016.「結局見た目かよ」
体力測定から少々時が過ぎると、すぐに中間テストの時期が到来した。
大和高校は――これまで俺に絡んできた陽キャたちの質の悪さを見ればわかるように、あまり偏差値の高い高校ではない。そこまで極端に悪いわけでもないが、決してよくもない。そんな感じだ。
俺は漫研の友達2名――御宅、露里と1週間前から朝夕、図書室で勉強することにしていたのだが――
「というわけで、升田氏! 拙者たちとともにテスト対策をしないでござるか?」
教室の自席でふんぞり返っていた升田を露里が誘う。
少しヒヤリとする。升田――こいつ、こないだなんか妙に上から目線で「俺につけば守ってやるぞ」みたいなことを言ってきたが……いまだに読めない。
少なくとも、魔王軍側という可能性は完全に消えた。魔王に対してそんな口を利くわけがない。可能性が出てきたのは”俺の正体を知っている”という線。それなら、グガランナや勇者から守ってやるというのは納得がいく。ただ、「俺につけば」の意味するところが不明だが――
ややこしいから、なるべく接触したくない。内心そう考えていると――
「いいいや、ぼぼボクは遠慮しておくよ」
「え~、そんなんで大丈夫でござるか? 升田氏、最近授業も寝てばっかりだし……」
「だだ大丈夫大丈夫。ぼぼボク、本番に強い方だから」
「しかし……」
「露里、本人もこう言ってることだし、無理強いすることないって。それじゃ升田君、気が向いたらいつでも来てくれな」
「あぁ……きき気が向いたらね」
テストなんて知ったことかと言わんばかりの叡智さん率いるパリピ集団は、「今日オケるか~」とか言いながら教室を出ていく――その間際、彼女はチラリと一瞬俺たちの方を見た。
目ざとく察知し、教壇で表情を険しくする牛島と自席の明日辺。
一方、御宅と露里は「今一瞬叡智さんがこっち見なかった?」「拙者を見たに違いない」などとはしゃぎ――
升田は「フフフ違うよ、ぼぼボクだ……ボクを見たに違いない……グフフ」と不敵に笑う。
俺たちはいつも、彼女の一挙手一投足に振り回されていた。
――そして、1週間後。
無事に中間テストが終了。その結果にクラス中が驚愕することになる。
なんと、授業中寝てばかりでロクに勉強している様子もなかった升田が全教科で満点を叩き出したのだ――!!
さぁ称賛しろ、盛り上がれ! と言わんばかりに胸を張る升田。しかし、クラスの反応は予想外に冷ややかなものだった。
「ア……アレ……?」
いつもは何かあれば先陣を切って騒ぐ叡智さんまで無反応だ。
思わず俺は珍しく自分から話しかけてしまった。
「ま……升田英語も満点だってさ。これで全教科満点だよ。すごいね……俺は平均73点だったよ~」
「ん? あ~すごいよね~。はぁ~、それより見てコレピヨじろ~」
「43点、36点、41点、33点……すごい。赤点ラインを反復横跳びしてるね」
「一夜漬けでいけっかな~と思ったんだけどな~ひぃ~ん。こんなことならあーしもピヨじろと一緒に勉強しとけばよかったわ」
あぁ、徹夜続きだからかな? いつも明るい彼女が唯一不機嫌になりがちなのは寝ていないときだ。
「はは、そうだね……俺たちはいつでも歓迎するよ。次頑張ろ次」
触らぬ神に祟りなし。俺はサッと会話を切り上げた。
と同時にすぐさま割って入ってきたのが彼女の後ろの席の小谷。
「ははははは! どうした叡智!? 俺にも見せてくれよ。ん? どひゃー! ひっでぇなこの点数は! 俺でよければ教えるぞ!」
笑いながらグッと力こぶを作る小谷。
「そーゆーデコピンは……53点、61点、55点……なんだ、あーしよりはマシってレベルじゃん」
「なにィッ!?」
そっけなく答案用紙をパサーッと投げ返された。
流れで俺も話しかけてみる。
「ず、ずいぶん上機嫌だね小谷君……」
「お、佐藤! お前と話すの初めてかも!」
「何回かはあるよ……」
「そうか? すまんすまん! いや上機嫌の理由はだな……無事赤点を回避した! これに尽きる!!」
「あー、小谷君野球部だもんね。補習になると困るってことか」
「そうそう、非常に困る。なんせ俺は甲子園目指してるからな!」
「ははははは」
「ははははは……なぜ笑う」
こんな無名の公立高が甲子園に行けるとは思えず思わず笑ってしまった。
そんな雑談の最中も、俺はずっと背中に視線を感じていた。
――見られている。
ジーッと……升田は俺たちの方を見続けていた。
――放課後、帰宅する叡智。
友人たちと談笑しながら入口にやってきた彼女は、靴箱を開けた際に見慣れたものの存在に気づいた。
「どしたん? ゆっきー」
「ん-いや、なんでもない。ちょっと忘れ物思い出したわー先帰ってて!」
「りょー」
たぶん、あれだろうなぁ……と思いながら紙を開く。
「ずっとあなたを見てました。お話したいことがあります。放課後、屋上で待ってます。――同じクラスの者より」
(屋上……開いてる……いや、開けてんのかな……? 普段閉まってるはずのあっこにいるってことは……トゥモローか?)
うーんでもトゥモローからは全然そーゆー匂いしてなかったけどなーと、首をひねりながらテクテクと階段をのぼっていく。
屋上への階段ものぼりきり、ドアノブに手をかけると――鍵は開いていた。
キィー、と、扉を開ける。
少し遠くに、男が立っていた。
「…………おー、ナッシーかぁ~」
手を振りながら近づいていく。
「き……来てくれたんだね、ゆうタン」
「この手紙、くれたのナッシーで合ってる?」
「う、うううん、あってるよ……」
「で、お話ってなに?」
「え……えっと……あああの、その……」
ここ最近の増長しっぷりに似合わず、赤くなってうつむき、モゴモゴと言いよどむ升田。
(こりゃ完全にアレだ~)
慣れたこととはいえ、その返事をすることは気分の良いことではない。何と答えようかと、今から言葉を探す。
「えっと……えっと……うんと……」
――が、肝心の升田がいつになっても決心がつかない模様だ。
「ナッシー!」
「ひ、ひゃいっ!」
「男の子でしょ! 気合入れろっ!」
「ゆ……ゆうタン……」
「――なに? 言っちゃいな? どんな話でも、ちゃんと聞くよ」
ここまで背中を押してやって、ようやく彼の決心も固まったようだった。
「ゆうタン――いや、叡智 優姫さん! ずっと好きでした! ぼぼボクと付き合ってください!!」
「おーそっか、アリガト~」
「……そ、それじゃ!」
「でもゴメン、それ無理」
「……………………………………え?」
一瞬喜びに満ち溢れた升田の表情が、急激に曇った。
その背中をポンポンと叩く。
「ままそー気落ちしなさんな。この経験を糧に、もっといーオトコになりなよ」
「…………」
くるりと踵を返して歩きはじめる。
「んじゃね! 明日からもフツーに接していーかな? キツイようだったらあーしも絡むのは控えるようにすっからそんときゃ言ってね!」
バタン、と扉を閉めるまで――いつまでも、升田はうつむいて震えていた。
――そして、その翌日。
(また入っとる……)
2日連続のことに、叡智は少々げんなりした。
(今度は誰だ~……? ナニナニ、運動場の部室棟裏……)
テクテクと運動場を横切って歩いていく叡智。
升田は、その姿を屋上から追っていた。
部室棟の裏へ来ると、そこには一人壁あてをしている小谷がいた。
「おーすデコピン」
「お! 叡智! 来てくれたか!」
「……ってことは、お主がこの手紙の?」
「ああ、そうだ!」
「うわ~あんたまで来ちゃったか~。――よーし! 聞こうじゃない」
「ありがとう。まずは聞いてくれ、俺の夢の話を。俺は――メジャーに行く!」
「ほぉ……」
メジャーってなんだろう。あの長さ計るヤツ? 思いながら気の抜けた返事をする。
「そのためにはまず日本のプロに入る。入るためには甲子園で活躍する。活躍するためにとにかく練習する。目標は1年で150km/h、2年で155km/h、3年で160km/hだ!」
「はぁ……」
「だから……俺はこの夏、甲子園へ行くぞ、叡智ィィッ!!」
「…………マ?」
やっと話がわかってきた。
「うぇーーい!! すっげーじゃんデコピ~ン!! そかそか、前から言ってたもんね~コーシエンは高校球児の夢だーとか!」
「うむ!」
「んでんで?」
「そう、こっからが本題なんだが――ゴホン」
一つ咳ばらいをして、気合を入れなおす小谷。
すぅー、と、大きく息を入れると――
「だからこの夏の大会、俺のことを見ていてくれないか。お前が見ていてくれたら、俺はいつもの10倍頑張れる。そうすればきっと――いや必ず、甲子園にも手が届く!」
「オーケオーケェ! みんなで応援しにいくわ!」
「そして――もし甲子園に行けたら、そのときは! 俺と付き合ってくれないか、叡智!!」
「!!」
一瞬、固まった。
その言葉は予測していたものの、断る言葉を探してはいなかった自分に気づく。
「――お、俺は必ずプロに行く。お前には決して退屈させない。不自由もさせない。だからそのときは、俺についてきてほしい」
「……おー……わかった……いーよ」
「!!!!!」
ほぼフラれると覚悟していた小谷は、頭が地面までつくほどのけぞって歓喜を表した。
「う……うおおおおおお!! いいのか叡――」
――と、そのとき。
彼がのけぞったのと、衝撃派が頭上をかすめ後方のコンクリートブロックに大きな穴を開けたのは同時だった。
「!!??」
どこからか飛来し、ズシンッと着地した升田。その目は憎しみの炎に燃えている。
「どどどーゆーことかなぁ、ゆうタン……ボボボクの告白をあんなに無碍に断っておいて……やっぱり顔か……? 顔なのか……? チクショウ……チクショウチクショウチクショウ!! 結局見た目かよ!! あぁっ!?」
「え、ちょ……」
「ねぇゆうタン……ボボボク、ケンカも強かったよね? 頭もよかったよね? でもダメなの? ブサイクだから……コイツがそんなにいいの?」
「ち、違う……そういうことじゃない!」
「じゃあどういうことだよ!! そうか……コイツを殺してみせれば……ボクのほうが上だとわかれば変わるかな?」
「だからちげーっての!」
尻もちをついて、目を丸くして呆然としている小谷。
叡智は恐怖に震えながらも気丈に説く。
「ナッシー……あんたケンカやテストの点数であーしがホレると思ってんならおーマチガイだよ」
「え……?」
「あんたはあーしを求めてくれてるけど、あーしはあんたから得るものが何もない。でもデコピンは違う。コイツの夢を語る目はキラキラしてる。そこに向かうために流す汗は輝いてる。コイツといれば、あーしだってパワー的なものがもらえるかもしれない……その辺が全然違うよ……」
「なにも……ない…………」
それは、あまりにも核心を突いた言葉だった。
それだけは許容できない。その言葉を受け入れてしまったら、自分という存在にはもはや何の価値も見出すことができない――!!
火が消えかけた彼の目に、再びどす黒い炎が宿った。
「何もないだと? 何もないわけあるか!! ボボボクには3つもチート能力があるんだ!! 見ろ! こここれがそのうちの1つ――”コンシャスアルター”だッ!!」
「小谷 稍平――お前は――死ね!!」
「はーい! 死にマーーーース!!」
「え、デコピン!?」
小谷はものすごい速さで駆けていき、あっという間に姿が見えなくなってしまった。