028.「第一試合」
7月。
夏休みと、期末テスト。海開きに、夏コミの執筆追い込み――嬉しいやら、憂鬱やらのこの時期に――もう一つのメインイベントが始まろうとしていた。
「それでは授業を始め――あれ……? おい、入須に叡智、小谷、伽羅、佐藤……茂部と安井もか。えらい休みが多いな今日は」
「さぁ~夏カゼですかねぇ~w」
「え、マジどこいったんあいつら?」
行先を知っている者はニヤニヤと笑い、知らない者は何が起こっているのかとキョロキョロと焦る。
同じ時刻――
とある地方球場では、大和高校vs後生高校の第一試合が始まろうとしていた。
「うぉーすみんなー! 今日はマジありがとー!」
「うぇーいw」
「おはよう」
俺たちは各々の家の方向から球場へと集まってきた。平日日中に堂々と制服でサボるわけにはいかないので、私服で選手たちのママさんやヒマしてるおっさんたち観戦者の中にシレッと混ざる作戦だ。
呼びかけに集まったのは2人。一人は叡智さんと仲の良いギャル集団の一人である安井さん。その中でも彼女は特にノリが軽く、つまらない授業を受けるよりかは地方大会の一回戦でも見てた方が面白いと思ったらしい。
もう一人はクラスのカーストでは中層に位置する、可もなく不可もなくな集団の一人である茂部君。中学までは野球をしてて小谷君ともたまにしゃべるらしいので、せっかくだから行こうかという気になったらしい。
飲み物を買ってきて席に着くと、ちょうどノックがはじまっていた。
相手の選手はまぁまぁソツなくこなしている。一方で、ウチの選手たちの動きはぎこちなく、ポロポロとこぼすシーンも多いように見えた。
「どうすか、解説の茂部さんww」
と、伽羅君が実況と解説みたいなイメージプレイを始める。
「うーん大和高校の選手たちは動きが硬いですね。これは相当な実力差があります」
「ズバリ、予想は」
「13-2ってところでしょうか」
「wwww」
2人が笑っていると、叡智さんはプクーッと頬を膨らませた。
「そう怒るなってゆっきーww」
「他の観客もみんなそう思ったはずだよ。でも……すぐに開いた口も塞がらなくなるさ」
やがてノックが終わり、双方の選手がベンチから駆け出してきて試合が始まる。
先行は大和高校。1番、三振。2番、三振。3番、三振――三者連続三振でアッサリと初回の攻撃が終了した。
「うーん今の攻撃、どうすか茂部さんww」
「相手投手の球の速さについていけてませんね。上位打線があの調子だと、大量点は望めないでしょう」
そしてその裏、相手校の攻撃。
ダーッと、小谷がダッシュでマウンドに上がる。
「ホラゆっきー、小谷出てきたぞ小谷! 声出せ声!」
「え~でも、邪魔んなると悪いしぃ~……」
珍しくモジモジする叡智さん。かわいい。
「や~んモジるゆきぽよもきゃわぽよ~♡ 一緒に声出そ♡」
安井さんが手を取ると、決心したようだ。
2人立ち上がり――
「小谷~~~~! 気合入れろ~~~~!! ア~~~~ゲてけ~~~~~~!!」
ハッとしてこちらを見る小谷君。一瞬帽子のつばに手をかけ挨拶を返すような様子を見せると、すぐに目を伏せた――が。如実に気合が入ったように見える。
「ヤバww なんかオーラでてきてねww」
そして第一球――銃声のような破裂音が鳴り響いた。
明らかに相手校の投手とはケタが違う音。イケイケムードで声を出していた相手ベンチは一瞬で静まり返る。
「おしゃおしゃ! キャッチャーちゃんと捕れるようになってんじゃん!」
第二球。第三球。かすりもしない。あっという間に三振をとった。
二番バッター、三番バッターも同様だ。攻守交替。
「Fooooooo小谷さいっこぉ~!!」
「どうですか、解説の茂部さんww」
「想像以上です。点さえ取れれば勝ちでしょう。点さえ取れればね」
「4番、ピッチャー、小谷くん」
アナウンスが鳴った。
「キターーーーーー!!」
大騒ぎする若者集団。
「みんな立つべ! 応援応援―っ!」
「よしゃよしゃww」
「ち、ちょっと待って、なんていえばいいの?」
「んなのノリでオケオケww」
「イケイケ小谷! 打て打て小谷ィ!!」
――相手投手。
彼は、露骨にイラついていた。
(ケッ……なんだぁあの女どもは……? チャラチャラしやがってクソが。あ~クソ、なんだよ過去のビデオを見る限り楽勝の相手だと思ってたのによォ、なんだこの一年は……?)
チラとバッターボックスを見る。どっしりとした構えだ。途方もなく体が大きく見える。
(一年坊主がいっちょ前に木製バットでスラッガーぶりやがって……春まで中坊だったやつに俺のまっすぐが打てっかよ)
キャッチャーからストレートのサイン。アウトコース低め一つはずしたところに構えられるが――
(なんだその弱気なリードは!? 様子見かぁ!? ナメんな……洗礼をくれてやるッ!!)
第一球。放たれた速球は、一直線に打者の頭へと向かっていった――が。
小谷はわずかに身を引くだけ。頬を風が斬る音を聞こえるほど、顔スレスレを通って球がミットに収まった。
「てめー舐めてんのかコラァ~! ッスゾオラァ~!!」
チャラ男から野次が飛ぶ。
(ケッ、なんだ危ねぇ、ヒヤヒヤさせやがって……マジで当たるかと思ったじゃねぇか。コッチの方は所詮中坊レベルか。まっすぐの速度に全然反応できてねぇ)
キャッチャーからスライダーのサイン。再びアウトコース低め。
(よーし……次はコイツだ。中坊レベルじゃ、この変化は見たことねーだろ!)
第二球。放たれたスライダーは、ド真ん中から打者の手元で急激に外へと曲がり――
小谷の体が泳いだ。
(もらったァ!!)
目いっぱい手を伸ばし、膝をついてすくい上げる。スパァン、と、乾いた音が鳴り――
(……ゑ?)
打球はライトポール際を通過し、遥か彼方――場外へと消えていった。
「きゃあーーーーーーッ!!」
抱き合って飛び上がる少女2人。
「どうすんのアレ!? ボール外に出てっちゃったけどもっかして打ち直し!?」
「バカアレはホームランだよ! サッカーのゴールと同じ! 1点入ったの!」
「これは……勝ちましたね」
結果は――3対0。
打っては3打席3本塁打、投げては9回96球、22奪三振。
地方大会の片隅で、公立校から怪物がエントリーした瞬間だった。