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我、魔王スペルヴィアなり!!  作者: 黒っち
Phase 2.「熱い夏」
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041.「獅子奮迅」

 階下目指して通路を駆けてゆく。


「どしたネ魔王……えらく動きがニブイじゃないカ!」

「ハァ、ハァ……そ、それが……な……」


 牛島にもひた隠しにしているこの事実だが――


 今、この少女にそれを隠しても益はない。そう判断した。

 もし害意があるなら、そもそも牛島の襲撃から俺を助けはしていないだろう。むしろ今その事実を告げておかねば、今後も俺を助けてくれるとは限らない。


「実はこの世界に来てから力が出ない。今の俺はただの人間同然」

「えっ――!?」

「フッ……グガランナにも隠し通してきたつもりだったのだがな……バレたか……あるいはこの襲撃は、そのせいかも……」

「……」


 少女の目線が斜め上へ移動する。思案している様子だ。


「この際だ。何もかも白状しよう。お前は先ほど俺がエレシュキガルを差し向けたのかと言ったが、それも違う。俺はこの世界に来てからグガランナ以外の味方と合流できていない。誰がエレシュキガルなのかも知らん」

「そう……カ……」

「お前のことも聞かせろ。お前は――叡智か?」

「エイチ……?」

「違うのか? ならばお前は誰だ? いったいどこから――」

「!! 魔王止ま――」


 行く先から猛然と飛び出してきた一匹の黒い獣。とっさに首の前に出したシャオメイの腕にかみつき、その勢いのまま大きく跳躍して反対側に着地した。


「シャオメイ! 大丈――」


 少女と獣を交互に見る。

 腕から血は噴出して――いない。反対に、獣の牙がパラパラと欠け落ちていった。


「――夫、そうだな……」

「今お前、相変わらずのフィジカルゴリラめと思ったナ?」

「思ってないって」

「いーや顔に書いてあル! 見ロこの腕! この乙女の細腕のどこがゴリ――」

「言ってる場合か! また来るぞ!」


 黒い獣の牙が抜け落ちると、再びその後から新たな牙が生え飛び掛かってきた。


「ハンッ! 何度来ようと!!」


 獣の腹を蹴り上げると、ズドォンと凄まじい音とともに上空に吹き飛んでいく。

 圧巻だ。こりゃ、フィジカルは土丘以上かもしれない。牛島が叡智さんをやたらと恐れていた理由が分かった気がする――


 が。


 駆けだそうとした彼女の横っ面を、建物の下から飛翔してきた牛島が再び襲い掛かる。かろうじて爪の一撃を左手で受ける。ドスンと背後に着地した獣がそこに飛び掛かる。軽く跳躍して牛島の背を転がりそれも躱す。敵は裏拳を見舞ってくるが首の回転だけでそれをいなし、その勢いで体ごと回転しながら逆にカウンターの裏拳を叩きこむ。直後に獣がまた飛び掛かってくる。


 シャオメイの動きはあまりにも美しい。すべてにおいて無駄がない、芸術のごとき円運動。敵の攻撃はまるで暖簾に腕押しに見えるが、いかんせん2対1ではなかなか突破口が開かない。というかこの黒い獣はなんなんだ?


 そうこうしているうちにオタクゾンビたちに追いつかれてくる。


「ま、まずいシャオメイ! 後ろから人が!」

「わ、私に――」


 忙しそうに二体を捌きながら。


「かまわず行ケ!!」

「いいのか? お前――なぜ、そこまで俺を……」

「早ク!!」


 今――ここにいても、俺にできることはなにもない。


「すまない! だが策を考える! エレシュキガルは見たか!?」

「見てなイ!」


 神宮時さんの手を引きながら、建物に駆け込んだ。


 が――ダメだ。策。何もない。


 全体像が見えない。敵の目的が見えない。敵の総数がわからない。敵の姿もわからない。なにをどうしろと――?


 わからない。どうしたらいいかまったくわからない。


 漫画の練習も一緒だ。自分が今どんな実力かは、描いてみればわかる。目標とする人の上手さは、その作品を見ればわかる。自分とその人の差は、見比べれば一目瞭然。

 万事、そういうことだ。まずは自分の位置を知ること。そして目標とする場所を知ること。スタートとゴールが明確になって初めて、そこにたどり着くためになにをどうするか道筋が立つ。

 逆に言うと、ゴールが見えなければ――敵が誰なのかわからなければ何の対処もしようがない。


 立ち尽くしていると、背後でオタク集団になだれ込まれて黒波の中に消えていくシャオメイの声が聞こえてきた。


「やめっ……はな――せっ……! うぅっ……!!」


 一つだけ、わかったことがあった。


 牛島も、黒い獣も、オタクゾンビも、シャオメイの姿しか目に入っていない。誰も俺たちを追ってくる様子がない。やはり、この子と接触している間は俺も認識されないようだ。


 とりあえずのたった一つの武器。


 敵の姿が見えないならば、まずはそれを明らかにすることだ。勝利への道筋を考えるのはその後。敵は誰だ? エレシュキガル――?


 考えられるシナリオの1つめ。俺への謀反を企てた牛島がエレシュキガルと接触し、2人で俺を殺そうとした。あの黒い獣は――あれもやつらの仲間、つまり元魔王軍ってところか。


 2つめ。牛島は裏切っていない。が、エレシュキガルのチャームとかいう術にかかって操られている。黒い獣も同様か。


 3つめ。牛島もエレシュキガルも獣もみんな誰かに操られている。


 どれだ? どれがしっくりくる――?


 まず、不自然なのはこの場所。なぜこんな人目につくところで襲ってきた? いや、人目につくからか――チャームを利用する前提だから、手足となる人の多い場所を選んだということか。だとすればこれは計画的犯行。今日この時、俺たちがこの場所に来ることを知っている人間は限られている。

 俺の口からそのことを伝えてあった牛島。漫研の部員たち。そしてコスプレをしてくれるギャルたち。これらの中に、エレシュキガル本人か――あるいは、その力をここで使わせようと画策した者がいる。


 待て。そもそもターゲットは俺で合っているか?


 最初にオタクゾンビたちに襲われていたのはシャオメイだ。シャオメイはどこのどいつなんだ……? 叡智さんだとするならば、やはり漫研関係者が怪しいということになるが、そうでないならば俺たちは無関係……なんてこともありえるのか?


 俺たちが土丘に襲われたように、勇者たちも突然力に目覚めた第三者に襲われている……? だとすれば、それはなぜ……?


 だめだ。無関係な第三者に想像を膨らませても、心当たりのないものはどうしようもない。とりあえず俺に今できることは、部内の関係者を当たってみることくらいだ。まずは一歩ずつ、可能性を潰していく。


「あ……あの……佐藤さん……?」


 黙りこくって手を握りしめている俺におずおずと話しかけてきた神宮時さんの声ではたと現実に引き戻された。


「あっ……ごめん。でもタダごとじゃないのはわかるよね」

「え、えぇ……これはいったい……」

「わかんない。けど確かめるために漫研の人たちを探そうと思う」

「漫研の方たちを……?」

「それまで、いいかな? これで」

「えっ……どうして……」


 どうして……?


 この子、自分の能力に気が付いていないのか?


「変だと思わない? あんな怪物たちが目の前で襲ってきて、キミのことだけはまるで眼中にないみたいだ。飛んできた魔物には最初俺も襲われたけど、こうしてキミと手をつないだとたん見向きもされなくなった」

「それって……どういう……」

「認識阻害。路傍の石ころの如く人に気にされなくなる能力。俺はだいぶ前からキミにはそういう力があるっぽいと思ってたよ」

「……??」


 まだ飲み込めてない様子だ。だとしても。


「とにかく頼むよ。今は離さないでいてくれる? マジで命がかかってるんで……」

「は……はい……」


 切実な思いがようやく伝わったようだ。


「でも佐藤さん……さっきの方……た、助けた方が……」

「……いや」


 そうしたいのはヤマヤマだ。が、テクテクと2人で歩いて戻って、人の波をかき分けながら彼女を救出。神宮時さんと手をつながせれば、3人仲良く窮地を脱出――とはおそらくいかないだろう。


 根拠は俺の家で遊んだとき。


 あのとき、叡智さんたちはそれなりに神宮時さんに絡んでいた。4人しかいない密閉空間。会話の流れもあり、あの状態でも無視を貫くのは無理があった。つまり認識阻害はそこまで絶対的な能力ではない。無理に干渉すれば認識されてしまう可能性がある。


「――というわけで、危険だと思う。大丈夫、ただの人間がどんだけ束になろうと彼女には傷一つつけられないよ。あの子が人間を傷つけたくないから、抵抗できていないだけ。だからまずは大元を叩く手段を探そう」

「わかり……ました……」


 手をつなぎながら、エスカレーターを下りてゆく。階下には不自然なほど人の気配がない。屋上にきた人間たちで全部ではあるまい。他はどこへ行った……?


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