038.「試着」
早朝。いつもの校内ベンチ。
牛島と話すためだけにわざわざ学校にくるのは憂鬱なものだが、今日は叡智さんたちのコスプレ姿が見れそうなのでテンションも上がり気味だ。
まぁ、それはともかく……
「勇者の動向は掴めたか」
「ハッ。魔王様の仰っていたとおり、どうやらヤツは伊勢に通い詰めているようです」
「やはりな」
その情報を与えたのは俺だからな。
恐怖の力が集まれば、牛島がかなりの力を取り戻せそうなことはわかってきた。なら、勇者はどうなる?
実際、伊勢にそんなに信仰の力はあるんだろうか。あるとして、それは勇者に有効なものなのだろうか。これはテストだ。
テストだが――危険な賭けでもある。
牛島はたかだか100人かそこらの恐怖であそこまでの力を引き出した。ならば、伊勢に集まる信仰の力とはいったいどれほどのものになるのか――
場合によっては手が付けられなくなる可能性も考えられる。向こうも向こうで、それをわざわざ俺が教えたからには、俺はそれ以上の力を持っていると深読みしてくれるかもしれないが――もし襲い掛かってきた場合に備えなければならない。
ならないが、いかんせん手駒が少なすぎる。
「現状の課題は2つ。1つは、勇者への対抗策だ。ヤツが襲ってきたときに備え、恐怖を集める方法を考えておけ。ただし人は殺さずに、だ。殺せば後戻りできなくなる」
「ハッ……」
「もう1つは、キサマもわかっておろうがとにかく駒が足りん。誰かこいつは魔王軍の者かもしれないというヤツはおらんのか?」
「いえ……今のところは……。しかしどこまでの範囲を捜索すればよいのか……偶然あのクラスに他にもまだいるということは考えづらいですし」
「違うな。逆だぞ、牛島」
「はっ……?」
「だからこそあのクラスにまだいるのだ。考えられるか? この広い世界で、偶然にもこの日本という国の、大和高校という学校に、同じ年に我とキサマ、そして勇者の3人が揃っていた。そんなコトが」
「いえ……考えにくいことかと……」
「そうだ。何者かの――おそらく我々を転生させた者たちの意思が働いている。であるからには、必要な要素はすべてあのクラスに――広く考えたとしても校内には揃っている。そう考えるべきであろう」
「承知しました。あらゆる可能性を考え、校内くまなく捜索いたします」
きっかけはある。先月SNSに投稿した牛島の変態後の姿。
俺の魔王の名乗りを聞いたものは1-Cだけだとしても、その他のクラス、その他の学年の者であってもグガランナの存在はすでに認識しているはずだ。
なんとか勇者の手の者にはバレずに、魔王軍にだけ配下に加わってもらえるようなアプローチの仕方はないものか……
状況が膠着しがちなのはそこが理由だ。俺の知る限り勇者は「俺が勇者だ。我がもとへ集え」などとは誰にも言っていない。言えばクラスの魔王軍の手の者によってたかって抹殺されてしまう――かもしれないのだ。
そしてそれはこちら側も同じ。うかつに魔王軍の存在を喧伝するわけには――
いや。
いやいや。違うぞ。
そもそも俺はすでに初日に魔王であることを明かしている。しかし勇者以外に立ち上がる者は誰もいなかった。ヤツからすれば、その事実がすでに絶望的なのだ。
なぜ誰も立ち上がらなかった?
俺がただのガキだと看破され、誰も本気にしなかった――いや。勇者と牛島が信じているくらいなのに他の者が誰も信じないなんてこと、あるか?
そもそもあの2人はなぜ俺が魔王だと信じて疑わないんだ? 今更そんなこと聞けやしないが、そのあたりをハッキリさせなければ他の者が見つからない理由も見つける方法も明らかにできない気がする。
そうだ。とりあえず今できることとしては……まずはZに魔王アカウントを開設してみよう。スペルヴィアのイラストをアイコンにして、わはは我が魔王であるとかいって、グガランナの画像への返信でそれは我の配下であるとかいっておけば、誰かからコンタクトがあるかもしれない。
危険そうであれば無視してもいいし、誰かと会うことになっても牛島と事前に万全に下準備をしておくこともできるし、これならば校内に限らず手っ取り早く全国全世界から配下を集めることができる。
思い立ったが吉日だ。スマホを手早く操作し、さっそく開設を済ませた。
仮に万事うまくいったとして、配下を増やせたとしてもそれでめでたしめでたしではない。うっかり勇者を殺してしまってもいけないのだ。
殺されないようにしつつ、殺してもいけない。両者のバランスをとりつつ、本物の魔王がいつか出てきたらそのときは勇者陣営に助けを求めて乗り換える。至難のミッションだ。
そのときに助けてもらえるようにも、要所要所で勇者に恩……とまではいわないが、そういえばあのとき……と思ってもらえるくらいの何か利を提供しておきたいところだ。
信仰の力の集め方をアドバイスしてやったのもその1つ。
次は……そうだな。魔王軍のメンバーがもし今後増えたなら、そのときは勢力のバランスをとるためにも、勇者側のメンバーを増やす手伝いでもしてやるか……
先のことを考えるとどこまでも頭が痛い。
「あ、そうだ」
「はい?」
「神宮時 杏奈――彼女に心当たりはないか?」
「神宮時ですか? いえ……特には……」
「彼女の印象はどうだ?」
「印象……いえ……そういえばいたなくらいで、特に……」
コイツもか。転生前の人物に心当たりがないだけならまだしも、俺の比較的近くにいる人物であるにもかかわらずまるで関心がない様子――やはり認識阻害されている。
――待てよ。
認識阻害……?
そういう力もアリなら、そういうコトである可能性もアリか……?
神宮時さんにかかっている認識阻害は、彼女の力なのか。あるいは、彼女にかけられた力なのか。もし状況をコントロールしている”何者か”が、まだステージに上がるべきではない人間に対して抑制をかけているというのなら――現時点であの2人以外の誰も舞台に上がってこないことに対して一応の説明はつく。
謎なのは土丘だ。アイツはなんだったんだろうか。転生者ではないとするならば、あの2人にぶつけるために用意された捨て駒――
“何者か”は、勇者とグガランナを、自身が用意した駒と戦わせて……鍛えようとしている? いや、この世界になにかを巻き起こそうとしている……?
では、俺という存在はいったいなんなんだ? イレギュラーなのか? “何者か”の想定していない、乱入してきた第三者? そんなこと、ありえる?
邪魔ならとっくに排除されていてもおかしくないのではないか?
俺に神宮時さんの認識阻害が効かない理由は……?
たぶん……今のところ、俺の取っている行動は”正解”だ。
勇者と牛島を双方コントロールし、土丘のような襲い来る刺客を撃退した。世の中にグガランナの存在をほのめかすという危うい行動にまで出てしまったが……
正解だからこそ、こうして俺は何のおとがめを受けることもなく放置されている。ならば、このまま続けるしかない。
「もういい……今日はこんなところだ。解散」
「ハッ……次回はよりよい報告をお持ちできるよう、尽力いたします」
わざわざ跪こうとする牛島をシッシッと手で払い、その場を後にした。
――
午前10時。早朝の穏やかな陽気はどこへやら。日がさんさんと照り付け、立っているだけで汗がにじむ熱気が襲う時間帯が訪れた。
「チィーッス! おしゃしゃーっす!」
漫研の部室で待機していると、叡智さんたちギャル3人組が仲良く登校してきた。
「やぁやぁ、お休みのところ集まってくれてありがとう! これでみんな揃ったね。賀地目くん、早速だが例のものを」
「はい、部長」
促され、賀地目先輩がスーツケースを開けると、そこには色とりどりの鮮やかな衣装が3着入っていた。
「うわぁ~カワイ~これ~♡♡♡ 今着ていいんスか~!?」
「もちろん」
「これ、どれが誰の!?」
「えーっとね……この赤いのが叡智さん用。白いのが安井さん用。黄色いのが山田さん用」
「りょ!」
「それじゃ男子は出てるから、なんかわかんないトコあったら呼んでね」
ドキドキのお着換えタイム。
「ぐふふ……御宅氏、例のアレをやるでござるか?」
「おぉ露里氏、恒例のお決まりイベントでござるな……!?」
悪だくみをする2人に「そういうのが許されるのは漫画の世界だけだ。ガチで捕まるからやめとけ」とゲンコツを見舞う。
しばらく待つと、扉が勢いよく開いた。
「じゃーん!」
「……おぉぉ~っ!」
「どーかな……似合ってる!?」
「ん…………」
やがて、プルプルと震えだした御宅が抑えのきかない様子で暴れだした。
「んほぉぉぉぉ~~~っ!! この旨娘ちゃんたちたまんねぇ~!!」
3人が着たコスチュームは”旨娘”の登場キャラクターたち。
安井さんはチャイナドレスのショーロンポーちゃん。白の生地に金の竹模様が縫い付けられ、高級感溢れる佇まいだ。かつ、大胆なスリットが腰の部分まで開いており動けば見えてしまいそうなドキドキ感がたまらない。
山田さんは黄色い生地に白いエプロンのウェイトレス姿のペペロンチーノちゃん。3人の中では最も露出が控えめだがパスタをモチーフにした編み込みが随所に施されており、二の腕や背中、腰などからチラリと肌が見えるチラリズムがたまらない。
そして叡智さんはフリフリの衣装がとにかくカワイイアップルパイちゃん。オフショルダーのドレスの胸元は大胆に切り込まれており、彼女の日本人離れしたスタイルによって原作キャラの豊満な肉体美が完全に再現されている。
いや――
「みんなとても似合ってるよ!」
「原作キャラ完全再現!!」
周囲がやんややんやともてはやす中、俺はただ一人異を唱えた。
「待って……他の2人はいい。ただ……叡智さんはちょっともう一工夫したほうがいいと思う」
「えっ……!」
以前彼女と出かけたときに、俺はその苦労の数々を聞いてきた。だからその点に目をつぶって誤魔化すわけにはいかない。彼女自身も気にしているはずだ。
そう……2次元とは違って、”リアルの衣装はボディラインにへばりつかない”。叡智さんの豊かな胸で持ち上げられたドレスはそのまま直線的に腰のベルトへとつながっており、彼女のスタイルを太く見せてしまっていた。
「胸の下を抑える補助具……そういうものを付けた方がいいと思う……なんかそういうのないのかな? ヒモとか……」
「ベルトとかコルセットとか?」
「うーむたしかに……」
「叡智さん自身はどう思う?」
「んーっイェエーッス!! ピヨGの言うとーりっしょ!! あーしのことよくわかってるぅ♡」
ご本人からもOKが出た。
「いやでも、アップルパイちゃんの衣装はこれで完成形ですぞ。余計なパーツをつけ足せばそれこそ台無しに……」
「じゃあ、目立たない形で細いワイヤーとか透明なベルトとか」
「探してみよう」
残り1週間。大幅な改変は難しい。その辺で売っているものでなんとかするしかない。
部長が指揮を執る。
「それじゃあ班を分けよう。叡智さんたち3人と、加えて神宮時さんたち女子部員はそっちの方をよろしく頼む。男子部員は夏コミに向けた準備だ」
「あれ? 賀地目先輩、もう執筆は終わったんじゃないんスか? あと何をやるんです?」
「今鋭意印刷中。本は業者さんに直接搬入してもらうからもうやることはあんまりないけど、当日誰がサークル参加するのか、それ以外の人はどうするのか、設営の段取り、売り子の交代、などなど……その辺を決めておきたいね」
よく知らないままなんとなく手伝っていたが、どうもジェリーCサークルメンバーとして入場できる人数は3人だけらしい。
それ以外のメンバーは別途チケットを購入して一般客として参加が必要なのだ。それにコスプレ参加をするメンバーには別途コスプレ登録の費用も必要だとか。
ただし、そのあたりは諸費用として賀地目先輩が全部負担してくださるそうで、そのうえ打ち上げに焼肉もおごってくれるという至れり尽くせり。これは参加しない手はない。
俺はバイト経験すらなかったので正直いきなり売り子とかハードルが高いのだが、何事も経験だ、せっかくの機会にやってみるのも悪くない。
説明を聞いていると、売り子を一定時間ごとに交代して、休憩中は他のサークルの本を見て回っても構わないとのこと。なんとも楽しそうではないか。
「はいはいはーい! 拙者、ぜひ参加させていただきたく候!」
「拙者もでござる!」
「じ、じゃあ僕も……」
新入生は皆、こぞって手を上げた。
いいねいいね。青春って感じだ。野球は外野から応援してるだけのその他大勢って感じだったが、こっちはメインキャストの一人として楽しめそうだ。
今年はまだお手伝いさんの立場だが……いつか自分の手でも主催できたらいいな……なんて。ちょっぴりそんなことを思いながら、ワクワクするのだった。