020.「最期の力」
(なんだ……でかいのは体だけか)
升田は、安堵した。
怪物の剛腕がうなりを上げる。が、てんでトロい。
閃光の如き明日辺の剣撃に比べれば、まるでヨボヨボのじいさんだ。
(タイムアルター……ギアセカンドに入れるまでもない)
ゴゴゴと迫りくる巨大な腕の下をよっこらせっと潜り抜け、ガラ空きのボディにブローをくれてやる。
「ごほぉっ……!」
巨体を弾ませ、怪物が地面を転がってゆく。
――爽快だ!
(そそそうだよ、ボボボクが求めてたのはこういうのだよ……!)
足を震わせながら立ち上がる怪物。
「キサマ……なんだ、その異常な動きは……? いったい、どういうカラクリだ……?」
「グフフフフ。いい異常……? そそそんな変ですかぁ? それって、遅すぎ……って意味ですよね?」
「クッ……」
「え? まさか見えてないんですかァ~? プププ。そんな速く動いたつもりはないんだけどなぁ~」
「バカにしてくれる!」
再び無策で突進する牛島。が、何度やっても無駄だ。数打ちゃ当たる――と乱打をかまそうとするが、一発目を打ち出した時点で升田のカウンターが一閃する。
土煙を上げながら吹っ飛び、倉庫の壁を破っていった。
「んーエクスタシィィィィ! 見てるぅー!? ゆうターーーン!!! ボボボク、キミのために戦ってるよォォォ!! キミのためにほとばしる汗……! ふり絞る勇気……! そろそろホレたんじゃなぁ~い!?」
――と悦に浸る彼の足元が、紫色に怪しく光る――同時に、時空がぐにゃりと歪んでいった。
「!!」
(タイムアルターのオート発動……なんだ、なにが来る!?)
ゆっくりとアスファルトが隆起し、何か鋭いものが姿を現してくる。その範囲はみるみる拡大していく。
(ま、まずい。これはいったいどこまで――とにかく跳べ!!)
タァーン、と後方に跳躍した瞬間、地中から長さ50mはあろうかという巨大な槍が噴き出した。
「ぎ――ぎゃああああああああッ!!! なんじゃこりゃあああああああッ!!!」
空中で絶叫。が、まだ終わらない。槍はどんどん赤色化していき――再びタイムアルターが発動。
槍が収縮しながら、中心から徐々に閃光が広がってくる。
(こ、これは――爆発!? ちょちょちょちょっと待って、ボク今空中! タンマ、タンマタンマタン――)
――轟音と衝撃派が襲い、周囲の倉庫の屋根が吹き飛んだ。
牛島の衝突で壁に大穴が開いていた倉庫は衝撃で倒壊。その土煙の中から、ガラガラと一枚、また一枚と破片をどかし、変態が解けた牛島が姿を現した。
「ゴホッ、ゴホッ……はぁ、はぁ……手間どらせおって、ド素人が……」
――とある倉庫の裏。
俺は――事前に牛島からメッセージを受け取り、コンテナ上から退避していた。
「ひぇ……こりゃ~大事になるぞ……」
あれでも2%なのか? ヤツらがもし本来の力を出してしまったら、いったいこの世界はどうなってしまうんだ……
呆然としていると、叡智さんが愕然とした様子で声を上げた。
「ウソ……あれ……なんで……」
「……?」
徐々に晴れていく土煙。月明りに照らされて――そこにはがれきの上で天を仰ぐ、牛島の姿があった。
――しまった!
「待っ――」
駆けだす叡智さん。止められない!
牛島は一歩、また一歩とがれきを下りていき、岸壁で倒れている升田のもとへと歩みを進めていく。
「待って――待って――」
そして再び片腕が歪に変形し、指の先から鋭い爪が出現する。
いよいよ牛島が升田の首を掻っ切ろうとした、その時――
「やめてーーーーッ!!」
ピクッ、と、牛島の動きが止まる。が、それだけだ。
息を切らして走る叡智さんに一瞬だけ目をやると、彼は再び升田に目を落とした。
――仕方ない。
こうなったのは升田が悪い。アイツが小谷を殺したりするから、勇者と戦う羽目になった。アイツが勇者を殺そうとするから、アイツを殺すしかなくなった。
悪いのはアイツだ。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は……悪く……ない…………
――それでも、愕然とした彼女の表情が脳裏に焼き付いて離れない。
本当にいいのか? これで……
俺が升田を殺そうとしているのは、まったくもって自己都合だ。
そうしないと俺が困るから、だからアイツを殺そうとしている。
それってアイツと同類なんじゃないか……?
正常な人間なら、ここは止めに入るのが当然なんじゃないか……? 彼女のように――
――
――
――
…………プルルル、と、再び牛島のスマホが鳴った。
「はい、魔王様。……はい……はい……えっ……!? い、今なんと!? よ。よろしいのですか……!?」
「……構わん。少しだけ、時間を与えろ。大丈夫だ、お前にも、叡智にも洗脳は効かない。体もボロボロ、今ヤツに打てる手はなにもない」
「し……承知しました」
直後、駆けてきた叡智さんは倒れるように升田の上に覆いかぶさった。
「モーと……せ、先生……これどーゆーこと……? なんであんな……なんで、あんたが、生徒を……」
「……」
(正体がバレた以上、この女がただの人間であろうと勇者に与する者であろうともはや生かしておく理由はないはずだ……魔王様、あなたはいったい……)
――まだ電話はつながっている。
俺は、電話ごしに彼女に話しかけた。
「ごめんね、叡智さん……」
「えっ!? その声……ピヨじろ……!?」
「俺、魔王だって言ったよね。実はあれ、本当のことなんだ」
「え……え……え……?」
「そこにいるのは俺の側近――地獄の宰相の一人グガランナ。さっきの戦いを見てのとおり、ガチの化け物さ」
「ウ、ウソウソウソ……!!」
衝撃と混乱。恐怖と苦悩にみるみる顔が歪んでいく少女。
だが俺は非情の宣告を続けなければならない。
「俺はキミとはいい友達でいたかった。本当だよ。だから、本当はキミに危害を加えたくなんてなかった……でもこうなってしまった以上仕方がないんだ。彼の正体が知られ、そして俺の正体も知られた。キミにはもう――死んでもらうしかない」
「ひ……ひ…………ふぐうぅぅぅ…………」
ポロポロと大粒の涙を流して泣き出してしまった。
零れ落ちた涙が、倒れている升田の頬を伝う。
嘘とはいえ心が張り裂けそうだ。
むろん、当初決めたとおり最優先は彼女の命。殺すつもりは毛頭ない。
ただまぁ、魔王軍には入ってもらうしかないが。
さぁ――もし、まだあるというのなら見せろ――!!
お前が生き残るか、俺が生き残るか、それ以外の道があるのか――それはお前次第だ!!
――弱弱しく震えながら、升田の腕が上がった。
「ゆ……ゆうタン……ごめん……こんなことに、巻き込んで……」
「ナッシー!!」
「ごめん……ごめん…………本当にごめん…………」
「う゛う゛う゛ナ゛ッジィィィ……怖い゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
焦点の定まらぬ目で彼女を見つめる升田。何かを考えている様子だが――
やがて決心がついたのか、言葉を紡ぎだした。
「あの日……ボクの手を引いて保健室に連れて行ってくれたね……あのときみたいに、手を握ってくれないか……」
「う゛う゛う゛~……」
もはやなにがなんだかわからない。言われるがままにする少女。
「あぁ……暖かい……。アリガトウ……キミと出会えただけで……ボクの人生は、シアワセでした……」
「ぞん゛な゛死゛ぬ゛み゛だい゛な゛ごど言゛わ゛な゛い゛でぇ゛ぇ゛ぇ゛」
最後まで自分勝手なやつめ……もはや会話もなりたたない。
号泣する叡智さんを放って、一人で締めくくり始めたぞ。
「さようなら、ゆうタン…………」
「………………」
「…………」
「……」
「”ワールドアルター”」