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我、魔王スペルヴィアなり!!  作者: 黒っち
Phase 2.「熱い夏」
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036.「決勝戦開始」

 大和高校野球部の快進撃が続く。


 ただのワンマンチームならばすぐに負けそうなものだが、小谷君は守備練習を意図してかときにはランナーを出しつつ、締めるところは締めるというスキのなさで、徐々にチームとしてのレベルも高まりつつあった。


 応援団の効果もてきめんか、最初は動きの堅かった選手たちも試合を追うごとにほぐれていき、4回戦ではとうとう他のメンバーから初安打も飛び出した。


 7月末――とうとう残すは第八試合。遅実高校との決戦のみとなった。


 テンションが高まり続ける1-Cの中にあって、対照的に俺の気分は晴れない。

 土丘の事件から2週間――警察も、勇者も、牛島も、何も動きはない。不気味なほど沈黙を保っている。


 牛島が担任として彼の家に「しばらく登校していないが何かあったのか」とシラーッと連絡を入れたところ、「知らない。もともと家にはあんまり帰っていないから、学校に行ってるのか行ってないのか把握していない」というなんともそっけない返事が返ってきたらしい。


 やはりというか、ああいう人間はえてして家庭環境に問題のある子だったりするのか――我が家のごく普通の両親を思うと想像がつかない世界だ。

 俺からすればクソヤローでしかなかったが、彼には彼なりの苦しみや悩み、渇望、世の中への不満や怒り……そんなさまざまな想いがあったのかもしれない。


 この閉塞した状況。打破するにはやはり神宮時さんだ。あの子の持っている情報をなんとかして引き出したい。


 もう少しお近づきになりたいが……拒否感スゲーんだよなぁ、あの子……どうしたもんか……


 ニグレド様で釣るか……? ブラックノートは他にもある。他のも見せてあげるからついておいでとおびき寄せるのはどうだろうか……なんか人さらいのオッサンみたいだが。


 そんな定まらない思考をグルグルと回していると――


「どうしたでござる佐藤氏?」

「なーんか浮かない顔でござるな」


 と、御宅と露里がひょっこりと顔を出した。

 放課後の図書室。部室に夏コミ追い込みモード戒厳令が敷かれたことにより立ち入りづらくなったので、新入生連中はなんとなくここに溜まっている。


「うん……なーんか、ね……」

「わかる。わかるでござるよ。みんな口には出さないでござるが、刻一刻と叡智氏が小谷氏のモノになってしまう瞬間が近づいていると思うと憂鬱にもなろう」

「佐藤氏は特に隣の席ということもあって彼女からよく構ってもらっていたでござるからなぁ……ww アレ、オレもイケんじゃね? とか勘違いしてしまうのもやむなしでござるww」

「バーカそんなんじゃねーよ……」


 あながちまったくのハズレでは、ない。


「元気出すでござる。拙者たちにできることといえば、せいぜい彼女たちのあんな姿やこんな姿を鑑賞して楽しむことくらい。そういえば夏コミでギャルたちにコスプレいただくという案は部長や賀地目先輩の許可は得られたのでござるか?」

「あぁ」


 ガッツポーズをする2人。


「あ、そうだ。その話なんだけど……神宮時さん」


 少し離れたところに座っている黒髪の少女に声をかける。


「……?」

「神宮時さんも、叡智さんたちと一緒にコスプレしてみない?」

「こすぷれ……?」


「ちょっと佐藤氏!」


 コソコソ声でツッコまれるとともに、ドスッと肘を入れられる。


「ゲホッ。なんだよ……?」

「神宮時氏にその話を振るとかいくらなんでもハードル高すぎでござろうww」

「うむ、叡智氏ら見目麗しいギャルたちの中に神宮時氏を放り込むとか鬼畜でござる」

「……」


「ちなみにお前ら、神宮時さんと付き合えるとしたらどうする?」

「え……まぁ、そりゃ、拙者たちも独り者でござるから……贅沢は言わないでござるが……」

「歓喜感涙かと言われると……ねぇ?」


 やっぱり、コイツらにはあの子の美しさが認識できていない模様だ。

 彼女も勇者や牛島たちと同じように、なんらかの魔法的な力を持っているとすれば……さしずめ認識阻害――異世界の敵たちに目を付けられないように路傍の石ころの如く擬態しているということか。


 俺には通じないのはなぜだろう? もしかして俺……”魔術殺し”の特殊能力持ちだったりするのか……?


 ――


 そして、野球部の第八試合当日。


 その日は、何も異常はなかった。

 一つだけいつもと違っていたのは……明日辺と神宮時さんの2人が応援団に参加せず、欠席していたことだ。


 そもそもこの活動は任意参加。授業時間に実施する場合は参加率が高いが、試合が土日開催となる場合は参加率が若干減る。これまでも欠席者はちらほらいたのでそれ自体は特に気にするほどのことでもないのだが――


 明日辺と神宮時さんの2人……ということが、妙に気になった。


 あの2人……何も接点ないよな……?


 明日辺が勇者であることを知っているのは俺と牛島の2人のみ。神宮時さんが勇者としての明日辺に何か接触を試みる理由はないはずだ。


 明日辺は……どうだろうか。ヤツが常日頃俺の動向に気を配っているとすると、同じ漫研に所属していることくらいは把握しているだろう。


 しかし、同じ部というだけでなにかされるものだろうか……?


 俺と彼女が特段仲のいい様子は客観的に見て、ない。

 魔王の事情を知っている者――みたいな疑いで接触するなら、第一に叡智さんがターゲットになるはずだ。


 杞憂……か。


 考えを巡らせているうちに、とうとう運命の一戦が幕を開けようとしていた。


「おしゃー! ヤマコー応援団、いっくぞー!!」

「おー!!」


 ダーッとスタンドに駆け上がる1-C応援団のメンバーたち。

 周囲の観客の視線が集まるが、次いでグラウンドに両チームが駆け出してくるとすぐに全員の目線がグラウンドに戻った。


「ただいまより、大和高校対、遅実高校の試合を開始します」


「始――」


 叡智さんが飛び上がり、チアリーディングの音頭を取ろうとした瞬間。


 ドッ、と、割れんばかりの楽器の音が鳴り響いた。

 吹奏楽部だ。西東京大会決勝というこの大舞台に間に合わせて、学校を挙げた応援体制が組まれていた。


「うわスゴこれ! どーするみんな!? ウチら勢い負けてね!? 古参の意地見せっぞらぁ~!!」

「うおおおおおお!! 新参に負けんな~!!」


 1-C応援団も負けじと盛り上がる。


「1番。センター、村上君」


 アナウンスが鳴り、大会を通じて成長してきた切り込み隊長がバッターボックスに立った。彼は当初8番だったが、ここまでチーム2番目の打率となる1割2分5厘を叩き出しこの決勝では1番バッターに昇格した。


 投手の第一球。直球を果敢に振りに行くが空振り。

 この大会、ほとんどの相手投手はまずコレだ。小谷君以外の打者に打たれることは想定していないので、簡単に直球でポンポンストライクを取りに来る。

 バッターはそれをよくわかったうえで直球を読んで合わせに行った。が、空振りした。


 つまり……相手の球は速いってことだ!


 結果は、三球直球で一球もカスリもせずに三振。

 さすがに決勝ともなれば――王者遅実ともなれば簡単にはいかなそうだ。


「2番。ピッチャー、小谷君」


「うおおおおおおおおお!!」

「小谷ィィィィィィ!!!」


 天地をひっくり返したような大合唱と専用応援曲が流れだす。


 ここまで全試合で4番に座ってきた小谷君だが、この試合では2番という変則オーダー。

 これはそう打席は回ってこないという読みだろう。1番バッターの村上君は3番バッターを兼ねていて、8、9、1、2が本当のクリンナップという布陣になっている。


 ここまでの彼の成績は15打数13安打11本塁打――打率8割6分6厘。

 さぁ、天下の遅実のエースはどうする――!?


 第一球――


 直球だ!


 1番バッターに見せたそれとは質の違う剛球が胸元に投げ込まれるが――


 小谷君はその大きな体からは想像できないほどのコンパクトな振りで鋭くバットを振りぬき、打球は一直線にライトスタンドへ。


「いったぁぁぁぁぁぁああ!!」


 沸き立つスタンド。


 しかし、結果は惜しくもファール。ニヤリと笑いあう投打の二人――これはいったいどういう意味の笑いなのか。


 第二球――


 また直球だ!!


 今度は前に飛ばず、ファール。アウトコースに外された。しかしここまで立て続けに直球勝負などしてくれる投手はいなかったので彼も逸ってしまったのか。思わず手が出てしまった様子だ。


 第三球――


 一球目と同じようなインコースへの球。また直球か――!?


 再び腕を折りたたんで鋭く振りに行く小谷君だが、球は直前で鋭く落ちる。振りが鋭い分、軌道変更に対応できない――


 ――三振。


「うわあああああああ!! マジかぁああああああ!!」


 今大会初の三振を喫した。

 これが……全国レベルの投手……!!


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