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我、魔王スペルヴィアなり!!  作者: 黒っち
Phase 2.「熱い夏」
37/41

037.「来年こそは」

 四回表、大和高校の攻撃――


 球場は、異様な雰囲気に包まれていた。


 白熱の投手戦になると誰もが思っていたこの一戦。

 なんと、すでに0-11と遅実高校の圧倒的リードとなっていた。


「2番。ピッチャー、小谷君」


 アナウンスが鳴り、肩で息をしながら小谷君がベンチから力なく歩いてくる。


「いけいけ小谷ィ! 気合みせろオラー!! かっとばせー!!」


 応援団が喉を涸らしながら叫ぶ。


 どうしてこうなった……


 いや。思えば投手一人の力でここまで来れていたこと自体がすでに奇跡だった。他の選手たちも試合を経るごとに少しずつ上達はしてきていたが、いかんせん地力が足りなさ過ぎた。

 対戦相手のバント、エンドラン、盗塁など多種多様な攻撃のバリエーションにフィールディングがまるで追いつかず、送球ミス、捕球ミス、後逸、フィルダースチョイス、その他記録に残らないミスを連発。

 もはや自軍は虫の息……いや、死体蹴りの様相を呈し始めている。


「ットライーッアウッ!」

「あああぁぁぁぁぁあああああ!!」


 球場がため息に包まれる。


 五回。六回。七回――ミスは止まらない。もはやブレーキの壊れた暴走列車だ。


 0-16、0-23、0-31――


 とうとう、球数が200球を超えた小谷君は、交代を告げられた。

 実質的な試合終了――だ。


 ――


 試合が終わり、無言で球場の外に出てきた応援団たち。

 今ここで「よっしゃあこれで叡智が小谷と付き合うって件はなしだな!」などと空気の読めないことを言うやつはさすがにいない。土丘が健在ならば言っていたかもしれないが……


 ここまで全試合で指揮を執り、一番勝利を喜び、一番ショックを受けたであろう叡智さんが気丈にも皆を鼓舞する。


「ちょっとなーにみんなぁ! テンション爆サゲか! ホラデコピンももうすぐ出てくんじゃないの!? こんなシケたツラ見せるつもり!? 拍手で出迎えてあげよーよ!!」

「そ……そーだな! よっしゃーみんな出口に並べ並べ~!」


 伽羅君がそこに乗り、盛り上げていく。


 やがて、肩をアイシングした小谷君を含む野球部メンバーたちがジャリジャリと歩いてきた。これで引退となる3年生たちや、自身の不甲斐なさを突き付けられた2年生たちは一様に泣いている。


 そんな中にあって、意外にも小谷はあっけらかんとした表情だった。


「おつかれーデコピーン! ナイスファイトだったよ!」

「おう叡智! 応援ありがとな! いやー負けちまったわ! すまんが反省会とかあるからまた後で話そう!」

「おけまる~!」


 手短なやり取りで彼はそのまま列の外まで歩いていき、やがて野球部の面々揃って応援団に深々と頭を下げ礼を言って去っていった。


「は~……な~んだ、気ィ使ってソンした。案外ケロっとしてたなあいつ」

「まぁまだ1年だしな。スカウトっぽいのもメチャ来てたしもうアピールはバッチリってことっしょ」

「万年1回戦敗退の弱小校率いて地方大会の決勝戦進出だもんな~。決勝こそガタガタに崩れたものの準決までは投げては完封連発、打ってはホームラン連発。漫画かよ」

「てかあいつなんでこんなトコ来たんだろな」

「謎」

「誰か聞いてないん?」


 緊張の解けた1-Cの面々は、口々にそんな話をしていた。


 ――


 しばらくして。


 小谷君と会話し終えたらしい叡智さんが戻ってくると、待ってましたといわんばかりにクラスの連中がコトのなりゆきを聞きだそうと食いついていく。


「ちょちょちょ、落ち着け―! ホラこんな球場の近くでいつまでもたむろしてたら皆様の迷惑っしょ! またガッコで説明しますからー!」

「アホ、もう夏休みだろ! 今言え、今!」


 躱そうとする叡智さんだが追い詰められていく。俺もついつい聞き耳をたててしまい、耳が大きくなる。


「あ~もう、しょうがないなぁ……せめてホラ、あの木の下あたりとか、動線の邪魔んならんとこいこ」


 そうして球場の敷地の隅っこのほうに誘導されると、事実説明が始められた。


 いわく、やはりというか、聞きたくなかった事実というか、叡智さん的には彼と付き合うことに対する抵抗感のようなものはないので、負けはしたけど別に付き合ってもいいよというふうに伝えたらしい。

 しかし、小谷君はその申し出を辞退。約束は約束だからと、来年こそは約束を果たすためにいったん保留とさせてくれと。

 叡智さんとしては、小谷君が今のところ有力候補ではあるものの、一年待つとは約束できないよということも伝えたということだった。


 2人の今の気持ちを慮って大々的に喜ぶやつはいなかったが、内心誰もかれもガッツポーズをしている雰囲気はありありと伝わってきた。


 そうか……この話は、保留になったか……


 ――


 8月に入ると、今度は夏の甲子園が始まった。なんとなくテレビで見ていると、どうも広島将高校というところがバカ強いらしい。


「4番。ピッチャー、烏丸君」


 テレビに映し出されたプロフィールや成績を見て目玉が飛び出る。


 小谷君と同じく1年生。そして地方大会の成績は13打数13安打13本塁打のパーフェクト。投げては3年生エースとのローテーションで3試合を投げ、最速160km/hを計測。全試合ノーヒットノーランを達成しているとのことだ。


「嘘だろ……こんなやつがいるのか……」


 思わず言葉がこぼれた。

 もし……もし、小谷君がやろうとしていたことがこれなら。地方の弱小高校から投打の大活躍で全国区にのし上がり、一躍スターダムに躍り出ようとしていたのなら。

 もう無理だ。こいつぁ完全に上位互換だ。これまでSNSなどで密かに話題になっていた小谷君だが、改めてチェックしてみるとすでに”広島将高校の怪鳥・烏丸 強”に話題をかっさらわれていて、彼の名前はまったく挙がらなくなっていた。


 案の定、第一試合は広島将高校が投打で圧倒し、次戦へ駒を進めることになった。


 試合が終わるころ――


 ピコン、とLIZE通知が鳴る。


 賀地目先輩からだ。夏コミのグループLIZE宛に、「3人のコスプレ衣装が届きました。試着いただきたく、明日以降、部室に集まれる日ありますか」と来ていた。


 すぐに、叡智さんから「明日朝からいけまーす!」と返事がくる。そして他にコスプレを引き受けてくれた安井さん、山田さんからも同意のスタンプが続く。


 そうだ。いつまでも野球の話はしていられない。夏コミは1週間後に迫っていた。

 コスプレ衣装の費用は賀地目先輩持ち。ちゃんとした業者に発注して作ってもらったらしい。グループに送られてきた写真からでも、チャチさなど全く感じない質感、ボリューム感、色彩感などがうかがえた。


 こりゃあ明日が楽しみだ……!


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