026.「確実にヤッてるわねこれ」
結局絵を描かされ、膝を抱えて顔を伏せてしまう神宮時さん。
「ごめんて~でもホラピヨじろだけアレじゃかわいそ~じゃん? しゃーなししゃーなし! 切り替えてけ~!」
バンバンと背中を叩く叡智さんに、黒髪の少女は逆襲に出た。
「……るいです」
「え?」
「ずるいです」
「ええなんで!?」
「お2人は普通に上手な絵を描いただけで、何も恥ずかしいところ見せてません……お2人もやるべきです」
「ん……ん~……」
「ど~するゆっき~? ウチらのハズいとこって……」
「あるか~?」
2人で腕を組んで悩む。羨ましいねぇ、心の中フルオープンな方々は!
「あ、まぁしいて言うならアレかな~」
「私はアレかな~」
――アレ、とは。
まずは山田さんのターン。
スマホの検索履歴を見せてもらうことになった。
そこには、メイクの仕方、とか、ファッションブランド名とか、流行りのバンド名とか無難な内容が多くを占めていたが――中には、毛の処理の仕方、とか、避妊の仕方、とか、そういう行為のテクニックについて調べたような生々しい履歴もあった。
「フ〇ラ〇オ コツ……〇液 飲む 危険……と……。おわ~……お主進んでるな~……」
「やめw 読みあげるなし~w やだ~これダメだって~アチくなってきたぁ~」
さすがに恥ずかしそうに顔を仰ぐしぐさを見せる山田さん。
が、恥ずかしがっているのは彼女だけではない……これは気まずすぎる……!
全方位爆撃が完了し、続いて叡智さんのターンとなるが――
「あーしはねぇ~まりあンヌと比べっとガキっぽくてこれハズいんだけど~……実は、まだパパと一緒にお風呂はいってまーす!」
「!!」
ざわ……ざわざわ……
さすがにこれは山田さんも知らないことのようだった。彼女と俺、2人で顔を見合わせる。
え……? パパって、実の父親のことだよな……? そういうパパのことじゃないよな……? いやどっちだとしても……!
ダメッ……! 中学生までならまだしも……高校生はダメッ……さすがにダメッ…………!!
このボディを目にしてパパ……耐えられるわけなしッ…………!!!!
「え……なんで……? って、聞いてもいい?」
「なんでっつか昔からずっと入ってっし~やめる理由もまだないってかあーしのしゅきぴパパだし♡」
「!!!!」
ざわ……ざわざわ……
「そ、それはLIKEだよね?」
「LOVEだよ♡」
「!!!!!!!!!」
ダメだろ……そのカミングアウトは……!!
超えている……!! 遥か彼方……言っていいラインを…………!!!!
例えるなら……スキージャンプ…………!!
他の者は100m……行っても、120m……!! そんな中、一人だけK点越え…………!!!!
どころか、突っ込んだ…………!! ジャンプ場を超えて……遥か彼方……!!! 森の中…………!!!!
「あ、LOVEって家族愛的な~?」
「うん♡」
山田さんが確認すると、アッサリ返事でガックシと力が抜けた。
「パパのどこがそんなに好きなの?」
「え~だって優しいし~甘やかしてくれるし~カッコいいし~強いし~頼りになるし~」
「何してる人?」
「おまわりさん!」
「へぇ~」
なんとなく、交番の前でニコニコしている人を想像する。
「ママは怒らんの? 嫉妬の炎で燃えそう」
「2人らびゅいからダイジョブ♡ てか3人目は男と女どっちがいい? とか聞かれるし!」
「弟くん小3くらいだっけ? 同じ間隔ならそろそろかもねぇ」
「うん♪」
ふむ……こないだ遊びにいったときは誰とも会わなかったが、弟がいるのか。
なんとなく彼女の人となりを形作るものが分かった気がする。天真爛漫で奔放、そしてどことなく甘えん坊なところは父との関係性から。そして奔放なようでいて全体を見てよく気が付くところは姉として培われたもの……ということか。
「こりゃ~苦労しそうだね~小谷のヤツ……もしめでたく付き合うことんなっても、この調子じゃ秒でフラれる気がするわw」
「叡智さんのお父さんを超えないとダメってことだね、はは……」
ブラックノートを見られて一巻の終わりかと思いきや、結果的にはみんなそれぞれ恥部を見せ合って、なんだかすごくわかりあえたような気がする。
満足感で力が抜けていく中――ひとつ、なにもわかっていないことがあることに気づいた。
神宮時さん……俺はまだ、彼女のことを何も知らない。
しかし、彼女からは非常に強固なAUフィールドの雰囲気を感じる。ここですべてを聞き出すのは難しいだろう。
それはまたの機会にするか……
今日あげたノートを読み返して、もしかしたら彼女の方から俺に何か聞いてくるかもしれない。続きはまたその時だ。
――ようやく一区切りがついて。
当初の目的である、アニメやゲームの話をグダグダを行う時間がやってきた。緊張の時間は過ぎ去り、しばし和やかなムードで会話が進んでいく。
叡智さんはファンタジーやアクションはあんまり好きじゃなくて、おしゃれ系や恋愛系がターゲット。一方山田さんは対応範囲が幅広く、男オタクが好きそうなネタもひととおり抑えてきている印象だ。
神宮時さんは魔王スペルヴィア以外には興味なしといった風で全然話に食いついてこないが、叡智さんは会話参加者が偏らないよう彼女にも巧みにときどき話を振っていく。
そんな中、みんなのオーダーでゲームやアニメのキャラのイラストを描いてあげることになるが――
「いや~やっぱうめ~わピヨじろ。い~な~あーしもなんか部活入っかな~」
と、叡智さんがこぼした。
「え? 部活? なんかやりたいことあるの?」
「いやそれがねーんだわw だからとりま、校内全フレ目指して活動中!」
「なるほど……」
当然のことではあるが、彼女は女神などではない。あくまで一人の人間だ。生来の優しさもあろうが、誰に対しても――俺にさえ手を差し伸べてくれるのはおそらく無償の愛ではない。彼女は彼女なりに、求めていることがあってそうしているのだろう。
「あっそうだ」
閃いた。
「じゃあさ、夏コミに漫研で出るんだけど――よかったらそこでコスプレしてみない?」
「えっ、コスプレ??」
「そうそう。別に漫研に入ってくれなくてもいいよ。一緒にお祭りを楽しむだけってことで!」
「ハロウィンではやったことあるけどどーゆーノリなん?」
「内容はそんなに変わんないと思うよ。怪物になりきるのがテーマか、アニメやゲームのキャラクターになりきるのがテーマかってくらいの違いかな。山田さんもどう?」
「え~面白そう~ゆっきーがやるならやる~」
「そりゃやるしかないっしょ! えいつ? いつ頃!?」
「8月の中旬ごろだね。ちょっと待って、俺勝手に決められないから部長にも相談してから正式にお願いするね」
「よろしゃーん! おしゃおしゃ~ア~ガってきたぁ~!!」
想像以上に喜んでくれているようだ。
山田さんが肩に腕を回して耳元で囁いてくる。
「キミぃ……なかなかやり手だねぇ……」
「え……」
「いーよいーよ。その調子……私はキミに賭けようかな……小谷を暫定王者の座から引きずりおろしてくれたまえ……むふふ」
「い、いや……俺は別に……俺如きがそんな畏れ多いこと……」
「チッ!」
突然舌打ちすると、スパァンと頭をはたいて突き飛ばされた。
「????」