が走った。
(…………!!!)
(待て……待て待て待て……! よくよく見れば、あの女の姿、どこかで………!?)
褐色の肌、恥ずかしげもなく肌をさらす服装、奔放で人を惑わすような態度……あんなやつが、魔王軍にいなかったか……? たしか、名は……
(地獄の宰相の一人――エレシュキガル……!!)
込められた指の力。パキッ、と、筆箱に亀裂が走った。