019.「救援」
再び、湾岸倉庫。
「死ね」
――そう升田が囁くと、勇者の意識は瞬時に混濁した。
「仰せのままに! はぁぁぁぁっ!」
彼が神剣を逆さに持ち、自らの喉に突き立てようとしたそのとき――
「グルァァァァアアアアッ!!」
ものすごいスピードで突進してきた夜叉の如き怪物が、彼の体を突き飛ばした。
「な――!?」
勝負がついたと思い勇者に背を向け歩き始めていた升田は反応できない。
倒れた勇者の手から剣が離れ、カラカラと路上を滑っていく。グガランナに押さえつけられながらも、彼はそれでも行為を完遂せんと剣を拾おうとするが――
「しばし眠れ――!」
ゴスン、と、後頭部に強烈な手刀をお見舞いされると、今度こそ意識を失った。
(よかった……意識さえ絶てばとりあえず命令は中断できるか……ダメならどうしようかと思ったぞ)
「ななななんだよ、お前は……なんなんだよ一体、このバケモノは……!?」
目の前の夜叉が担任教師とは気づかない升田。
(慌てている――この一瞬がチャンス――!!)
そう。
雀次郎の戦略。それは升田が”力”を使った瞬間に牛島を突入させ、そのまま離脱すること。
(お見事な慧眼、感服いたしますぞ魔王様……!!)
勇者と叡智を両脇に抱きかかえ跳躍しようとするが――
「ゆうタンに……触れるなぁぁぁぁあッ!! タイムアルタープラス、コンシャスアルター……お前は、死ねッ!!」
「!!!!!」
想定外にして回避不能の一撃。まさか時間の流れをも操作するとは、誰も思いもよらない。
「ぐ……ぐああああああああ――――」
思わず叫び声をあげる牛島。
「……あ……あ……あ…………」
――が。
――静寂。
「……え……?」
(どうして……どうしてどうしてどうして、ボクのチート能力が効かないんだァァァァァッ!!!???)
プルルルル、と牛島のスマホの着信が鳴る。
「失礼。はい、魔王様……はい、はい…………な、なるほど……!! そういうことでしたか……!! ……いえ、滅相もございません! はい、はい。では、失礼いたします」
「な、なんだぁ……?」
スマホをしまいながらニヤリと笑う牛島。
「残念だったな人間。どうやらキサマの術は私には効かんようだ――」
「なっ、なっ、なっ……!!」
「ここは潔く……ステゴロといこうじゃあないか……!!」
勇者と叡智を地面に下ろすと、彼の両腕がボコボコとさらに膨れ上がった。
――少し離れたコンテナ上。
遅れて現場に到着した俺は、彼らの様子を双眼鏡で覗いていた。
「はぁ……こうなっちまった、か……」
可能性は十分あった。あったものの、できればそうなってほしくはないと思っていた。
が。あいつは言ってしまった。おそらく――「死ね」と。
ならばこちらはこう応えるしかない。「升田を殺せ」――
牛島と升田が殺し合い、升田が勝利した場合は、とりあえず俺は勇者からも牛島からも解放されることになる。ただ、本物の魔王が現れたり、女神が第二の刺客を送り込んできたりした場合はどうなるかわからないから、一時しのぎにはなってしまうが――
そして牛島が勝利した場合。
その場合は賭けだ。術者が死ねば勇者にかかった術も解ける――そんな都合の良い希望にすがるしかない。ダメなら猿ぐつわでもかませて、術を解く方法がわかるまで監禁するか――
あとは行く末を眺めるしかできない。
とりあえず、叡智さんを退避させよう。
ジャカジャカと彼女の着信を鳴らす。
「ひゃっ!? な、なに、ピヨじろ? ゴメン今マジヤバくて……あとでかけなおすから、いったん切――」
「待って叡智さん。俺今、コンテナの上からみんなを見てる」
「マ!?」
「う、うん。升田が面白いもの見せてやるからこいよ、っていうから――でもヤバいよこれ、なにがどうなってるの?」
「わかんない……わかんないわかんないわかんない!!」
「お、落ち着いて。とにかく安全なところに隠れよう。俺の隠れてる場所を送るから、こっちに来れる?」
2人の様子をうかがう叡智さん。お互いにらみ合い、微動だにしない。
「こ……コッソリ行ってみんね。でもどうしよ、トゥモロー倒れてて……」
「明日辺は置いてきて。忘れたの? 叡智さん、そいつに命を狙われてるんだよ」
「うっ……わ、わかった……」
ソロリソロリと這いながら、少しずつその場を離れていく。
彼女を背にした牛島がわずかに視線を向けようとした瞬間――
「う……うおぉぉぉぉぉぉっ!! タイムアルター……ギアセカンドッ!!」
升田が突撃して一撃を見舞う。轟音とともに牛島は20mは吹っ飛んだ。
「ひぃぃぃぃっ!!」
立ち上がりダッシュ。その背を見送り、升田は牛島への追撃を開始した。
――コンテナ上。
断続的に衝撃音が鳴り響く中、叡智さんが駆け上がってきた。
「ぴ……ピヨじろぉ~~!」
「叡智さん……無事でよかっ――」
ドーンと抱きつかれ、そのまま押し倒される。
「ぶえぇぇぇ~っ! 怖がっだ……怖がっだよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
「よ、よしよし……怖かったね……大丈夫、もう大丈夫だから……」
涙と鼻水でくしゃくしゃにされる制服。
これは……洗わずにとっておこう。
――しばらく経って。
ようやく落ち着いてきた彼女からコトのなりゆきを聞き、全容を把握した。
なんだ、ご多分に漏れずそういうことだったのか。
自分が理解したことを彼女にも説明し――
一応、気になったことを確認する。
「それで、え、叡智さん……なんかアイツに変なこと、されてないよね……?」
「変なこと……?」
「さっき言ったように、アイツは他人の認識を改変することができるんだ。だから担任を操作して事前にテストの正答を入手することもできたし、明日辺にあんな行動をとらせることもできた」
「うーん……」
もしかしたら、何かされたあとに記憶を消されていたり――いや、それはないか。牛島に二度目が通じなかったことからして、少なくとも行為前と行為後の短スパンで二度目をかけられることはない。
「あ! そーいえば……」
「え! あるの!?」
ぎゅるんと前のめりになる。
「ナッシーが車に轢かれて大丈夫か~って言ってる最中、気が付いたら突然おっぴろげてたんよ~ハズ~! あれナッシーにやらされた……ってコト!?」
「お、お、おっぴろげ……!?」
鼻息荒く、彼女の肩をガシッとつかんで問い詰める。
「どこを、どうおっぴろげてたのか……? どのように!? どれくらい!?」
「え~そこ重要……?」
「ハッ!」
正気に戻って距離をとる。
「い、いや失礼……」
ありきたりだがトラックに轢かれて死の淵に立ったとき、誰かに力を与えられたってやつだろうか。それで思わず叡智さんでテストした。バカなやつ……
そう考えるとあいつが増長しだした時期とも符合する。
「誰に」――そこが重要だが、今は考えてもわからないのでいったんそれは置いておく。
とにかく今いえることは、すでに一度術をかけられた叡智さんは安全である可能性が高そうだということ。ヤツがまっとうに告白をしていることからも、今日この時点でもその状況には変わりないだろう。
もっとも、牛島が敗れた場合は力づくで来られたらもはや止めるすべがないが――
こうなったら、俺としてはもう牛島を応援するしかない。
ガンバレ……牛島……!!