027.「旋風の予感」
慌ただしかった少女たちの家庭訪問から数日後――
放課後、いつものように部室に行こうとすると、叡智さんに手を掴まれ引き留められた。
「ねね、ピヨじろ! ちょっとお耳を」
「?」
耳を近づけると、暖かい吐息が襲ってくる。
「実はあーし、デコピンの応援にクラス全員でいっちゃうかとかケーカクしてんだよね。でねでね、男子は学ランで、女子はチアコスで揃えたいなと思ってんだけどどうかな!? あもちろん衣装代はあーしがバイトして稼ぐ!」
「……」
「え、なになにその話~面白そうじゃんww 俺も混ぜてよww」
耳元で話した意味は……。割と声が大きく2つ後ろの席の伽羅君にも丸聞こえだったようだ。ズカズカとやってくる。
「お~いみんムグッ!」
「ちょっと待って」
俺は他の連中を呼ぼうとする彼の口を塞いだ。
「叡智さん、まず……小谷君の応援に行くのはいいことだけど、試合は平日日中だよ。キミの都合のためだけに授業を中止して行くのはまず学校や牛島先生の許可――それに他の生徒の同意も得られない」
「わーお火の玉ストレート……ピヨちゃ~んキミ意外と容赦ないねぇ」
「あ……いや……」
しまった……普段人に相談されることなんてないので、つい牛島と話すようなノリで容赦なく返してしまった。ウルウルと目を潤ませながら見上げてくる叡智さんの姿が目に入る。
もちろん、この子が今まで築いてきた感謝、信頼、好意という財産は大きい。この子のためならば一肌脱ごうという人間は多いに違いない――俺だってその一人だ。
しかし一回戦から全員引き連れて応援に行くというのはやはり無理がある。最大8回――もし甲子園に行くことになったらもっとか――授業を中止しなければならないのだから。そういうことも加味すると――
「……二回戦までは、有志だけで休んで行こう。二回戦すら超えられないようならそこまでだ。……ただもしも、万年初戦敗退の我が校が二回戦を突破ということになったらどうだろう? 二回戦も勝てば、三回戦は――」
「天下の日太三だ!」
前の席から、地方大会の組み合わせ表を持った入須も入ってきた。
「三回戦で日太三と激突。大和高校始まって以来の一大事だ。そんときゃもう小谷とユッキーだけの問題じゃねー、クラスを挙げて堂々と応援に行けるってスンポーだな!」
ぱあっ、と少女の目が煌めく。
「叡智さんから声を掛けたらオオゴトになる。だからまずは俺たちが有志を集めよう。入須君、伽羅君、それでいいね? 俺たちの方でそれとなく”小谷の応援って行く~?” とか声をかけて、”行きたい!” って自分から言ってきたやつだけを一回戦、二回戦の小規模応援団に加える。三回戦のクラス参加については俺から牛島先生に話を通しておくよ」
「お前……策士やのぉ~w」
「オーケオーケ! よっ! 軍師佐藤!」
2人の同意は無事得られた。
「あと衣装だけど……1着5000円そこそことして30着で15~20万円。予選開始まであと1か月弱。1か月では無理だよ」
「しょんなぁ……」
またぴえんな感じになる叡智さん。
「……一つだけ心当たりがある。いけるかわかんないけど、掛け合ってくるね」
「マジかよお前ww」
「ピヨじろ神か!?」
驚愕する3人を残し、とりあえず教室を出た。
少し考える。例えば漫研で部長と賀地目先輩に夏コミで彼女にコスプレしてもらう話をしたとする。集客効果抜群なハズだから20万円くれ――! は……ダメだなさすがに。
他にも何かないか思案するがやはり何も出てこない。やっぱアレしかないか――
――
「20万円よこせ」
「ハッ」
結局、牛島から巻き上げることにした。
ついでに三回戦に進んだらクラスで応援に行く旨も話を通しておく。
「なるほど……叡智が主導する野球の応援活動を通して、彼女に協力的な人間と非協力的な人間を炙り出す……意義のある活動と考えます」
いい感じに納得してくれた。
「しかし私の軍資金にも限りがあります。ズバリ本日時点で251万4936円。月々2万ほど貯金はするようにしておりますが、それくらいの規模感とお考え下さい」
「心得た。優先度を吟味し、計画的に使わせてもらうようにしよう。苦労をかけるな、牛島」
「滅相もございません。魔王様のために貯めていたものでございます」
はーーいゴメンなさーーーい!! 本物の魔王様、忠臣があなたのために貯めているお金、たぶん一回戦で負ける野球部の応援のために使おうとしてまーーーす!!
しかし小谷君の実力はどの程度のものなのだろうか? 練習を見に行ってみるか――
――再び、教室。
「……というわけで、学校から予算が下りることになったよ」
「許可出んのはや! ばや! ピヨじろ神~てかピヨG!! さいっこぉ~♡♡♡」
ぎゅうう~と、思いっきり抱きしめられる。天にも昇る心地とはこのことか。
「くぅ、コノヤロー金の力で……まぁ20万だしなぁ……」
「ここは目をつむるか……」
2人はグチグチ言いながらも見逃してくれた。
「それよりさ、俺まだ小谷君がどれくらいやるのか見たことないし、勇んでコスチューム買いそろえる前にまず練習見に行かない?」
「いいね~行っか!」
「てかユッキーお前小谷の練習見たことないん?」
「そりゃあるっしょ! なんかね~なんか……すごかった!」
「……」
なんもわからん。とりあえず行くしかないか。
ウチの学校はグラウンドが狭いので、野球部がパコパコ球を打つと他の部の迷惑になる。
なので、どっか別のグラウンドを借りて練習しているらしいがそれがドコかは知らない。
叡智さんの案内で、4人で向かうことになった。
――学校から3つ離れた駅。そこから、さらに徒歩15分ほど歩いた先。
野球部の借りグラウンドは、えらい離れた場所にあった。
「ふぃ~着いた着いた。こんなとこまで毎日練習にくんのだっるそ~ww」
と、伽羅君。
「アイツはアップがてら走って行ってるって言ってたな~」
「へぇ~」
叡智さんの言を聞いて、俺は少し思った。
小谷君ってもしかして……本当にけっこうやるのかもしれないな……なんか、意識高そうだ。
やがて掛け声が聞こえてきて、次いでグラウンドが見えてきた。
「おっ! あっこあっこ~! 行こ行こ!」
「どれどれ~一つ小谷がシゴかれてるとこでも拝んでやりますか!」
フェンスに駆け寄り、中を覗き見る――が。
「オーエ! オーエ!」
「声が小さい!」
「オーエ!! オーエ!!」
カーンッ……パシィッ……
顧問らしき大人からノックを受けている部員。
無言でひたすら外野を走り続けている部員。
「あれ……デコピンいね~な~……」
見渡しても、彼の姿はなかった。
「あいつ、ユッキーの前でだけいいカッコして普段練習してないとか――」
と、入須が軽口を叩いた、その瞬間。
ボゴォォォッ、と、凄まじい打撃音が鳴り響いた。
「いっ!? ナニナニナニ!?」
「あ……みんなこっちこっち! ベンチの向こう側にいるみたいだ!」
ベンチの死角で見えない部分に、ブルペンがあった。
小谷君はそこで投球練習をしていた――いや。
再び、拳銃と間違うような強烈な乾いた音。
「なにしてんだあれ……? イジメか?」
見れば、キャッチャーが全身フル装備で捕球に挑んでいる。にもかかわらず、彼の球を全く捕球できず、全身アザだらけになっていた。
「あれは……投球練習じゃない。キャッチャーの捕球練習だ……」
半泣きで捕球にチャレンジし続けるキャッチャー。
「イケますイケます、もうちょいです! 5分の力だってすぐ捕れるようになったじゃないすか! 6分の力も1週間もすればイケるようになりますって!」
と、小谷君は励ましの言葉をかけていた。
「ろ……6分!!??」
叡智さんはよくわかっておらずきょとんとしているが、男衆は目を丸くして顔を見合わせた。
はっきり言って、異常だ。バッティングセンターでもあんな速い球は見たことない。おそらく軽く130km/hは超えているだろう。それが6分の力だと……?
「も……もういい。わかった、叡智さん――さっそく発注しよう、コスチューム。こりゃ旋風が巻き起こるぞ、甲子園に……!!」