002.「勇者との対峙」
――つまり、こういうことだ。
この勇者アシェルという男と、魔王スペルヴィア、そしてグガランナは前世で敵対していた。殺された、とか散っていったとかいう彼の口ぶりからすると、魔王の軍勢は勇者に敗北したのだろうか。
それが、なんだかよくわからないが彼らはこの世界に転生? してきた。勇者は16歳の少年明日辺として、そしてグガランナは20代の若い教師牛島として生き……
生きて……その目的はなんだ?
……あっ。
俺か? 俺がキーを回してしまったのか?
勇者の目的は魔王を殺すこと。グガランナの目的は魔王に従い世界をどうにかすること。それが動き出してしまった。しかし解せない。彼らが何らかの偶然か、意図によってこの世界に転生してしまったとして、魔王もいるという確信はどこからきているのか?
俺が今持っているカードは「ここが日本であり、俺たちは高校生であること」「グガランナに魔王スペルヴィアと思われていること」この2枚だけだ。圧倒的に手札が足りない。
今にも襲い掛からんばかりのグガランナを制し、俺は勇者に猶予を与えることにした。
「まぁ待てグガランナ。おい勇者よ、時間をやる。まずはその腕を何とかしたらどうだ」
「ま……魔王様!?」
「……」
そもそもちぎれた腕をなんとかできるものなのだろうか。何もできないかもしれない。でもワンチャン治癒魔法的な何かでくっついたりしないだろうか。できるかできないか、何がどんなふうにできるのかもわからないため、なんともボカした言い方をする。
しばし黙っていた勇者は警戒を怠らぬまま、ゆっくりと地面にちぎれた腕を置くと、まずは傷口に手を当てて治癒魔法を唱え始めた。
「魔王様……どういうおつもりで? 奴を仕留めるなら今……!!」
「奴を仕留めて、それで終わりならよいのだがな」
「……!?」
「よく考えろ。我々はなぜこの世界に生まれてきた? それも全員揃って。何者かの意思が介在している可能性が高いのではないか? それは誰だ? なぜ? なんのために?」
「そ……それは……」
「我々には情報が必要だ。奴の命など二の次。だから――」
勇者のほうを見る。
「それにしても酷いものだな、勇者よ。我は口上を垂れたにすぎぬ。まだこの世界で何の悪事を働いたわけでもない。にもかかわらず問答無用で斬りかかってくるとは、それがキサマのやりかたか?」
勇者はまず傷口を再生状態にすると、次にちぎれた腕も同様の状態にし、そして両者を接着する手順にかかっていた。
「……ぬかせ。キサマがこの世界にもたらす破滅的な結末を、俺は知っている」
「ほう……誰かがそう言っていたのかね?」
「すべては女神アドナのお導きのままに。キサマを殺すことが、この俺の使命だ」
「!!」
アッサリと黒幕の名を吐いた。まぁ、なんのこっちゃ俺にはサッパリわからないんだが。一方グガランナには心当たりがあるようで、まんまと敵の思惑を引き出した俺の手腕に改めて感激している様子だ。
しかしやはり解せない。魔王の軍勢は勇者に敗れたのではないのか? なぜそれをわざわざ別世界に転生させて、改めて討たせる必要があるのか?
もしや我々を転生させた存在はそのアドナとかいう女神一人ではなく、ほかの思惑を持つ者たちが別々に行動していたりするのだろうか。
いや待て。そもそも、そんな神視点の登場人物がいるのはマズイ。俺が偽物の魔王だとバレバレなんじゃないのか。勇者の誤解が解けるならそれでよいが、グガランナの怒りを買うのは非常にマズい。そのあたりの状況を見極めて、機を見て勇者に乗り換える選択も考えておく必要があるか。
というか、もし本物の魔王もどこかにいるのだとすると遅かれ早かれ嘘はバレる。
――ダメだ。詰んでる。勇者を殺させるわけにはいかない。この嘘はいずれ必ずどこかでバレる。そのときに俺を守ってくれ得る存在は勇者をおいて他にはいない。
……今からゴメンナサイ、実はテキトーブッコいてただけでしたって言っても絶対許されないだろうな、もう。地獄の宰相サンの正体、ほぼ見ちゃってるしな。
ちょうど勇者の腕がくっついたそのとき――
キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴った。
「命拾いしたな」
「お前がな」
お互いに捨て台詞を吐きながら、解散となる。
勇者がいなくなった後、残ったグガランナが納得できない様子で食い下がってきた。
「魔王様……よろしかったのですか? みすみす奴を行かせて」
「かまわん。それよりお前はどう見る? 奴は……一人だと思うか?」
「!!」
勇者がドラクオⅠ式の一人パーティなのか、複数人パーティなのかわからない。ぼかして探りを入れると――
「そういえば、魔王様が教室で名乗られても、襲撃してきたのは奴一人でしたね……奴の仲間どもはこの学校にはいないのか……あるいはそもそも転生していないのか……?」
どうやらドラクオⅠ式ではないらしい。
「そういうことだ。奴一人をあそこで仕留めることはできたかもしれん。だが残るネズミどもを探し出すのは骨が折れる。泳がせるさ、今はまだな……」
「おぉ……!! さすが魔王様……!! 私ごときがとても及ばぬ深慮遠謀、余計な口出しをして大変失礼いたしました……!!」
「楔は打った。こちらが奴の仲間を測りかねているのと同様、奴もこちらの勢力の大きさを測りかねているだろう。みすみす見逃してやったことで”いつでもやれるぞ”という余裕を感じ取ったかもしれん」
「なるほど……!!」
「つまり……当面我は人間どもと友人ごっこをしてやるつもりだ。ククク、勇者め、誰が我の配下かわからず四苦八苦するだろうよ」
「フハハハハ! 素晴らしい! それは痛快!!」
牛島は手をたたいて喜びながらウンウンと納得した様子だ。
我ながら素晴らしい落としどころ。友達を増やすことだ――いつも友達と一緒にいれば、勇者はうかつに俺に手を出すことはできなくなる。
それに俺が「泳がす」と言った以上牛島も勝手に動いたりすることもないだろう。
今度こそ――今度こそ、友達100人、できるかな!?